第656話 礼節と良き友と
送ったメッセージに既読の文字はすぐにはつかない。
なんだあいつ。つーか用件を先に伝えるのは社会人の基本だろ。
……その前のあいつも最初は「眠い」ってどうでもいい一言だけだったけど。
とはいえ、今のは送り主が亜衣菜だからな。たぶんきっとおそらく絶対、内容としてはLAのことでほぼほぼ間違いないだろう。
ならなおさらさっさと用件を伝えてくれりゃいいものなのに。
そんなことを考える状況に一息なのかため息なのか分からない息を吐きながら、俺がじっとスマホの画面に二文字が付与されるのを待っていると——
「伸びてもここの蕎麦はうめーけどよ、美味いもんは一番美味い時に食うのが礼儀ってもんじゃねーか?」
優しい声音で正面から諭すような声がかけられた。
その声に気付き俺が顔を上げると、そこにはやれやれ、みたいな、何かを諭すような、まるで先生みたいな顔をした男前の姿があった。
……いや、先生みたいっつーか、先生なんだけど。
「相手さんは、それより大事な相手か? どーよ?」
「……仰るとおり」
そんな大和の表情と言葉から伝わってきたものに従い、俺はスマホの画面を暗くして裏返し——
「うん、大和の言う通りだわ。いただきます」
大和から遅れることちょっと、俺も両手を合わせてから湯気放つ蕎麦と向き合う。
そして口にした蕎麦は安定の美味さを伝えてきて、胃に温かさが伝わることで、気持ちも何だか落ち着いた。
本当に大和の言う通り。そもそも緊急性があるなら電話するだろうし、わざわざ食事時間を削ってまで亜衣菜のお世話をする義理もない。
LAの世界は大切だが、今俺が一緒にいるのは大和なんだし、親しい中とはいえ、礼儀あり、だよな。
ずぞぞと蕎麦を啜る間、何度かスマホが揺れたけど、俺はその通知をスルーする。
うん、やっぱり美味い。
「腹が減っては戦は出来ぬってこったな」
「まったくだ」
そして二人で蕎麦を啜りながら、世界の真理を確認する。
まして俺は戦明け。昨日一昨日とかなりのエネルギーを消耗したからな、その分しっかりチャージしとかないといかんのだ。
もしかしたら今夜もだいと……って可能性もなくはないわけですし?
「そういやさ」
「うん?」
そんな男二人でズルズルする中、今度は友人然とした表情になった大和が話を切り出してきて、俺は器に向けていた顔を上げる。
そういや、いつの間にかスマホの振動は止まってた。
「今度のPvPの大会、なんか倫たち面白いことになってるんだって?」
「えっ」
そして、切り出された話題に俺は軽く眉を顰める。
いや、もちろんいずれは発覚する話だし、別に隠す話でも何でもないのだが……昨日ログインが俺とすれ違いだった大和にこの早さで伝わったということは、情報の出所はほぼ一人しかいない。そしてその一人が昨日の話題の渦中の一人だったことと、大和と一番話をするであろう女性の性格を思えば、多少曲解して伝わっていてもおかしくない。
「……耳
そんな予感が到来し、俺はここで1%にも満たない出所がゆめ以外、というパターンを期待したのだが——
「おう。昨日寝る前の電話してる時にな。ぴょんがゆめから聞いたって」
「あー……。……って、お前ら寝る前に電話してんの?」
「ん? ああ、たまにな。どっかの誰かさんたちと違って住んでるとこが遠いとね、平日は簡単に会えたりしないからな?」
「う……変な聞き方してごめんて。でもアレなんだな。ぴょんってそういうとこけっこう乙女だったりするんだな」
「乙女乙女。超清純だぞ?」
「超?」
「超」
「……本当に?」
「本当に」
そして予想通りにこの話の出典ゆめって情報を明らかにしてから、俺は軽く大和としょうもないやりとりを交わしお互い不敵に笑い、ちょっと有耶無耶にしてみよう作戦を試みてみたが——
「しかし話す戻すけど、マジで人気者だよな倫って」
「いやー……俺にそんなつもりはないんだけど」
あらかた食事を終えた大和があっさり話を戻してきたので、俺は食事を続けつつ、これはもうと腹を括って大和の話に付き合うことを決定する。
まぁ、ほら。昨日一昨日の超プライベートな話と比べたら、この話題なんか屁でもないしね。
そう思っていたんだけど——
「俺はだいとゆきむらとゆめとセシルしか知らねーけど、あと5人もいんの? 倫のこと好きなやつ」
「いや、俺に聞いてくんなし」
辟易した雰囲気で心を隠しつつも、言語化された4+5という数字に、我ながら驚き——
「学校内でも市原とか、名前知らんけど倫のクラスの子で市原じゃない倫のこと大好きな子もいるし、ベクトル向けられまくって遊び終わった黒ひげ危機一発みたいなってんな」
「それはただの串刺し刑だろおい」
「あ、もしかしてこの前飯行くって言ってたLAのフレもその一員か?」
「えっ」
「おいおい図星かよ? すげーなおい。好きになってくれる子100人出来るかなみたいなチャレンジ出来そうじゃん」
レッピーの話題を出されたことで無意識に焦ってしまい、大和にそれが伝わった。
で、でも何があったかバレたわけじゃないからな!
「友達100人出来るかなみたいなノリで言うなっ」
最初は屁でもない、そう思っていたのに、客観的にまざまざと言われたことで、俺の心は動揺した。つーかその人数、確かにちょっとヤバいよね。
そんな風に俺が思った矢先——
「でもま、色んな人と関わるのも人生の彩りか」
「え?」
「水墨画にも現代アートにもどちらにも美しさがあるんだから、愛も同様ってことなんだろうな」
「なんだ急に? ……さてはお前、他人事だと思っていいこと言った風にしようとしてんだろ」
うんうん、って無駄な頷きを交えながら大和が適当なことを言ってきたから、俺はビシッと箸の先を向けてツッコんだ。
あ、いい子は箸の先を人に向けたらダメだからな? あしからず。
「一人と手を繋いで真っ直ぐ歩く道もあるし、色んな部屋を覗きながら進む道もある」
だが、突然謎に大和が語り口調を開始する。
「え、何? え、俺の話聞いてる?」
そんな大和に俺は唖然として聞き返すも——
「真っ直ぐ歩けば未来に描いてきた光景に早く着くかもしれないし、そんな人生もあるだろう」
「え、続くの? もしもーし?」
式辞を話す教育委員会の人みたいなモードのまま、大和くんは話し続け——
「でも寄り道していろんなところを見てから進めば、真っ直ぐ進んでたら見えなかったもの、手に入らなかったものが手に入る、かもしれない」
「いや昔の
ボケなのか何なのか分からん話が出てきて、俺は慣習的にツッコミを入れたところ——
「ひとんちのタンスの中は覗くなよ。小さな幸せはそこにはない」
「見つかるのはコインなっ! てかそこは反応すんのかよっ」
チラッとこちらに視線を寄越した俺のツッコミに重ねたボケをかましてきて、俺はこれが大和の確信犯だと確信する。
だが俺が呆れ顔を向けようとも——
「でも実は時限クエストで、早く着くのが正解だった、のかもしれない」
「え、まだ続くの!? 戻るの!?」
口調を戻した大和の言葉が続いて、俺は割と大きめにツッコんで、また周囲の視線を浴びてしまい、なんで俺がと思いつつ、バツ悪く再びしゅんとした。
「ビアンカかフローラ選ぶ時はな、自分のペースで出来たんだけどな」
「お前その例え好きだなっ」
だが、そんな俺をスルーして大和がまだ言葉を続けるから、俺は声のトーンを落として対応する。
ええいもう、こうなったらトコトンか……!
「LAのおかげで、俺らは早さも重要なものだと知っちまった」
「これあれですか、キャンセル不可のイベントですか?」
「張ってたネームドを誰かに取られることもあるわけだし」
「まぁモンスターは誰のものでもないからな。ぽっとでの奴に取られるとムカつくけど」
「色んな人生があるんだよ」
「うん。で?」
「つまりこういうことだ」
「で?」
「どんな道でも楽しいことはあるってこった」
「割と適当だなっ」
最後まで付き合うか、そう思って逐一反応してやったのに、結局適当なオチをつけられて、俺はここで僅かにトーンアップ。
あ、でも今回は良識の範囲内オーライ。
「他者危害原則だっけか? いつだか倫が授業やってる時教室覗いてほーって思ったけど、それでいいんじゃねーの?」
「いや倫理観ってそれだけじゃダメだって。……つかお前、それ使いたいだけじゃねーよな?」
「月並みだけど、お前が進んだ道がお前の道だろ。迷わず行けよ、行けば分かるさ」
「やっぱり適当じゃねぇか!」
だが、せっかく長台詞を聞いたのにそれがクエストトリガーでも何でもなかったことが発覚した時のような気持ちで、結局俺は3度目の過ちを犯してしまい——
「おい倫。行儀悪いぞ? 皆さん連れがうるさくてすんません!」
「お前のせいだよっっっ」
何度目かの視線を集めた俺に変わって大和が立ち上がって謝罪を入れる。
そんな大和に納得がいかなくて俺は全力の小声をぶっ放すが——
「つーかまだ食事中だろ? ほれほれ、早く食わんと昼休み終わっちまうぞ?」
腹立たしいほどに満足げな大和の笑顔に、俺はとことんからかわれたのだと理解して、大きなため息をついてから、残っていた蕎麦を食べ切ったのだった。
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