第640話 Those who chase two rabbits will get all?
レッピーのことが、好きなのか?
そんなの答えは決まってる。
好きか嫌いかなら好き。
俺に彼女がいなければたぶん付き合ってる。
でも、
だからこれは好意であって愛情ではない——のだと思う。
一緒にいて楽しいし、ベタベタされて嫌な気はしないけど、たぶんだいとは線引きが違う。
だから今レッピーが向けてくる強烈な感情は受けられない。
そんな考えが、頭の中では浮かんでいた。
「……————」
でも、見つめてくる瞳を前に何故か言葉が出てこない。
見上げる俺と、見下ろすレッピー。
見上げた先の瞳には、相も変わらず俺が映る。
こいつどんだけ俺のこと見てんだよ、そんな風に思うことは出来る。
でも、頭以外が動かない。
いや、心臓も動いているのはよく分かる。
だって今俺の鼓動、信じられないくらいの速さだから。これはレッピーにバレてても仕方ない。そう思えるほどの動きを見せている。
しかし、頭のてっぺんから足の指先まで、身体が思うように動かない。
蛇に睨まれた蛙の如く、鬼に見られてるだるまさんがころんだの如く、俺はそれはもう重度の硬直デバフを受けている。
もうなんだったらピリピリと、足には何か刺激のような痛みすら感じ出す。
……ん? このピリピリって……はっ!!
「ちょ、しびっ、しびれたっ」
今の空気にそぐわない反応とは自覚しつつ、俺は気づいてしまってはもう耐えられない感覚に、この身を捻ってなんとか姿勢を変えようともがくように訴えた。
「……あ? 何だよアタシの可愛さに痺れたって?」
そんな俺にレッピーは虚をつかれながらも小首を傾げるという可愛らしさも見せてきたのだが——
「ち、ちげーよっ! 足! お前ずっと同じとこに座り過ぎだっ」
それが本気なのかわざとなのかの判別もつかないまま、俺は全力で訴える。
そう、レッピーが俺の上で丸まった状態からぺたんと座り直した時、こいつの体重の大部分が俺の左足の付け根あたりにかかったのだ。
彼女の体重から最初は特に何も思わなかったが、それが積もり積もって痺れとなった。
そして今、結果として俺は上半身だけジタバタと身を捻る。
「え? あ、この足?」
そんな俺の反応に応えてくれたのか、足に感じていた重みが消え、レッピーが俺の真横に座り直してくれたのだが、俺から降りた直後、痺れた足をつんつんされ——
「ってああ! やめ、やめいっっっ」
「あははははっ」
俺はその耐え難い感覚に悶絶した。
そんな俺に対してレッピーはそれはもう目を線にし肩を震わせるほどに豪快に笑っていた、のだが——
「あー……」
数秒間これでもかと笑い、俺の足も少しずつ回復を見せ始めた頃、俺の真横に座ったまま、ベッドの上で転がってる俺に向けてレッピーがお得意のホテルマンスマイルを見せてきたと思ったら——
「今の流れでそんなこと言うとかさ、お前マジで死ねっ」
言ってることとやってること。
それはもう素敵な笑顔のまま、心からの毒を吐かれたわけである。
しかも今の「
でもしょうがないじゃんな?
お前が座ってたからじゃんな?
俺はそんな開き直りの気持ちを持ちながら、少し恨みがましく横から見下ろしてくるレッピーを睨み返したわけなのだが——
「しかもなんだ? それが答えってか?」
「え?」
突如何かが指差され、俺はその意味わからん言葉を聞き返してから、その指先が示す方に視線を移すと——
「い"っ!?!?!?」
「ほんともう、なんかちょっとショックだなー」
「い、いやいや!? ちげぇよ!? お前に好きかって聞かれたからこうなったわけじゃねぇよ!?」
「ほんとかー?」
マジでもう穴があったら入りたい。入りまくってこもりたい。
そんな境地に陥る俺に、レッピーのわざとらしい冷たい視線が送られる。
さっきまでの爆笑やスマイルの要素などどこにもない、レッピーっぽいったらレッピーっぽい視線が、俺の顔と下腹部を往復する。
いや、だってまさかこうなるなんて思わんじゃん!? たしかに血流がよくなったとは思うけど、このタイミングで戦闘モードになるとか思わんじゃん!?
そんなレッピーの視線の先のものに、俺は恥ずかしさ全開になってると——
「こいつ俺のこと好きなのかー。ってことはやっぱりワンチャン今夜は確定演出くるなー、とか思ったんじゃねーの?」
「いや、だからちげーって!? そもそも俺はお前をそんな風に見たことは——」
「いやいやいや、バイクの後ろ乗せてた時のこと思い出したら、その言葉は「先っぽだけ」くらい信用なんねーぞ?」
「その言葉本当に言う奴なんか存在しねぇよ!?」
「でもでっかくして当ててきてたのは事実じゃん?」
「いや、当ててたつもりはないし……」
「お前にその気なくても当たってたら同じだろうがバカ。っつーか、むしろ当てるつもりねーのに当たる方がどんだけデカいんだよって気になんだろーがバカ」
もう何というか、さっきまでのドキドキする展開はどこへやら。完全にいつものレッピーが現れて、虚しさ溢れる
そんな展開の中——
「あーあー。アタシはなー、お前のこと普通の好きだったんだけどなー。でもお前はそういう目線での好きだったんだなー」
両手を天に仰ぐような仰々しい身振りを付けながら、わざとらしい棒読みで伝わらない「好き」と何とも語弊のある言葉が告げられる。
そんな言葉たちに——
「ち、ちげぇしっ! そういう目で見てねーしっ」
俺はレッピーのあまりにもあんまりな誤解を撤回するように訴えるも……たぶんこれが罠だった。
「え、何? 目は否定しても好きは否定しないんだ? じゃあお前の好きはどういう好き?」
「え、いや、だから——」
俺の言った言葉と言ってない言葉を巧みに利用し、レッピーが俺を追い詰める。
その表情は……本当にむかつくくらい楽しそうだった。
「——え、まさかお前嫌いな相手だとそうなる性癖?」
「ちげぇし! てか性癖とか言うな!」
そして更にレッピーが追い討つように仕掛けてくる。その言葉に俺は「おらぁ!」と振り払おうと試みるも——
「じゃあほら、やっぱアタシのことは好きなわけじゃん?」
反射的にツッコミをいれてしまう俺の習性をよく知った見事な手腕に、逆に俺は窮地に追い込まれる。
そして思う。
これはたぶん、もう誤魔化せない。
そして思う。
そもそも俺は、下手な嘘をついてこいつを傷つけたりするのはしたくない。
というかレッピーは——
「あーもう……言わなくても分かんだろお前なら」
俺がどう思ってるなんか、そんなの今更言葉にするほどのもんじゃない。だってこいつなら、清濁合わせて分かってるはずだから。
そんな期待と願いを込めて俺は上体を起こし、左手で顔を覆いつつ、指の隙間から見えるレッピーと目線を合わせて「分かってんだろ」って伝えるも——
「バーカ」
返されたのは、見事なまでのあっかんべー。それは何というか「言語化して欲しいから言ってんだよ」という圧を感じる、そんなレッピーの反応だった。
その反応に、俺は一度目を逸らしながら小さくため息をつく。
そして一呼吸置いてから恥ずかしさを隠すようにダルそうな目線を向けて——
「人として好きじゃなかったら、そもそもお前と何年もフレやってねーよ」
この恥ずかしさがバレないように、俺は雑な口調でこう言った。
人として好き、そう。これが俺のレッピーに対する認識だ。その自覚を強めるように、俺は密かにこの言葉を一人脳内で復唱する。
そんな俺の言葉を受けたレッピーは——
「だよなー。お前がアタシのこと好きなのなんか分かってるよ」
ムカつくくらい爽やかに可愛い笑顔を浮かべて、想像通りの分かりきった言葉を返してきたから——
「じゃあわざわざ聞くなよ……?」
どっと疲れた感じで、俺はその言葉に噛みついた。
でも——
「知ってるのと言って欲しいのはちげーだろ? お前だってだいが喜ぶから好き好き愛してるとか言ってんだろ? 分かってるだろって言わないとかしてねーだろ?」
「そ、それは……」
さっきのあっかんべーから俺が感じ取った通りの言葉が告げられて、俺はやむなく閉口する。
つまりそれは、俺に好きって言われたいってことと同義なわけで、その明らかに明らかな俺への好意の矢印が顕現する。
だって言われたいは、本当にもう——。
そんな俺の悩む様子が伝わったのか——
「いい、いい。分かってる分かってるって」
と、レッピーはやれやれみたいな表情を見せた、と思ったら——
「だいのことは女として好き、愛してる。アタシのことはフレとして好き、愛してる。だろ?」
「あ、愛してるって……っ」
ニカっとした笑みを浮かべて畳み掛けられたまさかのラブコールに、俺は思わず動揺する。
「アタシはお前のこと愛してるぜ?」
「え——」
だがさらに告げられた「愛してる」は、極々自然な、ありのままのレッピーの表情から告げられた。
それは先に述べていたどっちの「愛してる」なのか、聞いてしまえば嘘の方に変えてくれたかもしれない。
でも、そんなことは聞けない。聞けるわけがない。
そのくらいのこと、聞かなくても分かる。
今日のレッピーを見たならば、それくらいのことは分かる関係が俺たちの間にはあるのだから。
……でも、この言葉が冗談なら、それはどんなによかったろう。
この言葉が嘘なら、こいつはどれだけ嘘が上手いんだろう。
そんな真実味を帯びた「愛してる」に、俺は閉口し、俺たちの間に沈黙が現れる。
動揺と恥ずかしさを覚えたままの俺と、真顔のレッピーが見つめ合う。
それはそんなに長い時間ではなかったろうが、まるで永遠に続くような、そんな錯覚を与えてくる。
そして恐らく10秒ほどの沈黙を経て——
「バーカ」
「あたっ!?」
じわじわと頬を赤く染め出し始めたレッピーが、ずいっと俺に近づいて、ぺちんと一発、俺の額にデコピンをかましてきた。
その突発さに俺は思わず後ろ手をついて後退するが——
「きょどんな童貞」
「ど、童貞じゃねぇし!?」
「本当かー?」
「当たり前だろっ」
明らかにまだ恥ずかしさを宿しながら、レッピーがいつもの軽口を言ってくる。
だがその表情のせいか、それはどこかいつものキレがなく、少し舌っ足らずな甘い物言いにも聞こえてくる、そんなやりとりをした矢先——
「じゃあ本当かどうか教えてくれよ?」
ぽふっ
「え——」
胸元に感じた、温かな重み。
耳に届いた、甘えた声。
その重さと声に目を向ければ、俺に寄りかかりながら、熱っぽく上目遣いに見つめてくる大きな瞳。
その姿に目を離せなくなる。
自分の全てが、今目の前の彼女に向いているのを自覚する。
あ、やばい。これ抗えない。
そんな考えが、俺の中に浮かび出す。
「使い方自由の許可はもらってんだ。つまりそういうのも有りってことじゃん?」
「え、いや——」
「お前アタシのこと愛してるっての否定しなかったじゃん? なら今日だけその愛、アタシに寄越せよ」
そう言って寄りかかるレッピーが、再度ぐっとその顔を俺に近づけて、柔らかな感触と共に瞳を閉じたその可愛い顔が視界いっぱいに広がった。そして押し倒されるように、俺は彼女を抱き止めながら背中側に倒れていく。
ああ、だいの言う通り、結局俺はレッピーのことも好きだから。
抗えない、そう思った後の流れは——
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