第639話 改行なんかありません
俺の上に乗っかりながら、レッピーが眼前に突きつけてくる一枚の画面。
「
そして画面左上に書かれた『里見菜月』の文字から、それがだいからレッピーに送られてきたものだということが伝わった。
「……は?」
俺にそれを見せてくる、というのはつまり、読め、ということだろう。その意図を汲んで俺は画面を下にスクロールしながら、その長文を読んでいく。そしてそれを読む中で湧き上がったのは、端的に言えば混乱だ。
それでも、その気持ちを代弁する
読んだのは文字だと分かるのに、それが織りなす意味が分からない。
文字単体、単語一つ一つの意味は分かるのに、それが構成する文章の意味が分からない。
当然文章としては日本語の文章なのは変わらない。
では何の意味が分からないのか?
それは書いた奴の気持ちと考え、そしてこれを送った意図、だった。
そんな考え込む俺に——
「これどう思うよ?」
「え、いや……」
「ちょっとこれは性格がお悪いのではないでしょうかねー?」
「うーん……」
読み終わったと判断したのか、苦笑いのレッピーが強張った表情の俺を見下ろすように尋ねてくる。
でもどう反応すべきか、これはかなりの難問だった。
何故かって? それは……いや、ここは文面ままに伝えよう。
俺が目にしたのは、以下の内容だったのだ。
里見菜月>レッピー『こんばんは。レッピーさん寒がってない?大丈夫?この雨だし外寒いし、遠慮しないで泊まってっていいからね。というか泊まってね。ゼロやんにもちゃんと言っておくから。あ、でもゼロやんのお家あったかい布団1つしかないから、二人とも風邪引いちゃったら困るし、二人で一緒に使ってね。なんでこんなこと言うんだろうって思うかもしれないけど、一つ目の理由は私がレッピーさんのこと好きだから。そして二つ目は、レッピーさんがゼロやんのこと好きだって知ってるから。昨日一緒にホテル行った時私寝ちゃってたけどさ、ちょっとだけ起きた時にゼロやんとレッピーさんが話してる内容、言ってなかったけど聞こえちゃったんだ。あの会話を聞いてて、直接的な言葉はなくても、分かったの。だからレッピーさんと私は一緒だって知ってるの。本当は正直会った時から感じてたんだけどね?お台場で会った人がゼロやんって知った時の目の輝き、分かりやすかったし。だからその時に分かったの。あ、この人私と同じだって。ずっとゼロやんに恋してたんだろうなって。だから私とレッピーさんは一緒。LAの中でゼロやんと出会って、彼を好きになった仲間。でもたまたま私が先にリアルでゼロやんと出会ったから、私がゼロやんと付き合った。もし逆だったら……レッピーさんも言ってたけど、きっと違ったんだろうなって本当に思う。だってゼロやんが私のことを好きなのは間違いないけど、レッピーさんのことも好きだと思うもん。初めて会った時の二人の感じに、そう思ったの。あ、もちろんゼロやんへの気持ちは負けないけどね?それとね、私はレッピーさんに感謝もしてるんだ。ゼロやんがLAを楽しんでこれたのは、レッピーさんがいたからだと思うから。レッピーさんとの会話、私も同じパーティの時にログ眺めてたけど、私もこんな風に話せたらなって思うくらい二人は楽しそうだったもん。だから今のゼロやんがあるのはレッピーさんのおかげなんだよ。もちろん私だってずっと一緒にいたから影響は与えてると思うけど、楽しませるって点だとレッピーさんには負けちゃうと思う。だから感謝も込めて、今日はゼロやんの隣を譲ります。使い方もお任せします。今度一緒にゼロやんとの思い出のお話ししようね。
追伸 ゼロやん、ああ見えてけっこう筋肉あるから、腕の中落ち着くんだよ。オススメ。レッピーさんも気づいたことあったら教えてね』0:54
お分かりかい?
そう、そこにはだいからレッピーへの泊まっていいよってメッセージだけではなく、もっと複雑な、言葉にすることすら恐ろしいメッセージがあったのだ。
「これは正直なんて言えばいいか分からん……」
「別になんも言わなくていーよ。つーかお前の様子見てれば、これはお前の予想も遥かに超えてんだろ」
「いや、まぁ、うん、そうだけど……」
「とはいえ、流石にアタシだってこんなの被弾したら簡単に受け流せねーって分かるよな?」
「う、うん……」
「それよりも厄介なのは、あれだ」
「うん?」
「だいの性格的に、これ素だろ? 本気で思ってんだろ?」
「え? ……あー……いや流石に……いや……うん。たぶん、そうだな。言葉の裏とかは、ないだろな」
「……はぁ。だよなぁ……。しかも強気なんだから弱気なんだかもわかんねーし、あー……なんかもう怒る気にもキレる気にもなれねー」
そして俺はこの怪文書を前に完全に困惑する。レッピーは開き直ったのか諦めの苦笑を浮かべながら、俺の上で猫のように丸くなる姿勢から、俺の足の付け根辺りにぺたんと座る形に体勢を変えていた。
そんなレッピーに俺は下から見上げるようになんとも言えない視線を向ける。
なんたって俺の困惑は、このメッセージだけじゃないのだから。
だって俺の困惑は大きく3つ。
まず一つ目は、分かりやすく言えばだいがレッピーに「何してもいいよ」って許可を出してること。使い方自由って、つまりそういうことだろう。
二つ目はそもそもだいがなぜレッピーにこんなメッセージを送ったのか、ということ。たしかにレッピーと俺の仲をだいは知ってるけど、いくらなんでもこれは色々おかしくないか? しかもだいの性格を考えれば、仲良し認定してるレッピーに対して何か攻撃的なことを言ったりすることはないだろう。だからこの文面は、あるがままの御心、ということになり、それがむしろ混乱を助長させてくるわけである。
そして三つ目は、だいの言ってるレッピーから俺に矢印出てるよね、って話について。この内容について「何言ってんだろな?」的発言を待ってるんだけど、レッピーが一向に否定してこないのだ。
いや、3つ目についてはだいの言う通り、俺ら互いに好きか嫌いかだったら好き寄りの感情を持ってるって分かってるけど、こうも堂々とだいにだいと同じって言われてるのに、それを否定しないのがちょっと怖い。そんなん言ったらさっきからの甘えモードというか、ずっと接触距離で居続けてんのもどうなんだって話なんだけどね!
そんなマジで混乱とどう反応していくのが正解なのか見えない中——
「性格悪いとは思うし、タチ悪いとも思う。でもアタシはあいつすげーなとも思うし、これを良かれと思って言ってるだいの姿が浮かんじまう。あのど天然マジでさぁ……お前ちゃんと教育しとけよー」
「え? あ、す、すまん」
レッピーが表面上だけ注意してくる先輩が如く、どこか少し他人事のように人差し指をぐりぐりと俺の胸に押し当てながら文句を言ってくる。
だがその文句を言う声は開き直りのせいなのか、どこかちょっと子どもっぽい感じにもなってきていて——
「……なんか昔もこんな会話した記憶あるな」
「あー……なんかあった気ぃするわ……」
この難解な状況に囚われる俺を置き去りに、レッピーの話題が変わっていく。
その表情にはまるで昔は楽しかったよな、的な郷愁的雰囲気を漂わせ……少し寂しそうに笑うレッピーの表情から、なんとなく、なんとなくだがいわゆる、そういう雰囲気、みたいな気配が感じられて来た。
その予感に、どうしようもないのにどうしようもなく俺の胸が鼓動を速め出す。
そしてこのドキドキがレッピーにバレないように、俺は努めて平静を保とうと意識する。
いや、マジでどうしてこうなった……!?
「あいつアタシら三人で組んでるっつーのに、すぐ存在消してたじゃん?」
「そ、そうだな。まぁ元々会話には入ってこない奴だったけど、会話はちゃんと聞いてたぞ?」
「でも会話振ってもイエスかノーしか言わなかったろ? それじゃマジで聞いてるだけじゃん」
「ま、まぁな。俺と二人パーティの時は割と喋ってたけど」
「それはお前が保護者か何か……いや、ちげーな。そっか。そういうことなんだな。……だとしたら……ああくそ、なんかちょっと腹立ってきた」
「えぇ!? なんで!?」
「うっせーな。乙女には色々あんだよ」
「は、はぁ……」
そして俺が一人緊張感を覚える中、レッピーは俺らの記憶を懐かしみだし、途中から何故かちょっとムッとした表情に変わっていく。
その変化の理由は俺には当然分からない。だって今のはレッピーが脳内で自己完結させた話だから。
でも、ムッとしたのはほんの少しで、すぐにまたレッピーは軽くノスタルジックな表情に戻ってきて——
「……そう考えると、だいが何か言ってきたこれはあいつの成長、か?」
少しだけ視線を虚空に彷徨わせながら、ちょっとだけお姉さんのような感じで、こう言った。
「そう、だな。変わったと思うよ、俺も。だいは昔よりも周りが見えるようになった」
「見えるようなってても、見方がやべーけどな、今日のは」
「それは……まー……あはは……」
今日のレッピーは本当によく切り替わる。レギュラーのイタズラ好きそうな感じや面倒見の良さそうな感じ、甘える子どものような感じやら過去を懐かしむちょっと大人っぽい感じまで、見ていて飽きないってこういうことなんだろうなってくらいにコロコロ表情が変わるのだ。
まぁ俺にそれを楽しむ余裕はないけどね!
結局このレッピーの変化にドキドキさせられてるわけですし。いや、ドキドキはレッピーの変化だけってわけでもないけれど。
とは言え、少し会話をしたことで俺の鼓動も落ち着いた。
そう思った矢先、また目の前の表情が変化して、俺の視線が奪われる。
そう、俺の目の前の可愛い顔が、ふっと口元に小さな笑みを浮かべたのだ。
そして——
「でも一番やべーのはアタシなんだよなー」
そうポツリと呟いてから——
「え——」
「——お前らのこと応援するって決めたのに、だいにこんなこと言われてムッとしつつも、お前がアタシのこと好きって話に踊らされて、それに乗っかりたくなった中途半端さんだからなー」
サラサラ零れ落ちる流砂のような滑らかさで、彼女の言葉が続けられた。そしてどこか寂しい笑顔と共に俺の瞳を真っ直ぐに捉えながら、レッピーが俺にそう言った。
それは間違いなく彼女の胸の内ままの言葉に感じられ、俺の胸にも突き刺さる。
「あ、でもアレだからな? アタシはあのメッセ見て誘惑に負けかねないって思ったからこそ、最初は自分の意思でお前とちゃんと線引きしようって思ったんだぞ? でもそこでお前が相変わらずなこと言ってきたから……あーもう、思い出しただけで心がザワザワするっ」
そして胸にレッピーの言葉を突き刺されたまま、またレッピーが気持ちが続けられ、彼女の気持ちがのしかかる。
だってレッピーって俺のこと、そこまでの感情で好きだったのか……?
LIKEではあっても、LOVEではない。数直線で表したらLOVE寄りであってもLOVEではない。
そんな風に思ってたんだけど——
「なぁ」
まるで俺にアレをしてきそうなレッピーにドキドキしながら、どこか儚げな雰囲気も漂わせる表情のレッピーが、少しトーンを改めた。
「な、何だ?」
見つめてくる大きな瞳に俺が映ってるのが分かるくらい見つめ合ったまま、俺がその切り出しに応えると、レッピーは一度3,4秒ほど目を閉じた。
そしてゆっくりと目を開き、どこか潤んだ瞳を向け直す。
そのあまりの美しさに、俺は一時呼吸すら忘れた。
普段聞こえる生活音も、今は一切聞こえない。
聞こえるのは自分の胸の激しい鼓動。その鼓動に耐えながら、俺はこれはもう来るぞと覚悟を決める。勝機があるとすれば、まずはこれに耐えてから。
耐えられる、大丈夫、俺ならたぶん耐えられる。
頭の中で全力でだいを思い出そうと試みる。
そしてレッピーはゆっくりと口を開き——
「お前、アタシのこと好きなのか?」
おふざけでも何でもなく、ただただストレートに、真っ直ぐな言葉で、レッピーは俺にそう尋ねたのだった。
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