第638話 そのきっかけは

 問いかけた俺に対して、レッピーはすぐに答えてくれなかった。

 でも、僅かにピクっとその身体が反応したのを俺は見逃さない。

 まぁそりゃね、くっつかれてるわけですからね! 反応の有無は余裕っすわ。


「だいからどんな連絡あったんだ?」


 なので、これはたぶん手応えあり、俺はそう判断してもう1発聞いてみた。

 大丈夫、失うものはなんもない。たぶん。


「……別になんもねーよ」


 そんな俺の問いかけに沈黙が続くこと5,6秒、程なくして俯いたままのレッピーからくぐもるような声で返事がくる。

 それはこれ以上踏み込んでくるなと言いたげな、言い淀んだ言い方だったのだが、それを言葉通りに捉えるほど流石の俺も馬鹿じゃない。


「ほんとか?」

「ああ」


 でもいきなり否定するのはよくないからね、一回ワンクッションとして俺はぽんぽんとレッピーの頭を撫でながら、もう一度確認を取ってみた。そんな俺の一手間がよかったのか、今度のレッピーの返事は少し落ち着いているように感じられた。

 そしてその反応にこそ、当たりという確信が湧き上がる。

 その確信を裏付けるように、ここまでずっと伏せっぱなしだったレッピーも、少し安心したような様子でちらっと顔を上げてきた。そして上目遣いに、あの可愛らしい眼差しが俺を見る。

 その姿に思わず俺はまたレッピーの頭優しくをぽんぽんとしてしまったけど、これは致し方ないと主張したい。

 そんな俺の反応は置いといて。


「でもお前も言ってたけどさ、だいって何者っつーか、何考えてんだろうな」

「え?」


 ちゃんと会話が出来るようなったレッピーに、俺はさらに探りを入れていく。

 この俺の言葉にレッピーはまた少し顔を上げて、きょとんとした顔を見せてきた。

 それはいつもの何となく冷めた感じでも、悪ふざけを考えてそうな時のような感じでもなく、年齢よりも幼く見える表情で、そんな表情は俺は一回優しく微笑む。


「そんな1から100まで知ってんじゃねーの、って顔してくれんなよ? そりゃたしかにずっと一緒にいるけどさ、わかんねーことだってあるんだって。自信ないタイプと思わせてたまに好戦的になったりとかさ、ちょいちょい見せる顔変わるんだよ、あいつ」


 そしてこの表情なら大丈夫そう、そんな感覚を覚えたから、俺はレッピーが話しやすくなるように話題を振った。

 とはいえこの言葉には多少本音もあったから、半分相談って気持ちも持っていたのは秘密だぞ。


「そう、なのか?」

「ああ。もちろん付き合いなげーから誰よりも分かってるつもりはあるし、俺のことを好きでいてくれるってのは疑わない。けどさ、わざとらしく独占欲見せてきたりすんのに、さっきの提案みたいなのもあるだろ? ちょっとこういう時はよくわかんねーなって思うことはあるよ」

「あー……そうなんだ」

「うん」

「けっこうこういうの多いのか?」

「多いってほどじゃないけど、亜衣菜が困ってた時は助けてたな。でも風見さん相手の時なんかはそれはもうバチバチだったぜ?」

「ほー……亜衣菜……ってあれか、セシルか。でもセシルとだい、めっちゃ仲良さそうだったし、そういうとこなんじゃね?」

「ふむ」


 そして案の定レッピーは俺の話に乗ってきて、予想通り割と普通に話してくれた。まぁ話に乗りながら文字通り俺の上にも乗ってるっていうなんかちょっとギャグみたいな状況だけど、とりあえずこれは置いとこう。

 会話が成り立った。もう涙も止まってる。

 それで今の成果としては十分だ。


「ってことは、だいはレッピーのこと相当仲良しって思ってんだな」

「え」


 そして、ここまでの会話から感じたものがあったから、俺はここでジャブを打つ。

 そして一瞬隙を見せたレッピーに——


「あいつどっか距離感おかしいとこあるからなー……。亜衣菜にもそんなこと言うの? ってこと言ったりするし、仲良し認定するとちょっと普通じゃない感じ出す時あるのかも。レッピーも何か言われたりしてないか?」


 ここで一気に本命ストレートをけしかける。

 真っ直ぐに、優しく、レッピーの瞳を見つめながら。


「いや、だから……」


 でもやはりそう簡単には認めてはもらえない。

 でも俺はもう撃鉄を起こし、弾を込めたのだ。

 LAなら攻撃体勢を取っている。そうなれば、ここで引くことなど出来やしない。

 

 だから——


「あのな? 言ってくれなきゃわかんねーんだって。あいつが失礼なこと言ってたなら、俺も謝らなきゃいけないしさ」


 休む手は見せず、俺は構わず銃口を向け続ける。この弾は他の奴には通じないだろうが、レッピーには通じるだろう、そんな弾を込めて。

 そしてこの攻撃は功を奏したようで——


「は? なんでお前が——」


 とレッピーが言いかけて、俺は内心でグッと拳を握ってやった。だってその言葉が言い終わる前に、レッピーが言おうとしたことが分かったから。

 なので俺はそれを遮るようにまた口を開き——


「だってそりゃ、わかんだろ?」


 わざとらしく余裕ぶった笑みを見せてみる。


「は?」


 そんな俺をレッピーは数秒ポカンとした顔で見ていたのだが。


「あー……」


 ちょっと目を閉じ、その表情を一旦苦笑いに変えた後——


「そりゃそうだよな。だってお前ら——」


 得意のニヤっとした笑みに切り替わり——


「「そういう関係」」「だからな」「だもんな」


 俺の予想通りの言葉を言ってくれたから、俺の言葉と重なった。

 俺とだいは「そういう関係」。レッピーはそれを知っている。

 だいが話す代わりに、俺が色んな奴と話していく。そして時には保護者を務める。それが俺がだいと積み重ねてきたLAの中での関係だ。

 俺とだいの関係を長いこと見てきたレッピーに、この関係が分からないはずがない。

 そしてこのやりとりに、俺たちは日曜日の夜と同じく、二人で顔を見合わせて笑い合った。

 レッピーが大きく笑うたびにその振動も伝わったが、それがこいつが心から笑っているのを教えてくれた。今流す涙はきっと、笑い泣きになったことだろう。


「いや、知ってたわ」

「だろ?」


 そしてひとしきり笑い合った後、まだ目尻に名残の涙を残しつつ、サッパリした可愛い顔がそこに戻ってきていた。

 その様子はまるでいつものレッピーそのものだ。

 これなら、たぶん——


「あー……なんかお前に上手いこと転がされた気がしなくもないけど、まぁいいや。ちょっとアタシのスマホ取って」


 きっと話してくれるだろう。そう思った俺の予想通り、ちょっとだけ拗ねた感じを一瞬見せつつ、あっさりとレッピーが俺への情報開示を決めてくれた。

 だが「スマホ取って」、そう言われても——


「いや、お前のスマホどこだよ?」

「枕んとこ」

「は? いや、こっから届くわけねー……っつーかお前が取れよっ」

「えー、動きたくない気分なんだよなー」

「うわっ、うざっ」

「しょうがねーなー、アタシの手が届く位置まで連れてってくれたらアタシが取ってやるよ」

「乗り物扱いすんなっ」


 平面図で見ればベッドの真横にいるから近く見えるかもしれないが、立体図で考えればベッドの下にいる俺にベッドの上の枕元にある彼女のスマホに手が届くわけがない。しかもレッピーに上に乗られているわけだから、起き上がることも叶わない。

 そんな状況を踏まえて俺はレッピーに無茶言うなと訴えたが、俺を困らせて恐悦至極みたいな笑顔を見せるレッピーに、そんな訴えは届かなかった。

 なので結局俺はレッピーを上に乗せた仰向けのまま、ずりずりと床に敷いた布団の上を這いつくばってレッピーの手が届くであろう位置まで動いてやったのだが——


「この辺なら届くだろっ」

「えー、やっぱどうしよっかなー」

「おいっ」


 俺が動き出した直後はマジに俺のことを乗り物よろしく、俺の腹の上にぺたんと女の子座りしていたレッピーが、数十センチ前進している間にいつの間にか俺の胸板で頬杖をついているではありませんか。

 その顔はムカつくくらい可愛くニヤニヤしていて、さっきまでの様子はどこへやら。というか正直出会ってから過去一楽しそうな、そんな雰囲気も否めなかった。


「ほらー、あとちょっと頑張れよー?」

「いや、なんでまたそこで寝んだよ!?」


 そしてさらにもうちょっと枕元部分に近づけば、今度はレッピーが頬杖を解除して俺の胸に耳を当ててまるで猫のように丸くなる。

 それはもう、正直甘えて戯れてくる猫そのもので、正直この甘えられ方はグッとくるものがあったのだが——


「ええいっ! 流石にベタベタし過ぎてだろっ」

「おわっ」


 俺とだいの関係を応援する、そんなスタンスの宣言をしてくれたレッピーだったはずなのに、流石にこれは度が過ぎる。

 そんな思いを抱いた俺は「もういい加減にせい」と、上に乗っかったレッピーを気合いで抱き抱えながら起き上がり、両腕に抱えたレッピーをベッドの上に放り投げた。

 まさか俺がここまでのパワーを見せると思ってなかったのか、レッピーは素直に驚いていたようだけど、俺だって女の子一人抱えるくらい出来るのだよ!

 と、そんな勝ち誇った感情で立ち上がり、久々にベッドの上に戻されたレッピーを見れば——


「えっ」


 まさかそんな露骨なことを、そう思わざるを得ないほどに俺の視界に入ったレッピーは頬を膨らませてむくれながら俺のことを見上げるように睨んでいた。

 そう、まるでくっついてたのに離されたことへ抗議するちびっ子のような、そんな目線が向けられる。

 正直、可愛い。


「ほれ、スマホだぞ」


 だが今は可愛いとか言ってる場合ではないのだからと、俺は有言実行でスマホを取ってやったのだが——


「アタシを定位置に戻さないと見せてやんない」

「……は?」


 まさかまさかの受け取り拒否。いや、なんだったらそれを上回る謎の主張を告げられて、俺は完全にフリーズした。

 レッピーがぷいっと首を振る理由も分からなければ、定位置って言葉も分からない。

 というかここは俺んちなんだからお前に定位置なんかねーよ、そんな思いが湧き上がる。

 でも——


「んっ」

「うおっ!?」


 俺が固まってることに業を煮やしたのか、思ったよりも強い力でレッピーが俺の手首を引っ張って、不意をつかれた俺はバランスを崩してベッドオン。

 そしてレッピーの真横で仰向けに俺が倒れるや、マジもんの猫みたいに再度レッピーが乗ってくる。


「いやどうしたお前!?」


 そんなまるで何かに取り憑かれたのかと疑うレベルの行動を見せるレッピーに、俺は堪らず叫んだのだが——


「お前の彼女が望むままよ」

「——へ?」


 小さいけれど、耳に響くその声で、全くもって理解の及ばぬ言葉を告げられた。

 そして固まった俺の手から自分のスマホを取り返し、サッとロックを解除したレッピーが、俺の眼前にその画面を突き出すのだった。

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