第637話 その原因は
「ってぇ……ったく、何なんだよおいっ」
前回のあらすじ、ラピ◯タ。
バ◯ス!!
……はっ!
急に飛び込んできた馬鹿をこの身で受け止め、驚きと衝撃に軽く脳がやられかけた気がしたが、そんなダメージを魔法の言葉で吹き飛ばした丑三つ時。俺は自分の上に乗っかってきた手触りのいいパジャマに身を包む女に声をかけた。
「って、おいどうした? どっか痛めたのか? あ、手首捻ったか?」
そして声をかけて気づく。
俺の上にいる人物が、うずくまった状態にあることに。
もちろん俺にものしかかってこられた時のダメージはあるが、飛び込んできた奴の体重が軽かったからかHPの減少は思ったほどでもなくて、俺は自分のことより勢いのままに飛び込んでしまったであろう相手を心配したのだが——
「……ね」
「え?」
「……しね」
「……は?」
「うっせ! しねっ」
「いやなんでだよ、どうした?」
「うっせ!」
「……はぁ」
心配してやったのに、俺の胸に顔を押し当て、身体の上でうずくまってくる女は何故か突然語彙力を失っていた。そんな奴との無益にも程がある何度かのやりとりの後、俺はわざとらしく大きなため息をついてやる。
だってそうだろ? たしかにさっきはちょっと失言だったかもしれないけど、落ち着いて考えれば俺はこいつに対して「可愛い」って褒めただけであって、のしかかり攻撃を食らう理由も暴言を吐かれる理由もないのだから。
あの発言で殺されるのなら、もう既に世の中の男の大半は殺されてる。
そんな風にこの理不尽に納得出来ないでいたのだが。
「今のタイミングはない」
「へ?」
「マジでない」
ようやくちゃんとした日本語を使ったと思っても、その意味は全く伝わらない。
でもまだしょうがないけど問い返してやろうと思ったのに——
「いや、なにが——」
「しねっ」
「ああもうわけわかんねーな!」
食い気味に俺は言葉を遮られ、いい加減全く変わらない様子のレッピーにイライラを覚えたのはしょうがなかろう。そしてその感情のまま全身で体重をかけてくるこいつの肩を掴み、両腕に力を込めて華奢な身体を持ち上げた、のだが——
「え——」
「見んな! しねっ!」
持ち上げた直後、全く考えてもいなかったキラリとしたものが見えたせいで、俺は思考を奪われた。そしてその隙にジタバタ暴れられ、再びレッピーが元の体勢に戻っていく。
でも、なんで——?
俺が見たのは本物だったのか? 数秒前のことなのにそれすらも危うい記憶の中、俺は黙って俺の上でうずくまる奴の重みを受け続ける。
でも、掴むから添える程度になりながらも、彼女の肩に触れ続ける両手に伝わるものが、さっき見たものが真実だと告げてきた。
こうなってくると、途端に自分のボルテージが下がるのは男って生き物の仕様だろう。
「だ、大丈夫か……?」
「大丈夫だったらこんなことなるわけねーだろバカっ」
「で、ですよね……っ」
そしてこの状態の相手にかける言葉なんか
そのせいで俺はただただ困り果て、何と声をかければいいのか分からず沈黙した。
でも、触れているレッピーの肩からは変わらず震えを感じていたし、顔を押し当てられる場所には、じんわりとした湿っぽさも感じてくる。
それがつまり、今のレッピーがどんな状況かを示す答えだろう。
こんな時普通はどうするか?
俺が泣かせた……なら謝る。悪いことしたなら謝るは人としての基本だから。
でも、泣かせた理由も、俺が悪い理由も分からない。そうなると謝ったとて「何に謝ってるの?」とか「謝ればいいと思ってるでしょ」が発生して、たぶん余計にレッピーの怒りに火をつけかねん。
そもそもレッピーがなぜ泣くのか、それが全く分からないのだ。いっそ「なんで泣いてるのか教えろ」って言ってみる? いや、そんなん「うっせ! しね!」って怒りをぶつけられて終わりだろう。
なら考えるしかないのだが……何でだろう? 少なくとも分かってるのは、今俺とレッピーしかここにいないんだから、その理由には俺が関わってる、ってことだけか。まぁこんなん当たり前なんだけど、俺に分かるのはこれくらいだ。
マジで具体的な部分が分からない。
「あー……」
心のため息を漏らしつつ、この状況のまま考えること1分ちょい。
時折聞こえるレッピーの鼻を啜る音が響く中、俺は一生懸命考えた。
でも、考えても考えてもマジで全く分からない。
しかしこう意味が分からん状況で女の子が仰向けになった俺の上で泣いているという、何とも非日常のシーンなわけだけど、ここまでくるともう開き直って冷静になるな。
ではこの場面に至るまでの状況を整理しよう。
まずだいのパジャマを着たレッピーにだいとどっちが似合うかを尋ねられた。そして「なんでそこでだいの名前出すんだ」と返したら、ちょっとだけ違和感ある感じで「そこはだいって答えるもんだ」と笑われた。で、俺はその言葉にうっかり「レッピーも可愛い」って言いかけた、つか言った。
事の経緯はこれだけだ。
でも「可愛い」は昨日てか、日付的には一昨日も認めたとこだし、初出のワードじゃないんだよな。
ってことは……ここより前から何か起きてる?
えっと、これより前となると……この会話前から今に至るまで、ハッキリ言って俺たちの会話の主導権はレッピーにあった。
いや、会話だけじゃない。風呂の準備させられたりドライヤーしたり、完全に俺はレッピーに使われてた。
そしてレッピーはなんだかんだで楽しそうだったはずなのだ。
……いや分からん。むしろだからこそ、何故って感じである。
そんな風に冷静に頭を働かせて向き合うこの難問に、俺はもう諦めの興味に陥って、レッピーの肩に触れていた手からも力を抜いて、バタっと大の字になってみた。
だって分かんないもん。
だって他に何がある?
つーかそもそもだいが言ってきてなかったら、こうはなってなかったはずなのに。
「……あ」
そこまで考えて、俺はふっと考えた。
浮かべたのは、だいのこと。
だいは俺に要約すれば「レッピーを助けろ」って連絡をしてきた。
でも俺に連絡が来る前に、レッピーは急に考えを改めていた。
その時なんか「癪だけど」とか言ってなかったか? あの時はそれを「自分はお世話になるつもりはなくて、俺に借りを作るのが癪だけど」って思ったけど、もしかして癪なのは……だいだったのか?
いや、でもだいとレッピーは仲良さそうだったけど……いや、今はこの方向で考えよう。
レッピーがだいに対して癪だと思った。
そうだとすれば、だいは一体どんな連絡を?
俺が大の字になっても俺の上に乗っかり続ける
ならばここは、何かしなきゃ変わらない。
それにもう「しね」ってお怒りの言葉はもらったからな。これ以上の暴言をもらうこともあるまいて。
違ったら違うって噛みつかれるだけだしな。
今この状況より悪いことにはなるまいて。
そう判断して、俺は軽めにポンとレッピーの頭をはたくように手を置いて——
「なぁ、だいがなんかしたのか?」
声は優しく、心は諦め、半ばヤケになりながら、こう聞いてやるのだった。
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