第627話 意外な回し役
「ほんと倫は人たらしなとこ変わんないねー」
「そこがりんりんのいいとこでもあるんだけどねぇ」
「私は今みたいな、倫ちゃんのさらっと素直な言葉言っちゃうとこ好きですよー」
「えっ!? あたしも! あたしもお兄様好きっすよっ」
「私も北条先生のことは好ましく思ってますよ」
22時半を回った頃、俺の枕を抱きしめて目から下の顔を隠しつつ、それでもハッキリと分かるほどに顔だけじゃなく耳まで真っ赤にしたレッピーは、それはもうこれでもかと俺のことを睨んでいた。そしてそんな彼女の視線にはヘイト上昇効果があるのでは? と思いたくなるほどに、先ほどの発言後何故かみんなのタゲが俺に向いている。
何故? どうして? 俺は普通に風見さんから聞かれたことに答えただけなのに——
みんなの言葉がどういう脈絡の上での発言なのか全く分からないという状況に、俺は孤独にも「え?」とか「は?」しか言えなかったのだが——
「こほんっ」
小さくもたしかに響いた、咳払い。
その音の後、一瞬静まった室内の中、一人がすっと立ち上がり、すすすっと移動したと思ったら——
「これは私のですからね」
そのまま俺の隣にやってきて座り、俺の両肩に手を置きながら主張を伝える女性有り。
そんな彼女の行動に2,3秒ほど瞬きも忘れるほどに我が家の時が止まった後——
「あははっ、もちろん分かってるよー。菜月ちゃん可愛いなっ」
「うんうん、それはこの前十分伝えてもらったから。大丈夫。分かってる、分かってるって」
「そーだそーだっ、そもそも菜月には聞いてないしっ」
「倫ちゃんと里見先生はラブラブですもんねー」
「嫉妬なさってる里見先生も素敵です」
俺のことを「これは私の獲物だ」的な強キャラムーブでアピールしただいに、やや拗ね顔の風見さんを除いてみんな微笑ましそうな感じを見せてきた。
あ、レッピーはまだ変わらず俺に怨みがましい目線を送ってます、悪しからず。
……とまぁそんなやりとりがレディースたちの中では展開されたわけですが——
「あ、あの……マジで話が分からないのですが……?」
分からないは、不安だから。
俺はだいに肩に手を置かれたまま、おずおず右手を上げて尋ねてみたのだが——
「あー……」
「まぁ……」
楽しそうな顔から一転、亜衣菜と太田さんが何か諦めるような苦笑いに変化して——
「倫ちゃんってそういう人なんでしょねー」
うみさんもそのにこにこ顔に少し苦笑いの色を浮かべながら、またしてもよく分からないことを言ってきて——
「なんか、ごめんね」
最後にだいが謝った。
しかもそれは心から呆れるような、まるで残念な生き物を見るような目をして告げられた。
いや、でも意味分かんないんだって! と、俺は表情で訴えたのだが——
「それでは分からない人には一生分からないでしょうし、そろそろ流れを戻しますねー」
みんなから哀れみの視線を受ける俺をバッサリ無視するように、うみさんがお茶を一口飲んでからニコッと自己紹介の仕切り直しを提案し、俺の訴えは雲散霧消となりかけた、その時——
「待ていっ! 名前聞かれたついでに言い投げてやるっ」
「っ!?」
枕を抱きしめながら沈黙していたはずの
そしてその言葉に、俺は瞬間的に冷や汗発生装置が最強モードで強制オン。
こいつ、何を——!?
そんな思考が咄嗟に浮かび、俺は
その直後——
「アタシは今ゼロやんたちのトリオチームにアタシと誰かを加えてスタンダードに変更してくれって交渉中! 以上っ!」
全員の視線を集めたレッピーが、その視点をある人物に向け、ドンっと言いたいことを投げつけた。
そんなレッピーの発言と視線に「あれ? さっきのセシルの言ってたことと……」って感じなことを考えているであろうみんなの視線も右往左往。
でも俺は一人、たぶんみんなと違うことを考えていた。
そういう話ね! なんだ、それね! しかも今「以上」って言ったよね!
……ってことは、セーフってことだよね……!?
あああぁぁぁ、ドキドキしたーーー! 正直
そう、レッピーの言葉の中には俺が一瞬覚悟した、終わりを告げる発言がなかったのだ。
そのことに俺は一人深く深く安堵した。
とはいえ誰も彼もこんな俺の内心を知る由もなく、特にレッピーの視線の先にいた美人はきょとんとした顔を見せてたが——
「はいはーい。レッピーさんが何したいのか分かりませんが、ここで新しい話され出したら、私とお隣の可愛い子ちゃんのターンが来ないままになっちゃいますので、一回話を戻しますよー?」
「おいっ」
「いいから静かにしててね? 恋々亞ちゃん」
「っっ! むぅ……」
炸裂したのは年の功か、亜衣菜に集まった視線を再びまた自分のもとへ集め直したうみさんが、一度は反骨心を見せたレッピーを視線一閃で黙らせた。
ちなみにレッピーの方にうみさんが向き直った後、一瞬にしてレッピーの表情が青ざめたのだが、果たしてどんな表情を見せたのかは……たぶん知らない方がいいのだろう。
でもとりあえず今は何でもいい。
だってほら、レッピーじゃなくうみさんのターンの方が安心だし。
なんてちょっと俺一人自分本位なことを考えていると。
「はいっ。じゃあ皆さんいいですかー? 私が自己紹介しますからねー?」
レッピーがベッドの上で体育座りし、両膝頭と頭の間に置いた枕に顔を埋めたのを確認してから、にこやかに振り返ったうみさんが満面の笑顔の横にパーにした手を当てて、これから何を言うかを伝えてきた。
しかしあれだな。レッピーがうちの枕を好き勝手使ってるのはもう無視するとして、ハキハキした話し方とか、話す相手をしっかり見るとか、集団の中でみんなに発言する時にアクションも付けるとか、うみさんの所作ってよくよく考えりゃ流石元小学校の先生って感じだな。
声は聞き取りやすく、今誰が話してるのかも、誰に話してるのかも明確だ。
そのおかげか、みんな今はしっかりうみさんに視線を向けている。絶対にまだレッピーの発言が引っかかってるはずの亜衣菜でさえ、ちゃんとうみさんの方を見てるのだから、これは彼女のスキルの成せる技だろう。
正直いまだにアレな嗜好が印象を引っ張ってるとこはあるけれど、このスキルとうみさん自身の見た目の綺麗可愛い感じが相まって、この人の人を惹きつける力はかなり高いのではないかと俺は思う。いや、そりゃ俺個人の嗜好として見た目タイプってのはあるけれど、この人を見てると、この姉にしてあの妹ありって思うんだよな。
担任&顧問という贔屓目に見ても、
と、こんな感じで今我が家の空気を100%支配するうみさんに、俺は改めて高い評価をしていると。
「改めまして、市原うみと申します。LAでのキャラクターは〈Rei〉です。サポーターメインでやってまーす。所属ギルドは昔はあったんですけど、そこが解散してからはどこにも所属してない絶賛野良プレイヤーです。でもよくレッピーさんのとこにお邪魔したり、〈Semimaru〉おじーちゃんとか倫ちゃんにかまってもらったりしてますー」
視聴率100%な空気の中、彼女の言葉は全員がしっかり聞いていた。
そのせいかかまってもらう対象に俺の名が上がったことで何人かが一瞬チラッと俺に苦笑いやらため息を見せてきたけど、なんかもうこういう反応は慣れました。恒例の反応ありがとうございますって感じだね!
と、それはさておき。しかしそうか、ギルド、うみさんはどこにも入ってなかったのか。正直彼女の腕前ならどこでも通用するというか、サポーターとしては即戦力級だと思うけど……。
俺がそんな感想を抱く中、俺の正面にいる奴はレッピーに言われたことに対するきょとんとした様子から、
こんなことを亜衣菜に対して思っていると。
「〈Semimaru〉おじーちゃんて、あの人まだロールプレイやってんの? ウケるっ」
今のうみさんの自己紹介に、懐かしそうな顔を浮かべて言葉を発したのは太田さん。彼女、っつーか〈Kanachan〉からすればかつてはうちのサーバーの最強ウィザードの座を賭けて競った相手なわけだしな。当然知り合い以上な感じなんだろうけど、今の口ぶり的にそれなりに仲は良かったのではなかろうか。
でもロールプレイってばっさり言っちゃうのはちょっと可哀想だよな。そりゃ俺もガチな老人プレイヤーだとは思ってないけど、そういうのも含めてMMORPGの醍醐味なわけじゃんな。
聞かなかったことにしとこっと。
と、勝手に〈Semimaru〉さんに同情してみたり。
「リアルでは高円寺駅近くのカステラ屋さんで販売員やってまーす。今皆さんに出されてるものですので、気に入ったら買いにきてくださいねー。
はいっ、じゃあ23時回る前に、最後の可愛い子ちゃん、自己紹介お願いしまーす」
そんなこんなで、みんなも話す内容に含んでたリアル情報をあっさり伝えたうみさんは、22時57分、ラストバッターの風見さんに打席を譲る。
しかしなんと言うか、スパッと自分の話をまとめてるし、意外とこの人回し役なんだな。色々引っ掻き回された印象ばっかりだったけど、たしかにLAだと凄腕のサポーターなわけだし……本性ってどっちなんだろか。
なんて、話し終えたばかりのうみさんに俺はそんなことを思うけど——
「了解っす! いよいよあたしっすね! いざ刮目せよっすよっ」
座っていたベッドから勢いよく茶髪の八重歯ちゃんが立ち上がって一瞬チラッとこちらを見てきたのに気付いた俺は、変なこと言い出さねぇよな……と絶妙な不安に駆られるのだった。
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