第628話 忘れた頃に現れる
「ラストバッター風見莉々亜、26歳バーで働くフリーターやってまーす。そしてこのあたしこそが、【The】のリーダー〈Hideyoshi〉っすよー! 自称LA最強のアーチャーっす!」
スタンドアップして準備完了。ふぁさっとご自慢の肩ほどまでの長さの茶髪をわざとらしく払った後、満を持してキュルン☆ って感じの見事なウインクを決めた風見さんの自己紹介がスタートしたのは、あと2分で23時になろうかって頃合いだった。
こんな夜更けでも普段が夜行性チックな彼女のテンションは非常に高く、体育会系とみせかけてギャルっぽい感じがするという、いまいち性格を判別しづらい話し方をする彼女に、一部を除きみんな微笑ましい表情を向けていた。
あ、一部はあれね。体育座りのまま俺の枕を抱きしめて目より下を隠しながら、じとーって感じの目線しか送れてないレッピーと、【The】に対して勘違いなさってる亜衣菜の二人ね。
でもそれ以外のメンバーは「いや、年齢言っちゃうのかよ」とか「あくまでそれは自称ですよね」とかとか、特に同じギルドの仲間たちから苦笑い込みの微笑みが送られていて、風見さんが太田さんからも佐竹先生からも好意的に思われているのが伝わった。
まぁ、うん。この子も非常識なとこはあるけど、憎めないというか、愛嬌いいし嫌いにはなれないタイプの子なんだよな。
「そして〈Hideyoshi〉は公称お兄様の弟分っす! ……あれ? 今気付いたっすけど、つまりリアルあたしはもしかしてお兄様の妹ってことに……?」
「いや意味わからん意味わからんっ!」
嫌いにはなれない、そう思った矢先だったのに、風見さんから思考回路がぶっ壊れてるような純度120%の嘘が炸裂し、流石にこれには俺も堪らずツッコんだ。
というかお兄様呼びはもうやめさせるのを諦めるとしても、それを公称したことなんか一回もない。そしてそもそも俺にはガチ妹がちゃんといる。
そんな俺のツッコミを受けてか——
「そだねー、倫の妹ちゃんは倫に似て可愛いから、それは無理があるし本人に失礼だぞー?」
「そうね。いっちゃんゼロやんに似てすごく可愛いし、莉々亜が妹枠に入る余地は一切ないね」
「たしかに妹ちゃんりんりんに似て可愛かったっ!」
「倫ちゃん妹さんいるんですかー。妹って可愛いですよねー」
と、元カノ、今カノ、元カノ、妹持ちの順に俺のツッコミに加勢する反応が現れたわけだが、何だろう。前にも言われたことあるけど、俺に似て可愛いってどうなのよ? それ真実は言われて嬉しいのか? 小さい子ならまだしも、20代半ば手前の妹よ?
でもこいつら、言ってる顔が本気顔なんだよな……!
「え、あたしフルボッコっすか!?」
「ん、とりあえずリリが妹ってのは無理」
「うん、ダメ」
「ええっ!?」
「はい、じゃあ倫の妹を知ってるアタシらからダメだし出たとこで、自己紹介続けなさい」
「ぬー……他に言うこと他に言うこと……あ、好きな科目は日本史っす! 〈Hideyoshi〉はそっから付けたっす!」
そして俺が何とも言えない気持ちになってたところ、太田さんとだいが風見さんに追撃し、諦めろと言わんばかりに風見さんに自己紹介の続きを促したわけだが、その後続けられた話は正直「あ、そうですか」的な感じの内容だった。
そもそも年齢の話もそうだったが、ここまで誰もキャラネームの由来なんか話してない。もしかしたらこの話題を出したのは教員チームが自分の科目言ったからかもしれないが、日本史って言われても正直そうですかしか言えないんだよね。俺歴史は世界史派だし。大和がいれば別だったかもしれんけど。
そんな空気を感じたのか——
「あれ? なんかみんなリアクション薄い……え、スリーサイズとか言った方いいっすか?」
割と本気で戸惑った様子の風見さんが、物凄くアホの子みたいなことを言ってきたのだけれど——
「セシルとかだいならまだしも、リリのそれとか誰も興味ないから」
完全真顔の太田さんが、いやそれ軽いセクハラだろって内容を含めながら、それはもうキッパリとストップを突き付けると——
「えぇっ!? お兄様も!?」
太田さんの冷たさにびっくりしたのか、何故か風見さんから俺に助けを乞うような目線が送られたのだが——
「うん、倫もそれは興味ない」
ちょっと可哀想になってきたので、ここはやんわり聞かなくていいってことを伝えようとした俺より先に、またしても太田さんがビシッとノーを突きつけた。
そんな味方のいない展開に——
「じゃ、じゃあ好きな人はお兄様っす!」
ラストアタックがごとくまた唐突な発言がなされたが、今この場でそれを言われても、ねぇ?
そんな俺を含めたみんなの苦笑いが、この場の空気を表した。
「じゃあってそれもう話すことないってことだよね。はい、じゃあリリの自己紹介終わりでいいね?」
「えっ、あっ、ちょ——」
「じゃあこっからお待ちかねの質問タイムといきましょかっ」
そして最後にトドメとばかりにズバッと太田さんが風見さんをぶった斬り、スパッと展開を第二フェーズへ移行させる。
いやぁ、でもホント風見さんの保護者ポジがいるのありがてえな。俺がツッコミ入れなくても話進むって素敵過ぎる!
そんな感謝を楽しそうな顔で仕切る太田さんへ、密かに俺が胸の内で思っていると——
「はいっ」
太田さんの仕切りに応えるように、いの一番に手を挙げたのは——亜衣菜だった。
その動きにみんなの視線が亜衣菜に集中する。
「恋々亞ちゃんに聞きたいこともあるんだけど、それより先に莉々亜ちゃんに聞きたいことあるんだけど、私から質問いいかな?」
そして風見さんの自己紹介中から変わらない、どこか気まずそうな神妙さが宿った表情を浮かべながら、亜衣菜が自分がトップバッターでいいか確認したのだが——
「【The】がRMTどうのって質問なら、ギルドリーダーとしてあたしは断固やってないって言って終わりっすよ」
誰かが亜衣菜に頷くよりも早く、それまでの陽気な感じを消し去った風見さんが、明らかにかったるそうな感じで先手を打った。それと同時に、その発言に出鼻をくじかれた形となった亜衣菜は「え?」と驚いた様子を見せたのだが——
「それはうちの〈Star〉を貶めるために【Vinchitore】の〈Mobkun〉ってクズが流したデマっすから。【Vinchitore】の人みんなその話信じてるみたいっすけど、〈Star〉はそんなことする奴じゃないし、その噂正直クソ迷惑してるんでやめて欲しいっす」
本気で驚いた亜衣菜の様子に小さくため息をついた後、嫌そうながらハッキリとした強い口調で風見さんが言葉を続け、その言葉に亜衣菜はまた「え?」と戸惑ったようだったのだが——
「もぶ……くん?」
予想してなかった名前が出てきたのか、きょとんとした顔になった亜衣菜がまだ混乱する様子を見せていたので——
「そうらしいぜ? 俺も前亜衣菜からその話聞いたんだけどって風見さんに直接聞いてみたけど、全部〈Mobkun〉が想像で言ってたことなんだってさ」
「え」
「それに〈Star〉さんも昨日偶然リアルで会ったけど、普通にめっちゃいい人だった。俺の目から見てRMTなんて不正行為で武器作ったりするような人には到底見えなかったよ」
「うん。私も星さんは製作職人としてフレンドだからそこそこ前から知ってるけど、LAの中と同じく、リアルでもいい人だって思ったよ」
俺が流石にここは風見さんが可哀想だからと助け舟を出すと、俺の船にだいも乗ってきて、亜衣菜の表情が「え、え、え」とじわじわ慌てる感じの色に変わっていく。
風見さんの言葉だけでも戸惑ってたのに、俺とだいの言葉に完全に今のこいつは混乱デバフを食らってる。
ならばここは、後一押し。
「俺は〈Mobkun〉は会ったことねーけどさ、昔嫌がらせのようなチャット送られてきたことは亜衣菜にも伝えた通りだし、他にもうちの学校の生徒が粘着されかけたってこともあるし、何よりジャックから聞いた話もある。そりゃ付き合い長い亜衣菜からしたら俺らから聞いた話と昔から知り合いの〈Mobkun〉の話、天秤にかけたら〈Mobkun〉の方が重いのかもしれな——え? ……亜衣菜さん?」
トドメの一撃を繰り出そうと、俺も俺なりに好きじゃない奴のことを話し始めたのだが、俺の話の途中で何故か亜衣菜が無言で下を向いたまま立ち上がっていて——
「ど、どうした?」
その不穏な様子に俺は話してた言葉を切り上げ、心配気に尋ねてみると——
「あいつかーーーー!!!」
23時を回った夜の中、その可愛いらしい顔に明らかな怒りを浮かべながら、みんなのアイドルセシルさんが、見たことないレベルで激昂するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます