第626話 そちの名は
「さっきから何回も名前呼ばれってけど、アタシは〈Reppy〉。ギルド【Bonjinkai】のリーダーだ。本職は大剣アタッカーのつもりだけど、最近はヒーラーの出番の方が多い感じかな」
他のメンバーが真面目な顔つきだったりにこやかだったりした中、6番手で話し出したレッピーの表情はちょっとだるさを醸し出していて、どうやら今は素モードって感じのようだった。
「ギルメンそんな強くねーからしょっちゅう野良にも募集かけて色々主催してっから、掲示板で名前見たことある奴は多いんじゃねーかな。とりあえずLAに関する自己紹介はこんな感じ」
そして一旦レッピーが話を区切ったところで、亜衣菜が「たしかに見たことあるっ」とか佐竹先生が「私も拝見した記憶があります」とか言い出して、それを聞いたうみさんも「よくお世話になってますー」なんてことを呟いてた。
でも俺は謎の敬語調で話したけど、レッピーには敬語になる様子は微塵もない。いやぁ、流石レッピーって感じだな。
「で、リアルでの職業はノーブル東京のホテルマン、まぁ厳密にはコンシェルジュやってる。LA以外の趣味はラーメンとバイク。以上、自己紹介終わり」
そしてさらにレッピーが自己紹介を続けて、お前コンシェルジュだったんかい! と俺は密かに思ったりしたのだが……なんだかみんな、「終わり」の言葉にレッピーに向かって「あれ?」って感じとか、何か聞きたそうな顔を浮かべていた。
でも一通り話してくれたと思うけど、なんて俺が思ってると——
「レッピーさんレッピーさん。ここまでみんな言ったんだからレッピーさんもちゃんと言わないとー」
と、まるでみんなが思ってることを代弁するかのように、次のバトンを受け取らずにうみさんがレッピーに何かを促した。
でもみんなが言っててレッピーが言ってないことって……なんだっけ?
と、俺が考えていると——
「うっせーな。全員LAって共通項あんだったらわざわざ言う必要ねーだろって」
と、レッピーがその可愛らしい顔についた双眸を険しくして、それはもう露骨に嫌そうにうみさんの言葉に返事をしたのだが、その言葉を聞いて少し考え、俺は「あ、そういえば」と得心がいく。
「でも今日はオフ会じゃなくて、リアルで会った人たちの集まりですよー? 初対面の人と会ったら自己紹介はちゃんとしないとー?」
「若い奴はこまけーな……」
「こらこら? 私の方が1歳お姉ちゃんですからねー?」
そしておそらくレッピーが言ってないことを知ってそうなうみさんの注意に、レッピーがさらに渋い顔を見せまるで年長者ぶったことを言い放つ。
あ、ちなみにこの場の年齢構成としては俺と亜衣菜、太田さんが大学4年の時にうみさんが大学3年で、だいとレッピー、風見さんが大学2年、佐竹先生が大学1年って序列だぞ。
正直風格的にレッピーは上そうだけど、案外そうでもないのだよ。
「私もレッピーさんの名前知りたいな」
「だよねー。ここまできたら同調圧力かけちゃうよー?」
そしてにこにこ攻めるうみさんに、本気で知りたがるだいと悪戯っぽく笑う太田さんが加勢する。
しかしだいはナチュラルとして、今日が完全初対面だろうに、すごいな元ギャル。恐るべし太田さんのコミュ力よ。
「……はぁ。あんま好きじゃないんだよ自分の名前」
で、そんなやんややんやな攻勢を前に、俯きながら額に手を当て4,5秒葛藤していたレッピーが、やれやれといった感じに長めのため息をつき、諦めた顔で周りを見る。
でもそれに対して「嫌なら言わなくてもいいんじゃよ」的な優しさを見せようとする奴は誰もおらず、みんな知りたそうな空気を弱めない。
そしてみんなを見た後、レッピーが最後に俺の方を見てきたから——
「名前ってその人にとってかけがえのないものだろ? 腐れ縁フレンドとして知りたいな」
隠されるとかえって知りたくなるのは人の性。そんな気持ちを隠して、俺も普通のトーンで知りたいアピールをしてみると——
「……あ」
俺と見つめ合ったまま数秒経った後、ゆっくりとその小さな唇が、小さく動いた。
「え?」
だが、たしかにボソッと何か呟いたとは思うのだが、それは如何せんそよ風レベルの小さな声で、俺にはそれが何と告げた言葉だったのか聞き取れなかった。
っていうか絶対誰にも聞き取れなかったと思うのに、何故かじわじわとレッピーは恥ずかしさに耐えかねるように顔を紅潮させていき——
「ここあだっつってんだろっっっ!!」
と、今にも噛み付いてきそうな様子で俺に向かって吠えてきた。というか言い終わってなおまだ俺をロックオンして睨んでる。
その姿はほんと、なんとなく常に余裕のありそうな態度を見せていたレッピーからはイメージつかないもので、「あ、これガチで恥ずかしいやつなんだ」ってのがそれはもうありありと伝わった。
そんな完全にビーストモードなレッピーに、俺は「お、おう」とまともなリアクションが取れないでいたのだが——
「え、可愛い……」
「うんっ、可愛いっ!」
「名前と見た目と声が見事にマッチしてるじゃーん。いいねっ」
順にだい、亜衣菜、太田さんがガルルルルと唸り出しそうなレッピーに笑顔を見せ、だいは心から可愛いものを見るように、亜衣菜と太田さんは小さな子を可愛がるような感じの表情を見せてきた。
そのどれにも嘘なんかなく、三人ともガチに「可愛いっ」てなってるのが伝わった。
いや、実際「ここあ」って名前は、くりっとしたぱっちりお目々の童顔フェイスとこの場にいる誰よりも可愛いアニメ声なレッピー自身と相まって、たしかにめちゃくちゃお似合いな名前だと思う。
「いや、ほんと可愛い名前でいいなっ」
「うんうん。そんな恥ずかしがらなくていいじゃんてっ」
「うん。私もいい名前だと思うよ」
そしてさらに続いた三人のリアクションに、レッピーの唸りが小さくなり出すと——
「可愛い名前ですよねー。しかも漢字も可愛いんですよー?」
聞くことが出来て喜ぶ面々にうみさんがさらに加勢して、今度はその漢字の中身まで話すように促すと——
「ああもう、分かった分かったって! 名字が結に城で
やさぐれながらレッピーがその字面を教えてくれて、みんながその言葉に「おおー」となる。
そんなみんなにレッピーは色々耐えかねて、顔を抑えながらぼふっと仰向けに俺のベッドに倒れ込んだのだが——
「笑う要素なんてどこにもなくない?」
「そっすよね! 名前笑うとかそんな失礼なことする奴いたら軽蔑するっすよっ」
「うん。レッピーさんすごく可愛い」
「それなー。見た目だけじゃなく名前も可愛いのは最早反則じゃん?」
と、顔を隠して恥ずかしがるレッピーに亜衣菜が「なんでそんなに恥ずかしがってるの?」とでも聞きたげに尋ねると、風見さん、だい、太田さんも倒れ込むレッピーに言葉をかける。
これ、本人からしたらきっと追い打ちをかけられてる気持ちなんだろうけど、実際学校で働いてるともっと奇抜な名前に出会ったりするから、俺としても別段変なものとは思わなかった。
「ですってレッピーさん? 私も思ってますけど、やっぱりいい名前なんですってー。倫ちゃんもそう思いますよねー?」
「え? あ、ああ。うん。可愛い名前だなって思ったけど——」
そんなレッピーが思うほどじゃないって思っていたところ、うみさんが何故か俺に話を振ってきたので、俺は思ったところのままに答えたのだが——
「りんりーん?」「倫さー……」
俺の言葉に倒れ込んだレッピーが若干涙目気味になりながら、ひょこっと顔だけ起こして俺の方を見てきた直後、何故か亜衣菜と太田さんが苦笑いのような表情を浮かべて、俺に向かって何か言いたげな感じを見せてきた。
そしてその二人の言葉の後——
「はぁ……」
「さすが倫ちゃんですねー」
と、俺に向かってわざとらしいため息をつくだいと、にこにこ具合増し増しな笑顔を見せるうみさんが現れ——
「莉々亜も可愛い名前っすよね!? 音の並び似てますしっ」
と、意味の分からない状況の中さらに意味の分からないことを急に風見さんが俺に尋ねてくるもんだから——
「いや、音の響きも字面も俺的には莉々亜より恋々亞の方が可愛——」
訳がわからない状況の中、とりあえず俺は聞かれたことに答えたのだが——
「——だぁぁぁ!! うっせぇ!!! お前そういうとこだぞっつっただろ!!!!!」
一体何が導火線だったのか。
顔だけ上げていたレッピーが俺の言葉を遮るように勢いよく起き上がり、ぺたんと座ったままながら、物凄い勢いで俺に向かって怒鳴ってくるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます