第625話 説明書を読むが如く

 彼女のウインクは、たぶんみんなが気づいたろう。

 そのせいで一回俺にも視線が集まったのだが——


「まずはLAの話だったよね。今の所属ギルドはさっちゃんと同じく【The】で、キャラクター名は〈Kanachan〉、ウィザードやってまーす。一回引退した、復帰組でーす」


 溌剌と太田さんが話し出したことでみんなの視線がまた彼女へ戻った、のだが——


「え、〈Kanachan〉て……え、復帰してたのっ!?」


 やっぱそこは反応するよねってとこに、古参プレイヤーが反応する。

 でも質問は最後にまとめてってお前が言ったんだろうが、とツッコミたくなったが、太田さんのキャラクター名に亜衣菜が声を上げて驚くのは実際致し方なかったろう。

 俺も同じ立場だったら、こいつのようにきっと驚いてただろうから。

 なんたって〈Kanachan〉は今こそ【The】に所属しているわけだが、昔は俺とだいも所属していた、01サーバーで【Vinchitore】と双璧を成す廃ギルド、【Mocomococlub】の選抜メンバーだったのだから。

 【Mocomococlub】の選抜のすごさ? それはもう一言で言えば廃人ないし廃神の一言に尽きるだろう。所属するメンバー数の観点からまとめ上げるメンバーこそ【Vinchitore】よりも少ないが、【Mocomococlub】の選抜ったら実力的に【Vinchitore】の幹部とほぼ同等ってとこなのだ。つまり〈Kanachan〉はウィザードだったので、【Vinchitore】で言うところの〈Semimaru〉さんポジション。

 しかもだいがたまに、俺が極稀に選抜に選ばれるかどうかだった中、〈Kanachan〉はずっと不動の選抜だった。

 ハッキリ言って01サーバーの古参で攻略系ギルドに所属しバリバリやってた人からすれば、凄腕ウィザードの〈Kanachan〉の名はめちゃくちゃ有名なのである。


「たしかに懐かしい名前だなー」


 そしてこの場にいる俺とだい、亜衣菜以外の01サーバーの古参たるレッピーもその名にちょっと郷愁を感じたようで、しみじみとしたトーンで驚いていた。

 そんな古参プレイヤー二人の発言を受け、うみさんが反応を見せたレッピーに「有名な人だったんすか?」なんて聞いて、レッピーが「まぁな」って答えてた。


「おーおー、覚えてる人いてくれてるなんて光栄だねー。引退前に【Mocomococlub】でやってた甲斐あるかっ」


 そして軽くドヤった口調で話しながら白い歯を見せニッと笑う太田さんはみんなの反応にちょっと嬉しそうで、そんな彼女の発言にうみさんも「あ、なるほど。すごーい」と驚いているようだった。

 

「ちなみにリアルだと保育士やってまーす」


 そしてそのままリアルの職業の話に触れた後——


「あと、倫とは同郷の同中おなちゅうでっす。よろしくねー」


 とひらひらと手を振りながらさらっと言ってのけて、だいと風見さんを除くメンバーたちが僅かに目を大きくしたり眉をひそめたりと、各々な反応が現れる。

 ……いや、しかしなんで俺に関わる部分だとみんなそういう反応するんだよ、と正直内心思うけど、それ以上に太田さんが「元カノです」とか「初めての人です」とか変なことを言わなかったことへの安堵が大きくて、俺はとりあえず何も言わずに彼女の言葉に頷いといた。


「じゃあ次は同郷の流れで倫の番ねー」


 そしてキィっと椅子を回し俺を見て、流れるように太田さんからのバトンが渡されたわけだけど、しかし流石元ギャル、表情といい間の取り方といい、コミュ力マジで突き抜けてるな。

 と、そんなことを思いながら、みんなの視線が俺に集まってる状況に改めて「いや、俺のことは知ってんだろ」と思いつつ——


「はいはい。それでは下座から失礼致しますが、僭越ながら家主の俺も自己紹介させていただきます」


 慇懃な感じを装ってあぐらをかいた両膝に握り拳を置き、一度深々と頭を下げてみた。

 ここでいつもならぴょんとかそこら辺から「堅苦しいなっ」とかってツッコミがもらえそうなはずなんだけど、どうやら今日のメンツにはそんな気配はなさそうで、だいも含めてみんなじっと俺の方を見つめているようだった。

 しかしまぁこうも綺麗な方々に見られているととちょっと話しづらいんだけど、たぶん話さない限りこの状況から解放されることはないだろうから、俺はちょっと緊張しつつ、一度大きく深呼吸して——

 

「えっと、みんな知ってることだと思うけど、LAでは〈Zero〉ってガンナーやってる北条倫です。所属ギルドはだいと同じ【Teachers】」


 まずは基本条項を提示する。もちろんこの辺の話はみんな知ってるよ的な反応のようだった。

 ってことで——


「だけど一番初めのギルドは右隣にいるレッピーと同じ【Natureless】ってとこで、そこが解散した後はちょっと間を置いてからだいと一緒に【Mocomococlub】にもいました。なのでだい以外にもレッピーと太田さんとは同じギルドにいたことあります」


 俺は情報を付け足すように、これまでのLAでの来歴を捲し立てるように言ってみた。

 まぁなんというか、後から色々聞かれるよりも先手を打って情報出しとこうって寸法だ。

 でもなんでだろうね、何故か自己紹介って中途半端に敬語調になる不思議あるよね。


「で、リアルではだいと同じく高校の先生やってて、担当教科は公民科。専門科目は倫理です。今は高2の担任やってて、レッピーの隣に座ってるうみさんは俺の担任クラスの生徒のリアルお姉さんってことで面識があります。あと部活は女子ソフト部の顧問やってて、だいの学校とは合同チームを組んでます。ちなみにこの前の大会は佐竹先生の学校と試合して負けました。そこで佐竹先生と知り合ってます」


 そんな不思議な口調で話しながら、俺はこの場に集まるメンバーとの関係をガンガンに情報開示スタイルを敢行する。

 そんな俺の提示する情報にみんなマジかよ、みたいな反応を見せつつ、でも俺なら……みたいな謎の納得も見せていた。

 いや、その納得おかしいからな、普通。

 なんてことも思いつつ——


「彼女のだいとは7年前くらいに野良パーティで一緒になって、そっからフレンド登録して仲良くなっていって、今年やった【Teachers】のオフ会で初対面した後に付き合いました。ちなみにLAを始めたきっかけは、大学時代バイト先が一緒だった亜衣菜のススメです。……とりあえずこれだけ話せば十分か?」


 しっかりとだいと付き合っていることと簡単な馴れ初めも伝え、今亜衣菜と仲良い理由も伝えてみる。

 

 しかしなんか一人やたらと喋った奴みたいになったけど、これでみんなとの接点が伝わったろう。俺に彼女って言われただいは納得した感持ってくれてるし、他のメンバーの表情は色々あるみたいな気配を感じなくもないけど気にしない。

 そんな自分の長台詞に、俺はやり切った感を覚えていたのだが——


「ちょっとちょっとちょっと! お兄様ひどい! あたしだけ出てきてないんすけどっ」

「あ」


 ここまでさんざ目立ってたのに、すっかり話題を出し忘れた風見さんが分かりやすく頬を膨らませ、その不満を訴えてくるではありませんか。

 そんな彼女に流石にちょっとバツの悪さを覚えたが、でも風見さんとの接点ってどう説明すべきなんだろか? 深夜の侵入者……隣人ちに入り浸る女……だいの同級生……でも俺と知り合った経緯って考えると……と、どう話すか考えていると——


「ま、リリの倫との接点って隣人の知人ですー、みたいなもんだけでしょ? それじゃちょっとパンチに欠けるかなー」

「えっ、カナさん裏切り!? ひどいっすよっ」


 不満を訴えた風見さんを茶化すように太田さんが絡んできて、風見さんの表情がよりむくれ顔に変化したのだが——


「関わり出した経緯は置いといても、莉々亜とゼロやんの接点って直接的じゃないもんね」

「そうなんだよねー。倫の彼女のだいと同じ高校ですー、も倫との繋がりだとワンクッションあるわけだし?」

 

 優しい顔をして結局追い打ちにしかなってないだいの言葉と、畳み掛けるように笑いながら話す太田さんの前に、風見さんがちーんと沈没する。

 ある種振り切って天上天下唯我独尊に振る舞う彼女の普段を思えば、なんというか、これはこれでちょっと珍しい光景で面白い。


「でもりんりんすごいね。みんなとそんな関わりあって……ちょっと引いた」

「あっ、よかったですー。そう思ったの私だけじゃなくてー」

「そうなー……なんかここまで聞いてると、ゼロやんに近づくと人口極小世界に転移させられてんのかって錯覚しそうだな」

「え」


 なんて高みの見物的なことを思ってた俺に、亜衣菜、うみさん、レッピーと三人から引き気味の顔を見せられて、俺は思わず狼狽えた。

 でも——


「しかしこの次の自己紹介とかハードルたけえなおい。ネタはねーから、勘弁してくれよ?」


 持つべきものは長きに渡る友達フレンドか。

 俺の姿に気づいたからか、それ以上深掘りすることなく可愛い声を発してレッピーが流れを引き継いでってくれて、俺は小さく安堵した。

 これで俺最大の出番は終わりだろう。

 もちろんレッピーは俺とレッピーしか知らない爆弾を抱えてるわけだけど、今この場においてコロニー落とし爆弾発言をするほどレッピーも非常識ではないだろう。だって落とそうもんなら今この場に核の冬修羅場の極みが訪れるわけですし。平日夜に落とされる爆弾の規模として、それは全く割に合わないレベルだろう。

 そう信じて俺はレッピーの方を見て「次よろ」って視線を送ってバトンを渡す。


「じゃあ手短に言わせてもらうわ」


 そして俺と軽く目を合わせてから小さく笑ったレッピーが、やれやれと言った感じに話し出すのだった。

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