第624話 知ってる相手の自己紹介は何故かちょっと緊張する

「紙コップしかなくてごめんね。あ、佐竹先生カステラありがとうございます。せっかくなのでみんなで頂きますね」

「いえいえそんなっ。いつでも買ってきますからっ」

「あはは、お買い上げありがとうございまーす。里見先生もお茶ありがとですー」


 22時8分、何かを口にするのは少し抵抗がありそうな時間の中、見目麗しい方々の集まった室内に戻った俺たちはみんなにお茶とカステラを振る舞った。

 その中でだいがカステラをくれた佐竹先生にお礼を言うと、ピシッとした姿勢になって恐縮の意を示した佐竹先生が何故か無駄にかしこまり、そんな彼女へベッドに座るうみさんが変わらぬニコニコ顔を見せていた。

 そうか、ここにカステラを売った人と買った人両方いるわけか。……これも相当な確率だよな、なんてことを思っていると——


「菜月ちゃんもりんりんも色々ありがとっ。じゃあまずは自己紹介だよねっ、トップバッターはあたしでいいかな?」


 俺たちがお茶を準備している間はどうだったのか知らないが、少なくとも俺とだいが中座する前は話題の中心だった亜衣菜が口を開き、改めてって感じにこの空間を仕切り出す。

 そしてキラキラした表情で「あたしでいいかな?」と言いつつ、念の為みたいな感じで俺の方を見てきたこいつへ何も考えずに頷いてやると——


「家主様の同意があったのでスタートさせてもらうねっ」


 と、俺の反応を確認した亜衣菜が「では改めて」と話し出す。なんとなく、声のトーンが少し上がったような、そんな気もした。

 しかしほんと、少し前のスーパーネガティブモードは抜け出したみたいだな。よかったよかった。


「えっと、改めましてはじめましてっ。あたしは武田亜衣菜って言いますっ。さっきのみんなの反応的にもう分かってくれてるとは思うけど、『月間MMO』でコラム担当してるコスプレイヤー〈Cecil〉の中の人ですっ」


 そして亜衣菜の自己紹介が始まったが、よく考えりゃこいつから始まるとか、初手から最強スキルかますような、第一話がクライマックスみたいなもんじゃんな。みんなが一番色々聞きたいことあるのが亜衣菜だろうし、これこの後の人みんな消化試合になりかねんのでは?

 ピシッと目元に右手でピースを決めながら元気よく話す亜衣菜の姿に、俺はそんなことを思っていたのだが——


「所属ギルドは【Vinchitore】で、遠隔アタッカー部門の幹部やってますっ。そして今度のPvPはりんりんと菜月ちゃんの3人で組んで大会を席巻しようと画策中ですっ」


 この発言に、みんなの表情と空気が変化した——気がした。


「よろしくねっ」


 でもその空気を気にする様子なく、亜衣菜がきゅぴっ、て感じに目を細めた笑顔を見せながら自己紹介を締めると、またみんなの空気が戻った——気がした。

 1回目の変化はゲーマーの矜持を刺激されたが故のもので、2回目は亜衣菜の可愛さに絆された、そんな感じの変化だったと思う。

 しかしほんと、その喜怒哀楽ハッキリした表情の変化でガンガン周りを魅了出来るのはさすがの一言だよな、こいつ。

 そんなことをこの天然の人たらしに対して思っていると。


「じゃあお互いの名前も分かんないとおしゃべりもしづらいしさ、質問タイムは最後に回して、どんどんみんな自己紹介してこっかっ。それじゃお次は菜月ちゃんで、あたしから反時計回りでいっちゃおーっ」

「あ、私? うん。分かった」


 唐突に2番手に指名されただいは一瞬驚いた感じを見せたが、すぐにいつも亜衣菜に見せる微笑みに戻って頷いた。

 とりあえず2番目がだいとすると、次は佐竹先生で、その次が太田さん、次いで俺、レッピー、うみさん、最後が風見さん、か。

 ……いや、でもこれ俺も自己紹介すんの? さっきの空気的に俺は全員と知り合いなの分かってるよな……? って、そんなこと言ったらだいもみんなと知り合いって分かってるか。

 でもだいを指名したってことは、俺もやるのかー、とか今後の展開を考えていると——


「里見菜月です。LAのキャラクターネームは〈Daikon〉。ロバーメインで、だいってよく呼ばれてます。所属ギルドは【Teachers】なので、職業も学校の先生です。高校で数学を教えてます」


 一旦表情を普段のクールな感じに戻して普段通り淡々と話すだいは、凛としていて綺麗だった。

 そして伝える内容も、本名、キャラの名前、LAの使用武器、愛称、所属ギルド、リアルの職業、その補足、と自己紹介の見本かのように端的に情報を伝えていて、たぶん次の佐竹先生にはかなり参考になったろう。


「それと——」


 でもどうやらまだ何か話すようで、どんな仕事をしているかを伝えた後、何か付け足すべく一言告げてから、先ほど亜衣菜に見せた時よりもよりハッキリと天使のようにニコッと微笑んで——


「ゼロやんの彼女です。よろしくお願いします」


 そう言って着座のままぺこっと頭を下げていた。

 それはとても可憐な笑顔だったはずなのに、今の一言で暖まりだした室温が何度か下がったような、そんな錯覚も覚える。

 そんなだいの言動に、何人かがその表情や雰囲気に隠し切れない反応を見せていたが、誰も何かを口にしたりは、しなかった。

 もちろんこの場にいる全員が俺とだいの関係を知ってるし、そもそも俺がだいといるところを目にしたことがあるわけだから、当たり前ったら当たり前の情報だったわけだが……なんて言うか今のだいの発言と微笑みは、明らかに先手を打って仕掛けてやった、って感じよな。

 俺が言うのもなんだけど、これはきっと水面下の心理戦も展開されているような、そんな感じが否めない。

 ……うん、ちょっと怖い。

 だってこういう時の余波ってだいへの攻撃じゃなく、俺に向けられることが多いから。

 いや、もちろん俺も自己紹介で「だいと付き合ってる」って言うけれど、正直だいが言った後に言ったところで二番煎じ感出て人には響かないんだよなぁ……。

 あ、ちなみに今のだいの発言に佐竹先生とうみさんが小さく「数学だったんだ」って呟いてたけど、うみさんはいいとして佐竹先生も知らなかったんかい、と俺は心の中でツッコんだり。


「じゃあ次は佐竹先生ね」

「はい。分かりました」


 そしてなんとも言えない空気を残したまま、優しくだいがバトンを渡すと、生真面目な雰囲気で佐竹先生が頷いた。

 そして一度目を閉じ下を向き、2,3秒してから顔を上げ、部屋の中の全員の顔を見た後——


「佐竹弥生、LAのキャラクターは〈Cider〉です。本職はアーチャーのつもりですが、ギルドではパラディンを引き受けてます。私も北条先生や里見先生と同じく教員です。担当教科は英語になります。よろしくお願いします」


 話す前の動きは、自分の中の切り替え方法だったのだろう。

 まるでクラス替え直後の新学期のホームルームでの委員長キャラの自己紹介よろしく、真面目にきっかりした感じで佐竹先生が話し終えると——


「ちょっとさっちゃん! ちゃんとギルド名も言ってよっ」


 と、俺の右手側から声がして、佐竹先生がその声に「ああ」と気のない反応をしてから。


「所属ギルドは【The】です。失礼致しました」


 と、丁寧に一礼して伝えたところ——


「え」


 と、明らかに何か思うところありって感じに、ここまで終始にこにこ顔を崩さなかった亜衣菜が声を出して反応した。

 そしてその反応に一瞬風見さんが何とも言えない表情になったが——


「じゃ、【The】繋がりで次いっていいかな?」

「え、あっ、うん。どんどんいっちゃおうっ」


 室内の空気感に何かを感じたのか、太田さんが「次いいかな?」と割り込んで、その発言にハッとした亜衣菜が表情を戻して頷いた。

 質問は最後、ってことなんだろう。

 ちなみにこのやりとりの間、少し不穏な気配を出していた風見さんもリアクションは一切なし。ここでは大人の反応を見せて何か口にすることはないようだった。

 まぁ俺は真実を聞いたが、亜衣菜はまだ【The】がRMTを行ってるギルドって勘違いしてるわけだもんな。亜衣菜が後で聞いたりしなかったら、これは後でどっかのタイミングで解いとこう。


「じゃあ、ネクストバッター太田夏波、いきまーすっ」


 そんな様々な感情渦巻く室内に、パッと響き渡った明るい声。その声にみんなが視線を移せば、そこには白い歯を見せてニッと笑うギャルっぽい美人の姿。

 なんとなく、その姿に俺は昔の誰とでも仲良くしていた彼女を彷彿とさせたりさせなかったり。

 そんなみんなの視線を集める綺麗系大人ギャルの太田さんが話し出す直前——


「……へ?」


 俺に向かって一直線、何故か彼女からのウインクが飛んでくるのだった。

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