第623話 ヒヤリハット

「りんりん遅かったけど、どしたの?」

「え? あ、いや、何でもないよ……ってかうちにこの人数は多過ぎだろ」


 みんなから遅れること5,6分、俺が我が家に入ったのはもうすぐ22時になろうかというところだった。

 そんな最終入室者となった俺に、我が家の上座ともいえる位置にぺたんと女の子座りしていた亜衣菜が俺の到着の遅さについて聞いてきたが、色々収めるために身体を冷やしてた、なんて絶対言えるわけがないので、俺は適当に誤魔化してから華やかな光景になっている室内を眺め回し、話題を変えようと試みた。

 実際俺含めて8人は多いだろは本音だしな!

 

「ベッド座らせてもらってまーすっ」

「おなじくですー」

「以下同文」


 そんな俺の人数についての発言や、見回した視線に最初に反応してくれたのは、部屋の入り口から見て右手側にあるベッドの上にいた面々だった。そこには部屋の奥側から順に風見さん、うみさん、レッピーが座っている。

 しかしレッピーめ、何事もなかったかのようにしれっとしてやがるとは……いや、でも今座ってるベッドで、今こうなってなかったら……あああ! いかんいかん! これを考えるのはやめろ! 視点切り替え視点切り替え!


「椅子借りてるからね、よろー」


 レッピーの姿に脳内に変な考えが浮かびかけた俺は邪な考えを封印し、ベッド側とは反対の、入り口から見て左手側にあるPCデスクの方に視線を移す。そこには俺愛用の椅子に太田さんが背もたれに寄りかかるように腕を置く形で逆向きに座っていて、昔を思い出させる笑顔を見せてひらひらと手のひらを振ってきていた。


「人いっぱいだけど、友達は多い方が楽しいじゃん? それに今日は泊まるわけじゃないんだから大丈夫だよっ」

「今お湯沸かしてるから、沸いたらお茶いれるの手伝ってね」

「あ、私もお手伝いします」


 そして正面の冬用カーペットの上に置いてあるリビングテーブルの上座に亜衣菜、その右隣にだい、その隣に佐竹先生が座っていた。

 いや、正確には佐竹先生は完全にテーブルの前には座ってないから、彼女はただカーペットの上に座ってるだけだった。たぶんだいの隣にいたいだけなんだろうけど……なんていうか、この人ちょっと色々ヤバいな……!


 なんてことを思ったりもするけれど——


「とりあえず色々あるんすけど、まず一ついっすか!」


 俺が全員の位置確認なんかを終え、とりあえず我が家の下座に当たる亜衣菜の正面向かいに座った時、右手側から元気な声がやってきた。

 その話し方から顔を見なくても風見さんだと分かったが、今みたいな言い方をしてくると思わず見てしまうのが人の常。

 そんな感じでみんなの視線を集めた風見さんは、何故か無駄に挙手をしながら——


「セシルはなんでお兄様のことりんりんって呼んでるんすか!?」


 と、真顔のまま高らかな声で聞いてきた。


「それを言ったら……えっと、あなたもなんでお兄様って呼んでるの? だよー」


 だが、その問いかけに感じのいい笑顔を見せながら、名前が分からなくてちょっと戸惑ったものの、ものの見事な正論を返したのは尋ねられた当の本人たる亜衣菜だった。

 いや、でも君もこの前俺のこと師匠とか呼んでた時もあったのに、いつの間にかりんりんに戻ってるよね、ってことはとりあえず今は伏せておこう。

 とりあえず、そんな切り返しを受けた風見さんは、まさかの「たしかに!」みたいな顔を見せ、なんかちょっとアホの子みたいな感じになってたんだけど——


「たぶんみんな聞きたいこと、話したいことそれぞれあると思うし、お茶の用意終わったら一人ずつ自己紹介にしよっか」

「あ、菜月ちゃんそれ名案っ! ナイスだよっ」


 二人の会話に割って入るようにだいがたしかに必要だよねってことを提案してくれた。

 そして亜衣菜の反応を見てから立ち上がり、俺に着いてこいと目で合図しつつ、佐竹先生に「お客様なんだから座っててください」と伝えてだいに続けて立ちあがろうとした彼女を制止し、みんながいる部屋を出てキッチンの方へ移動する。

 そしてそれに俺も続くと——


「8個もマグカップないけど、紙コップって前買ったのあったよね?」

「え、あ、ああ。上の棚にあったはず……あったあった。はい」

「ありがと」


 着いてこい的な感じを出してたと思ったのだが、みんながいる部屋側の扉を閉め肌寒いキッチンで俺と二人になっただいは、別段変わった様子を見せなかった。

 その姿に俺は少しきょとんとしてしまったが、そういやこいつ元々の属性はツンデレだもんな。二人きりじゃない時はクールぶってるってことだよね。

 でもその姿に、俺は無性に安堵する。

 やはりこの家にだいといるのは安心する。

 危うく色々起こりかけたけど、俺はなんと愚かだったのだろう、そんな考えも湧いてくる。

 ……いや、さっきのレッピーの様子を見ると全くもって一件落着はしてないわけだけど、それでも一晩とかもう少し時間を置いたらレッピーもきっと冷静になるかもしれない。

 アウトな感じの穴埋めは出来ないけど、また一緒にラーメンでも食いに行って「あの時はどうかしてたよな」なんて話をしてみよう。

 こんな感じで、だいの姿を見て落ち着いた俺の脳に、かなり平和的な考えが浮かび出す。


「でもまさか亜衣菜に話聞くって言ってた昨日の今日で、直接連れてくるとは思わなかったよ。亜衣菜の反応的にはどうだったんだ?」


 そしてお茶をいれるだいの手伝いをしながら、俺はだいが亜衣菜を連れてきたことについて聞いてみたのだが。


「ケータイ見てないの?」


 今度はだいのきょとん顔を返されて、俺は「え?」となりながらポケットにいれてたスマホを見てみたのだが——


里見菜月>北条倫『亜衣菜さん何とも言えない感じだから、直接一緒に話したいって。だからこれから亜衣菜さんと合流して、ゼロやんのお家向かうね』20:57


 と、たしかに連絡がきていたではありませんか。

 この時間の俺は……たぶんレッピーの家の前にいた頃か? そういやラーメン屋出てから全くスマホ見てなかったけど……あ。


 そこであることに気づき、すーっと俺の顔から血の気が引く。


 だってこれって、アレだよね。

 もし佐竹先生がうちの前にいなかったら——

 風見さんも太田さんも、うみさんも、みんなみんないなかったら——

 俺が連絡に気づかないまレッピーと二人で我が家に入ってたら——

 そこにはもう、この世の終わりレベルたる超絶怒涛な修羅場が待っていたのでは……?

 

 そう、だいの言葉を受けてスマホを見たのは何気なくって感じだったけど、その内容を知ったことで俺は紙一重でもうPvPどころじゃなく、GtHGo to HELLになっていた可能性に気がついて、全身が脱力するような震えを感じたわけである。


 というかそうだよ! 何故さっき気づかなかった? どうして思い至らなかった? 

 佐竹先生も風見さんも太田さんもうみさんも、一人じゃうちには入れないけど、だいは違う。だってだいは我が家の鍵を持ってるじゃん。

 そのだいがうちに向かってた。

 色んな人たちが集まってきたからその流れで現れたんだろうな、とか思っちゃってたけど、これはリアルガチに九死に一生を得たんじゃないか!!


「? どうかした?」

「え? あ、いや、何でもない、大丈夫っ」


 そんな俺の様子のおかしさに気づいたのか、お茶をいれる手を止めただいが不思議そうに俺の顔を見てきたが、「どうかした?」なんて問に考えてたことを伝えられるわけもなく、どうかしてたのは自分だろと思いながら俺は裏返った声で答えたのだが——


「別にレッピーさんに送ってもらったことに何か思ったりしてないわよ。バイク乗ったことないから一緒に乗るの楽しそうだなとは思ったけど」

「……へ?」


 俺のリアクションをどう思ったのか、だいはちょっとだけ拗ねた感じの幼く見える可愛さを見せてきた。

 でもきっとこいつの中では話が繋がっているのだろうが、俺の中では何を言われてるのか全く意味が繋がらない。そのせいで俺は完全に間の抜けた声を出してしまった。


「でも今の季節なら一緒に乗るなら車かな。宇都宮の時も楽しかったし。あ、そうだ。冬休み入ったらまた車借りてドライブ連れてってよ」

「え?」

「だってあの時はほとんど助手席に座れなかったんだもん。座った時も楽しいお話出来なかったし」

「あ、ああ! ああ! うん、そうだな。期末乗り切ったら冬休みだし、PvPの大会の合間に旅行とか行きたいよな! 箱根とか草津とか、温泉旅館とか泊まるのも良さそうじゃね?」

「え、旅行っ!? いいねっ、行きたい! 温泉もいいねっ、約束だよ?」

「おうよ!」


 しかし冷静にだいの言葉を分析すれば、これは色んなことを有耶無耶にするための絶対的な好機なわけで、このチャンスを見逃していいわけがない。

 なので俺は思考速度を限界まで高めてだいの言葉からだいの考えていることを推察、理解してこれでどやっ、と対応してみせたわけだが、俺の提案は想像以上にスマッシュヒットしたようで、だいのご満悦な表情を引き出せた。

 そんなだいの楽しそうな表示やだいとの温泉ってのを考えたことで、俺の表情もきっと平常時に戻ったのではなかろうか。


「テスト監督中に色々調べとくな」

「こら。それは仕事に集中しなさい」

「ははっ」


 そしてこんな軽口を言えるまでに、俺のステータスが回復する。すごいぞだいの笑顔。これは効果的にはラストエリ◯サーレベルだぞ。

 あ、もちろん仕事はちゃんとやるよ? だって仕事だからね。でも旅行か……よく考えたら折角付き合った後に夏休みを迎えてたのに、二人ではどこにも旅行してないんだよな。この冬はそれくらいはやり遂げたい。旅館でのだいの館内着姿とか鬼可愛だろうし!


「じゃ長丁場になる気がしなくもないけど、お友達とのおしゃべり頑張りますか」

「うん、でも本題もあるからテキパキ進めてこうね。ツッコミ控えめね」

「それは、俺が意識すればいいことか……?」

「分かった?」

「ぜ、善処します」


 そして何ともラブラブな感じの会話を交わしながらお茶の用意を終えた俺たちは、ちゃっかり佐竹先生からもらったカステラをつけ合わせて全員分のおもてなしセットを持って、いざ再びみんなのところ戦場へと戻るのだった。

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