第622話 主導権を握るのは
前回のあらすじ。
1対7の絶対絶命。四面楚歌どころか七面楚歌。いや、全員が敵なのかは知らんけど。
……あ、いかん現実逃避をしてしまった。
えっと、あれだ。
要約すると
こういうことだ。
しかも俺含めてここにいる8人全員が
そんなあり得ないofあり得ない状況なわけだが、この空気の中、俺がレッピーとご飯に行ってただけだと思っていたはずのだいが、優しく微笑みながらこの不思議な状況を説明しろと言ってくる。
いや、俺からしてもそうなんだけどね! スマホ落としただけならぬ、レッピーとご飯に行っただけなのに。
そんな理不尽を感じつつ、説明しろって言われても難しいんだと俺がだいに困ってるような視線を送ると——
「寒いんだから早く話しなさいよ」
助けてよ、とだいに視線を返したはずなのに、それは一切合切伝わらず。むしろ早くしろって微笑みを解いて促され、俺はガクッと肩を落とす。
そしてもうどうにでもなれと口を開き——
「レッピーと飯食って送ってもらって帰ってきたら佐竹先生がいて、話してるうちに風見さんと太田さんが現れて、また話してたらうみさんが来て、そのすぐ後にだいと亜衣菜が現れた。俺に言えるのはこれだけだっ」
と、バイクに座ったままの体勢でだいに向かってやけくそな感じで一気にこの状況に至った経緯を伝えたのだが……む?
なんだか気付けば、集まってるメンバーの様子がおかしかった。
そう、俺が話してたはずなのに、みんな全然俺の話を聞いてなさそう。というかたぶん、聞いてたのはおそらく最後に現れた二人だけ。ちなみに俺の話を聞いてる途中でだいがチラッと俺のことを送ってくれたレッピーの方に視線を向けていたが、他のメンバーは俺とご飯に行って送迎までしてくれたというレッピーのことはガンスルー。もちろん初対面メンバーが多いからこそ、誰がレッピーなのか分からない人が多いからなのかもしれないし、俺とそんな関係のレッピーをみんな気にしないのかな、ってのが俺の自意識過剰かもしれんねど。
では何がおかしいのか?
一つは話し声や茶化すような声が夜の静寂の中に吸い込まれたかの如く消えたこと。そしてもう一つは、多くのメンバーの視線が明らかに一箇所に集まっていることだった。
さっきまではみんなガヤついてたのに、どうしたんだ? そう思ってみんなの視線を追うと——
「え、あれ、あの? 皆さんどうかしました……?」
たどり着いた視線の先にいたそいつが、その実年齢よりずっと幼く見える可愛い顔に緊張の色を浮かべ、おずおずと口を開く。
だがそいつに視線が集まる状況は、たしかに冷静に考えれば予測できたことだった。
そんなそいつの困り顔に——
「えっ、セシルっすよね!?」
「だよねだよね!? セシルだよね!?」
「写真も可愛いのに本物は写真よりもっともっと可愛いですねっ」
「里見先生今日も素敵……」
「マジで可愛いなおい」
一人なんか違うのがいた気がするのは置いといて、尋ねられたと自覚したからか、だい以外が一気呵成に話し出す。
そうだった。すっかり俺の中ではもう特別感のない、単なるリアフレ枠化していたが、こいつと会ったことがないLAプレーヤーからしたら、こいつはやっぱり有名で特別な存在なんだった。
いや、でも風見さんは【Vinchitore】を敵視してたんじゃなかったのか?
なんてちょっと思ったけど——
「あっ、皆さん私のこと知ってくれてるんですねっ。ありがとうございまーす。初めましてっ、セシルですっ」
みんなが自分を認知していることに気づいたからか、急に弾けた笑顔を浮かべ、みんなの視線を集める
でもそれはいつものコスプレしてるセシルじゃなくて、LA内の〈Cecil〉よりもずっと髪が短くなった
「うわっ、めっちゃ可愛い! え、てかなんでここに!? なんで菜月と一緒に!?」
「リアル天使ってこういうことなんだろね、うん」
「はわぁ、可愛いですー。それにファンサも素敵なんてこれは好きになっちゃいますねー」
「セシルさんは里見先生とはどういうご関係で……」
「なるほど。こりゃ落ちるわな」
その手慣れたパフォーマンスに、またしてもみんな——一人違うけど——が感嘆の声を出す。
俺からすると亜衣菜の挨拶はわざとらしいというか、狙いすぎだろって感じが否めなかったのだが、それでも客観的に見れば非常に可愛い姿だったろう。
亜衣菜最大の魅力はその大きくて好奇心旺盛そうな猫目を中心とする守ってあげたくなる幼さの残る整った顔立ちと、だいにも勝る大きなバストを際立たせるさすがプロって感じの抜群のプロポーションなわけだが、初対面勢はその亜衣菜パワーの前にみんな圧倒されてるようだった。
でも髪をバッサリ切ってからのセシルはまだ『月間MMO』に掲載されてないんだけど、それにみんな反応してないから、やっぱりこいつの特徴は目、って印象なんだろな。
みんなの様子から俺はそんな分析をしてみたり。
とはいえだいは当たり前としても、正直ここに集まってるみんながみんな美人だと俺は思うんだよな。
クール系だが実はものすごい甘えたがりという愛しのだいは当然として、今言った可愛い猫目が特徴の亜衣菜もそうだし、中身は別として一見素直そうなくりっとした瞳を宿す童顔のレッピーも可愛い系美人だし、活発そうな顔立ちと表情豊かに笑った時に現れる八重歯が印象的な風見さんも、元ギャルが大人になったような綺麗系の太田さんも、さらさらの金髪ボブで正直亜衣菜と同格に感じる、一見スーパー清楚系な顔立ちをした超絶アイドルフェイスのうみさんも、この中だと地味な方になってしまうが、それでも一見真面目そうな委員長系美人の佐竹先生も、みんな整った顔立ちをしているのだから。
……いや一見ってやつ多いなこれ。でも中身を考えたら……って人も多いしな……。
と、もう誰も俺に注目しない状況を感じながら、俺がこんなことを考えていると——
「菜月ちゃん、ここにいるみんな友達?」
「え? あ、うん。だいたいみんな友達だよ」
自分のことを知ってる人が多いからか、可愛いと面と向かって褒められて嬉しいからか、紙面上でよく見るようなニコニコ笑顔のまま、パッとだいの方を向いた亜衣菜が質問し、それにだいが優しく答えた。
ちなみにだいたいって言った時、だいの視線は一瞬うみさんに向いてたから、たぶんだいの中で「あなたは友達認定していない」って主張だったんだろう。
とはいえ今ここで一人だけ違うなんて言いづらいから、だいが大人の対応を見せたわけだ。
まぁうみさんはな……
本人はそんなだいの視線なんかなんのそのって感じで変わらず穏やかな顔してるけど。
でも、うみさん以外は友達か。風見さんとも色々あったけど、すっかり雪解けたようで何よりだ。
「じゃあ、私たちの本題もあるけど、せっかくお友達で集まったならみんなでりんりんのお家上がってお話しない? 時間も遅いからちょっとしか話せないかもだけどさ、もうお外で立ち話するような季節じゃないしさ」
そしてだいとみんなが友達と聞いた亜衣菜さんが、ここでまさかのご提案。
いや、それ普通家主たる俺に聞くやつじゃないの? なんてことを思ったけど——
「そうだね。ここで立ち話して亜衣菜さんが風邪引いたら大変だし、大したおもてなし出来ないけどそうしましょうか」
「そこまで過保護じゃなくて大丈夫だよぅっ」
と、可愛いらしい亜衣菜の反論を挟みながら、俺は口を挟む間もなくだいによる決定が下されて——
「でも決まりだねっ。じゃあ皆さん、せっかくだから少しお話していきませんかっ」
と、ここで亜衣菜が仕切り出す。
密かに「りんりん」って伝わらないんじゃねーか、とかも思ったが、この急な提案にも関わらず——
「するっす! カナさんも行きましょーよっ」
「ん、そだね。こんな機会2度とないかもしんないし、ここは断る選択肢はないかな」
「私も是非お話したいですー」
「里見先生と北条先生がいらっしゃるなら当然参加させていただきます」
「アタシもその本題っての気になるしなー、ちょっとあったまらせてもらうぜ」
と、俺んちで話そうってことだと認識したのだろう、あっという間に全員が全員即決し——
「じゃあ行きましょーっ」
と、ニコニコ笑顔で手を上げた亜衣菜とそれを見守るだいを先頭に、元々階段側にいた風見さんと太田さん、佐竹先生、うみさんと続いて我が家へ至る階段を登っていく。
その様子を、俺は完全に呆気に取られて見ていたわけだが——
「すげぇなセシル。世界の中心だな。たしかにそれだけ可愛いってのは思うけど」
みんなが階段を登る中、呆然とした俺を待っててくれたのか、一人残ったレッピーが軽く苦笑いを浮かべて話しかけてきてくれた。
「え? あ、ああ。そうだな。浮き沈みはあるけど、まぁたしかに昔から天上天下唯我独尊ってとこはあったかな」
「お、元カレ風吹かせてんなー」
「いや、なんだよその風」
そしてそんな会話をしながら、俺が行かなきゃレッピーも行かなそうだなと思った俺は、ようやくレッピーのバイクから降りて久々に地に足を付けた。
「でも送ってくれてありがとな。バイクの後ろ初めて乗ったけど、バイク乗るの好きってのはちょっと分かった気がするよ」
そしてあえて今の状況に至る直前の色んなことに蓋をして、俺は全てなかったことにしようと改まった感謝を告げてから。
「でもやっぱ冬のバイクって寒いんだな。家の中もまだあったまってないだろうけど、外よりはマシだろうし、レッピーもうち行こうぜ」
と、なるべく爽やかな感じを意識してそう伝え、レッピーに階段を上がるよう促して俺も歩き出したのだが——
「おい」
移動しようとした俺の手首が掴まれる。それと同時に聞こえた声は、発した人物の声質を考えるとかなり低めで、ちょっと振り返るの躊躇った俺が勇気を出してギギギと音が鳴りそうなくらいぎこちなく振り返ると——
「んっ——!?」
振り返った先の表情を確認しようと思った瞬間、ぐいっと目の前一杯に可愛い顔が迫っていて——俺がそれに気づいた直後、唇に走った柔らかなものが押し付けられる感覚。
それに驚いた刹那——
「った——!?」
唇に走った鋭い痛み。
何をされたのか、それを考える間も無く俺はその痛みに後退しようとしたが、ほぼゼロ距離だった顔同士は離れても、掴んだ手は離してくれず。
今俺は何をされたのか?
最初はまさかの今日2回目の口付けだった。時間にしては2,3秒くらい。そしてその直後にされたのは、まさかまさかの唇への噛みつき。
なんでこんなことを?
そう思って俺は自分の唇に空いた手で触れながら、戸惑いの表情で割と強めに俺の上唇を噛んできた凶暴な女を見るけれど——
「お前この埋め合わせ忘れんなよ?」
「え?」
怒ってるような、悲しんでるような、恥ずかしがってるような、そのどれでもあってどれでもないような表情を浮かべたレッピーが、俺の目を真っ直ぐ見返しながらそう言ってきて、俺は思わず問い返したのだが——
「期待させといて落とすのは鬼畜だぞ? だから絶対だからな?」
「え? は——?」
「分かったな!?」
続け様に約束を強要するようなことを言ってから、段々とその瞳を熱っぽくさせていき、最後の言葉を吐き捨てるように告げた後、瞳を閉じてもう一度俺に軽いキスをしてからバッと俺の手を振り払い、振り返ることなくレッピーが足早に一人階段を上がっていく。
そんな彼女の背中を俺は回らない頭で呆然と眺めていたのだが……。
「え? 埋め合わせ……!?」
何で? ナニで? いや、え!?
今最後に見せたレッピーの表情は——
いや、まさか……?
告げられた言葉にあれこれ考え出すと、せっかく静まったはずのアレがまた元気を取り戻しだしてしまい、俺は家主ながら家に入らず、しばしの間、一人夜風で火照った感覚を冷ますのだった。
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