第618話 言われて分からないこともある


「で、セシルから返事あったんか?」


 10分少々でラーメンを食べ終え、今は待ってる人もいないからと俺とレッピーはそのまま椅子に座ったまま話し出す。レッピーの満足そうな表情のみが食事の余韻といったところか。

 ちなみに食事中の会話はゼロ。いや、正確には「替え玉頼むから金出せ」と、近くのお客さんが聞いてたら恐喝みたいなことを言われて俺がそれに「はいはい」って答える会話はあったけど、どうやらレッピーはラーメンを食う時は集中して食べたい派らしい。

 だいは一緒に食べてる時「美味しい」とか「どうやって作ってるんだろう」とか「出汁の取り方はどうしてるんだろう」とか、色々楽しそうに話しながら食べるんだけど、ここは個人の価値観だな。

 ちなみに俺は相手に合わせる。

 とはいえ、自分から積極的には話はしないから、どちらかと言えばレッピーと同じタイプだろう。あ、でもあれだぞ? これが居酒屋とかなら別だからな? だってラーメンは喋ってる間に伸びちゃうじゃん?

 だからサッと食べるのが美味いラーメンへの礼儀だと思うんだよね。

 っと、いかんいかん。今話しかけられてたんだった。


「だいから連絡ないから、まだ話出来てないんじゃないかな。だいが自分で聞くって言ってたからさ、俺からは何も聞いてないよ」

「ほー。すげぇな、彼氏の元カノとマジ友達か」

「だからそうだって言ってんだろ」


 そして俺が質問に答えるや、返ってきたのはわざとらしい演技。

 昨日その話はしたというのに、この反応は単なる冷やかしってとこだろう。


「ぶっちゃけだいとセシルってどっちが可愛いん?」


 だが、わざとらしい演技を消し去ったレッピーが次に尋ねてきたのは、何とも答えづらい問いだった。

 というか、これは、だな——


「いやどっちがって、お前二人の顔知ってんだろ」

「ちっ、バレたか」


 そう、LAの古参プレーヤーたるレッピーが〈Cecil〉の中の人を、亜衣菜の顔を知らないわけがないのだよ。そりゃもちろんすっぴんとかってなったらレッピーも知らない話になるけれど、そうだとしてもだいと亜衣菜のどちらが可愛いかなんて、甲乙つけ難し、見た人の主観次第といったとこだろう。

 ただまぁ、少なくとも今の俺はその問いには「だい」と答えるし、学生時代なら「セシル」と答えていただろう、俺の答えはこんなもんだ。


「しかしなんか不思議な感じだよな。みんな知ってる有名人と今隣にいる一般人が知り合いで、なんなら昔付き合ってたとか」

「有名人である前にセシルも普通の人間だからな。生まれた時から有名だったわけでもないんだし」

「それはそうか」

「そうそう。でもそうだな、有名人と一般人の違いがあるとしたら、人からの見られ方に違いはあるかもな」

「見られ方?」

「うん。亜衣菜の写真の撮られ方とか、人を惹きつける挙措動作とか、そこら辺はプロって感じがする。だいに同じことしろって言っても無理だろうし」

「ふーん……。しかしあれだな、お前油断すると元カノのこと下の名前で呼ぶんだな。かといって今カノはあだ名呼びだし、変なの」

「え?」

「いや、これはアタシの感覚なだけだけどさ? 下の名前呼び捨てって、距離の近さ感じね? あるいはセクハラ」

「おいっ」

「はははっ! でも距離の近さはあるだろ? まぁお前らってかだいがなかなか変わってるからなー。基準じゃ普通とは違うんだろうけど」

「それはまぁ……色々否定出来ないけど」


 そしてそのまま亜衣菜の話題で言葉を交わしたわけだが、たしかにレッピーの言う通り俺たちの関係は特殊、だとは俺も思う。

 でもなんというか、だいと亜衣菜の間には戦いの末和解した的な、壁を乗り換えた友情が芽生えているのだから、特殊であってもそこに問題なんかはもちろんない。


「ま、あれだ。もし一緒に組むことなったら、会う機会もあるかもしんないし、会えば俺らの関係も何となく分かると思うよ」


 ってことで、俺は深い意味を持たせず百聞は一見にしかずだぞってことを伝えたわけだが。


「あー……たしかにあれか。同じ空間でインしてたらボイチャより早くやりとりできるか」

「そこですぐPvPと絡めて考えるお前流石だよ」


 さっきまで軽く冗談混じりの話だったはずなのに、LAと関連付けたらこれなわけだもんな。

 そりゃ俺と気が合うわけだ。

 そんなレッピーに俺は完全に苦笑いを浮かべて流石って言ってやると。


「まぁ天才なんで」

「褒めたわけじゃねぇよっ」


 ここぞとばかりのドヤ顔が返ってきたから、俺はそれにフルツッコミをかましてやった。

 とはいえ……実際レッピーと組むことになったらガチでそうなるんじゃないかと俺も思う。みんなそれなりの回線を使ってはいるだろうが、そもそも回線を経由しない会話ならどのパーティよりも最速でやり取りはできるわけだし。

 これはあれだな、もしレッピーを加入させずに3人でやることになったとしてもその案はもらっとこう。


「じゃ、ラーメンはいつも通り最高だったし、ぼちぼち帰っか」


 そしてそこそこ食後の会話を重ねてるうちに他のお客さんが入店してきたからか、レッピーが帰ろうと切り出して、足元に鞄に手を伸ばす。


「だな。お前こっから家近いんだっけか?」


 その動きに俺も足元に置いてた鞄を取っていつでも帰れる用意をしながら、そういえばと何気ない問を投げかけたのだが。


「あ? なんだ急に夜の狼化してんのか?」

「ちげーよっ。人を変態みたいに言うなっ」


 不本意にも人を疑うような目線を送られて、俺は立ち上がってパシッとその頭をはたいてやった。


「だって男は狼なのよ気をつけなさいって神代の頃からの言い伝えじゃねーか」

「そこまで古いわけねーだろっ」

「はいはいそうですね」

「いやツッコミ流してんじゃねぇよっ」

「ははっ! ホントお前LAの中と変わんねーなー。その働きに免じて、家まで送ってやるよ」

「お前に免じられることなんかねぇ——って、は? 送る? いやいやいや、おかしいだろそれ。なんでこっから家近いお前が俺を送るんだよ?」

「だってその方が帰んの早いだろうし」

「いや待て。全く意味が分からんぞ?」


 そしてその後も不毛極まりない会話を続けた後、急に「送ってやる」とか1から10まで意味の分からない言葉を吐かれ、俺は心からの怪訝な顔を浮かべてしまう。

 最初のボケは置いといても、この店が最寄りのラーメン屋のレッピーが、二駅隣に住む俺を送る? しかもその方が帰るのが早い? いやいやいや、全くもって意味分からんやん。

 そんな考えを俺は露骨に顔に出したのだろう——


「あれ? 言ってなかったっけ?」


 レッピーがようやく言葉通り自分が間違ってんのか的に「あれ?」って顔を見せたけど、そもそも俺は何を言われてないかの検討すらつかないわけで、そのまま疑問を浮かべてやった。

 すると段々とレッピーのが思案する表情から何か決めたような、面白いことを考えついたような表情に変化していって——


「ま、とりあえず着いてこいや」


 その可愛いらしい目を線にして、レッピーはちょっとだけ楽しそうに笑ってこう言ったのだった。

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