第617話 たとえ外が寒くても

「いらっしゃいっ!」

「ちわっす」「こんばんはっ」


 20時11分、ホントだったらもっと早く来れたはずのラーメン屋にやってきた俺たちは、一瞬「お」っと言いそうな顔を見せた店長に元気よく迎えられ、その声に応えるように挨拶した。

 店内のテーブル席は全て埋まっていたがカウンターは席はそこそこ空いていたので、俺は勝手知ったるって感じで券売機で食券を俺のレッピーの二人分購入し、空いていたカウンターの席に並んで座って店員に食券を渡すしたのだが。


「人当たり別人かよ」

「んだよ、職業病なんだからしゃーねーだろ」


 並んで座るやすぐさまに、俺はものすごく愛想良く爽やかな笑顔で挨拶していたレッピーにこの驚きを伝えてやった。

 たしかに昨日可愛い営業スマイルに食らってしまったのは認めるが、さりとてこいつはレッピー。口が悪いのはデフォ初期設定、そんなイメージが拭えないから。

 でも——


「そういや、お前だいともラーメン屋行ったりすんの?」


 カウンターに置いてあったコップを取り、セルフサービスの水を二人分用意してくれながら、俺に話しかけてくるレッピーは俺の中でのイメージ通りのレッピーで、密かにちょっと安心したりしなかったり。

 いや、ほら。さっきのこともあるわけじゃん?

 またここでも変なおふざけをかましてくるんじゃないかと疑うじゃん?

 まぁそんなことはなかったわけだけど。

 

「たまにな。基本は俺が好きなとこ行くけど、たまにだいがお店探してくれることもあるよ」

「ほー」


 なので俺が普通に質問に答えると、レッピーも水を飲みながら至って普通な反応を見せたから、ここで俺はようやく自分の警戒を解除した。


「あいつすげーグルメでさ。俺と会う前は一人で色んな店の開拓してたみたいだけど、流石にラーメン屋にソロ突は躊躇ってたっぽい」

「ふーん。アタシ全然行くけどなー」

「そこは個人の感覚だろ。俺だって一人で映えカフェみたいなとこは入れないし」

「行けそうな顔してんのに」

「うっせ。まぁでもラーメンはそうでも、他のジャンルに関して探すセンスは一流だよ。マジでだいにオススメって紹介される店みんな美味いし」

「ほうほう。じゃあ今度デート誘って教えてもらおっと」

「うん、どんどん誘ってやってくれ。分かってると思うけど、あんまり友達いないタイプだからさ。きっと誘われたら喜ぶよ」

「友達いない、ねぇ。そんなことないんじゃね? たしかにLAの中じゃド陰キャっつーか、金魚のフンって感じだったけど、昨日会った感じかなり社交的だったじゃん?」

「まぁ、初めて会った時よりはだいぶ変わってはいるけど——」

「——しかもおっぱい魔人な上バカ可愛いし。なんだあれ。寝顔とかマジもんの天使だったじゃん。ああ、思い出しただけでもムラムラしてくるな」

「いや急に変なこと言うなっ」


 そして警戒を解いて至って普通のテンションでだいのことを話していたのに、油断大敵とはこのことか。

 演技だろうだと信じたいが、謎に指先をわきわきさせて虚空を見上げながら不穏なことを言ってきて、俺はバシッと軽く彼女の肩を叩いてやった。

 すると——


「おいおい、自分が可愛いと思ってる子叩くなよ? シゴオワ仕事終わりモードも可愛いって思ってんだろ?」

「いや、そんな何回も可愛いとか自分で言うな自分で」


 無駄に痛がる素振りを見せた後、調子に乗ったレッピーがふざけたことを言ってくるから、俺は全力の呆れ顔を浮かべてやった。

 流石にそう何度も食らったりしないっつーか、普段の〈Reppy〉モードのこいつなら別に食らったりしないから。

 あ、ちなみにシゴオワモードってのはつまりあれだ。今のレッピーのような、ピシッとしたジャケットにフォーマルスカートのビジネススタイルってことね。髪型も乱れることなく整えられ、前髪を横に流してしっかりとおでこを出し、後ろもしっかりと束ねられていて、昨日会った時のラフでスポーティな要素は一切ない。でも馬子にも衣装なんてことはなく、普通に美人OLな女性がそこにはいるわけである。

 会った時は外が暗かった上にコートとマフラーをしてたからそこまで意識がいかなかったけど、今のレッピーははっきりしたアイシャドウとかの綺麗めな化粧も合わさって、可愛い寄りの顔立ちが綺麗って印象を強く与えてきて、正直めちゃくちゃ仕事が出来る女感が満載だった。

 でも綺麗と可愛いじゃ受ける印象が変わってくるし、このラフな話し方と合わさって昨日みたいな感じを受けなかったんだと思う。


「つーか職場で着替えたりするわけじゃないんだな」

「まぁな」

「通勤の時からそんなちゃんとした格好してたら疲れそうだけど」

「今スーツにネクタイ締めてる奴に言われたくねーなそれ」

「おいおい、職場は戦場だぞ? そこにお洒落装備で行く冒険者がいるかよ?」

「なるほど。JKの巣窟は戦場か」

「語弊のある言い方すんなっ。まぁアレだ。わざわざ着替えるの怠いし、朝スーツに着替えないと仕事モードになれん」

「それを言われちゃこっちだって右に同じだよバーカ。まぁ正確には左にだけど」

「たしかに左」

「うむ。事実は正確に」


 そしてレッピーのムラムラとか可愛いだろ発言を全開でスルーして、俺は右隣に座るレッピーと何とも平和的な会話を展開する。

 実際学校の最寄り駅は大人も生徒も一緒なんだから、通勤中に生徒と会うのでね。やたらと生徒に挨拶される分地域の人たちにも職業バレするから、スーツで行くのが妥当なのだ。そう、学校に着く勤務時間前から俺の仕事は始まってるわけなのだよ。

 まぁそういう点で言ったら、レッピーの仕事もピシッとスマートな印象の方が良い仕事だろうから、仕事終わりもラフな姿を見られないようにしてるのもあるのかもな。

 そう思うと、改めて眺めたフォーマルレッピーに変な親近感も湧いてくる。

 とはいえ個人的には昨日のラフな感じの方が好きだったけど。


「それにあれだ。朝この仕事モードヘアスタイルにするとな、髪ほどくまでヘアゴム忘れようが気にせずいつでもラーメン食えんのよ」


 そんな親しみを感じながらラーメンを待っていると、ふとレッピーが後ろで結んだ髪を触り出し、今の髪型の意義を伝えてくる。


「いつでもって、そんな食ってんのか」


 だがその言葉に俺は理解を示しつつも、本当に毎日ラーメン食ってそうな雰囲気のレッピーに軽く苦笑いを浮かべると。


「まぁな」


 なぜかドヤってくる奴が現れたから。


「でもあれじゃん? たまにだいがやるけど、ラーメン食う時だけ髪結んだりするとこがギャップで良かったりもするんだぜ?」

「そんな俗物の考えなんかどうでもいい」

「急につめたっ」

 

 俺が他の可能性を取りこぼしてるかもしれないぞと自分の嗜好を述べてみたら、そこはバッサリと切り捨てられ、俺がそれにツッコむと楽しそうにレッピーは笑ってくれた。

 その笑顔に俺も合わせて笑ってしまう。

 やっぱり何というか、波長は合うんだよなこいつ。

 そんなこと思いながら何気なくカウンターの奥を確認すれば、そこでは店長が2人分の麺の湯切りを終えて器に移している姿が見えた。

 これはきっともうすぐ完成だな。


「ただ髪縛ってた方がラーメンは食いやすいんだけど、この時期は髪下ろしてる方があったかいんだよな」


 と、俺が店長の動きに意識をやっていると、レッピーは鞄から取り出したスマホに視線を移していたのだが、何となくって感じの髪型トークが続けられた。


「恐ろしいほどにラーメン基準なんだなおい」


 そしてそのラーメン大好きっ子発言に俺はまた苦笑いしながら視線を移すと、レッピーはどうやらスマホのカメラをインカメにして、自分の髪型を確認しているようだった。


「でもま、久々にバッサリ切ろうかなー、髪」

「いや脈絡どうした。長い方があったかいって今言ったじゃん?」

「気分だよ気分。それに今の髪色も飽きてきたし、久々に黒にでもしようかな」

「ほー……まぁ元が良いから、なんでも似合うだろ」


 そして何気なく髪を切って茶髪から黒髪にしようかななんて言ってくるから、俺は脳内でショートカットバージョンや黒髪バージョンのレッピーを想像し、思った感想を言ってみた。

 のだが——

 

 スマホをインカメにしたまま、レッピーの視線がこちらを向く。


「…………。お前、そういうとこだぞ?」

「へ?」

「なんでもねーよ、バーカ」

「いや、どういうことだよ?」

「教えるかアホ」


 そして何秒かレッピーは無言でこちらを見つめた後、何故か思いっきり呆れ顔を浮かべてきて、俺はそれにはてなを浮かべる。

 そういうとこ? 何がだ? どういう意味だったんだろう?

 しかしそれを考えているうちに注文したラーメンがやってきて——


「あざすっ! いただきまーす! ……うん、美味い」

「あ、いただきます」


 届けられるやすぐさまレッピーが笑顔で受け取り、颯爽と食べだしたから、俺はそれ以上何も聞けず、合わせて一緒に食べ始めるしかないのだった。

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