第611話 心配なのは
「な、なんだよ急に?」
「いいから答えろって」
「え、いやなんで——」
「いいから」
静かだが確かな声音のレッピーから放たれる圧は、強かった。
でもなぜ突然可愛いと思ってるかどうかなんて質問を? 別にそんなの、あえて聞くようなことでもないんじゃないか?
そんな思考で頭をぐるぐるさせながら、彼女の言葉の意味を考えていると、いつの間にか向けられる表情が真面目な顔つきに変わっていて、その姿に俺はこの会話の逃げ場がないことを理解する。
そして数秒の葛藤の後、俺は小さく「はい」と頷いた。
そんな俺の答えにレッピーは小さく「そうか」と囁いた後、数秒の沈黙を生み出し——
「はぁーーー」
真面目な顔つきから一変し、やたらと演技がかったため息が吐かれたわけである。
「まーアタシの笑顔が素敵過ぎんのは分かるけどさー……どっしり構えてろって言ったよな? ちょっとお前ちょろ過ぎんだろ」
そしてスプーンでチャーハンをぐさぐさしながら、疲れた顔つきでレッピーがこんなことを言ってくる。
当然意味は分からない。
「は——?」
「隙だらけだっつってんの」
「いや、どういう——」
「お前が頑丈なら問題ないのに、紙装甲なのはLAの中だけで十分だっつーの。もっとさらっと受け流せよなー。変に真面目に受け取らねーでさ」
分からないのに、さらにどんどん理解出来ない言葉が連発される。
そう、意味が分からない。
ちょろい……は、まぁ分かる。俺が可愛いと思ったことだろう。
でも頑丈ならとか、隙だらけとか、受け流せってどういうことだ?
混乱する俺をよそに、言いたいことを言ったからかレッピーはやさぐれるようにチャーハンを食べ始めていたが、正直レッピーの意図するところが見えなかった。
そんな疑問がきっと俺の顔には浮かんでいたんだと思う。チラッとレッピーが俺の方を見た直後、やれやれみたいな顔をして——
「いいか? よく聞けよ?」
チャーハンをもぐもぐするのも中断し、スプーンの先をビシッと俺に向けたレッピーから、じとっとした目線が送られる。
その姿に俺はゴクッと息を呑んで、頷いた。
「お前は顔がいい」
「へ?」
そして切り出された話に、いきなり俺は虚を突かれたが——
「いいから黙って聞け。いいか、客観的に見ればお前はイケメンの部類だ。お前がアタシを可愛いって思ったように、アタシだってそれくらいのことは思う」
「う、うん」
レッピーの圧に押され、ここは黙って聞くべきなんだと理解した。
しかしなんだこの切り出し?
どう繋がるんだ?
そう思いつつ、頭の中にはてなを浮かべたまま、俺は割と真剣な面持ちのレッピーの話に耳を傾ける。
「それに、変な奴だけど面倒見はいいし、まぁいい奴だ。社会的にも高ステータスだ。趣味は……一般人からしたら陰キャ寄りだけど、LAに呆れるくらい本気で取り組んでるのは同じプレーヤーなら分かるし、オンでもオフでもコミュ力もある。だからお前は物件として見たら優良物件なんだよ」
「は、はぁ……」
「だからこそだ。そんな奴が隙を見せてきたらどうなる? あ、この物件ワンチャンいけるかもって思われかねんだろ」
「う、うーん……」
「まずはこれを自覚しろ」
「んー……」
そして一通りの話をされてみて、正直ピンとくるところがなかった俺に、何か察したのか——
「だいのためにだぞ」
ズバッと迷いを切り裂くように、その言葉が放たれた。
「だいの?」
だいのため、それは俺が最も大切にしたい考え方だから、その内容をしっかり確認したくて俺は言葉を繰り返す。
「そう。それがお前らのためなんだって」
「いや、でもそれがレッピーを可愛いって思ったこととどう関わってんだよ?」
「全部だよ全部。どっしりしてろっつってんだろ」
でも、分からない。
そんな俺に、レッピーは何回かまた手元のスプーンでチャーハンをぐさぐさしてから、少し困惑があるような、そんな表情で俺を見た。
「ああ。なんつーかなー……まぁ流れ的にもう言うけどさー……」
「うん?」
そしてなんとも言いづらそうに、ちょくちょく俺から視線を外しながら、レッピーが口を開こうとして、閉じてとどう伝えるか考える姿を見せてくる。
こんなレッピーは、初めてだった。
そしてしばし「あー」とか「うー」とかを続けた後、覚悟が決まったのか、レッピーの瞳が俺を真っ直ぐに見据え——
「お前がちゃんとしてりゃ問題ないと思うけどさ、だいの話聞いて、正直こいつヤベーなって思ったぜ、アタシは」
「え?」
ハッキリとした口調で話し出す。
それは決して適当に言ってるような、そんな言葉ではなかった。
でも、ヤバい? だいが? どういう意味だ?
「好きあってる奴らってさ、お互い好き好きとか、愛してるとか言うじゃん?」
「え、あ、ああ。うん」
「で、当事者たちはお互いがお互いを100%大切に思ってると思うんだろうけど、人間の心なんて数値化出来るわけじゃないんだからさ、客観的にその100%が全くの同じものとは限らないと思うんだよな」
「あーっと、つまり人によって好きとか愛の強さは違う、ってことか?」
「そう。で、お前もだいのこと大事にしてるのは分かるんだけどさ、たぶんお前は100の気持ちをだいに向けてるつもりなんだろうけど、アタシにはそれが
「え——」
「だってだいはさ、たぶん120いや、下手したら200……いや、もう1000くらいの気持ちだと思うんだよな」
「は——?」
そして言葉を選びながら話してくるレッピーの発言に、俺は見事に絶句する。
好き具合の数値化、ゲーマーらしい例えだと思うし、目に見えない愛ってものを完全に同ステータスだと判断出来ない話も分かる。
でも100MAXのステータス値設定の中で、急に1000なんてイカれてる。回想ニブル◯イムでのクラ◯ドとセ◯ィロスくらいの力の差だろそれ。そしてそれが一時的な設定じゃないとしたら、インフレ過ぎてそれがゲームならそれはもうクソゲーレベルの数値だろう。
そんな気持ちで俺は「は」の音を出したのだが——
「あいつお前いなくなったら、生きてられんのかね」
「……は?」
ポツリと呟かれた言葉に、
しかしこれは、さすがにそれは、いくらなんでも言い過ぎだろう。
そう鼻で笑って言い返そうと思ったのだが——
「まぁお前がよっぽどのことすりゃ違う未来もあるかもしれんが、だいがゼロやんの話してる時の雰囲気っつーのかな、笑顔であー好きなんだなーって分かるんだけど、なんつーか……一周回って正直怖かった」
怖かった、そう伝えてきたレッピーの表情が、いつの間にか物凄く真剣で、俺は結局言葉を飲み込む。
「一言でいやぁ、愛が重いっつー話だけど……どう表現するべきか、重いんじゃなくて、もうそれしかないって感じがしたんだよな。だいを一本の木に例えたら、お前への愛が根であり幹でありって感じ? そんな感じなのに、もしお前がいなくなったら? 気を悪くさせたなら申し訳ないけどさ、それくらい危ういと思ったって話だよ、アタシが言いたいのは」
「……ふむ」
「だから隙見せんなって言ってんの」
パッと一言笑い飛ばす。
そうすることもできるけど、俺はレッピーが真剣に話をしてきた事実をまずは受け止めてみた。
そしてしばし口元に拳を当てて思案する。
その間レッピーは「言っちまったなー」みたいな、バツの悪そうな顔をしていたが、思ったことをストレートに言ってくれたのだから、それを悪いとは思わない。
じゃあ俺は今の話を聞いてどう思ったのか。
チラッとベッドで眠るだいを見る。
そこには穏やかな可愛いらしい寝顔のだいがいる。
そんな姿を見たりしながら、時間を置いてまとまってきた言葉が、沸々と胸の中に湧き上がる。
そう、俺の心の中は——
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