第610話 LIKE or LOVE or Others
ピンポーン
「飯きた!」
室内に響いた音と共に、物凄い速さでレッピーがドアの方へと向かっていき、その迅速さに呆気に取られつつ、離れた背中を眺めながら俺はホッと胸を撫で下ろす。
何故かって?
だってこの音が鳴るまで絶妙に気まずい空気が漂ってたから。だから正直助かった。
いやもちろん俺がレッピーを可愛いって思ったりとか照れたりしたのが悪いんだけど、あのレッピーのホテルマンスマイルにはそれだけの
下がった目尻、上げられた口角、傾けた顔の角度、その全てが絶妙で、きゅるん☆みたいなアイドル的笑顔ってわけじゃないのに、作られてる笑顔ってわかるのに、思わず見惚れてしまうほど自然体に感じる可愛い笑顔だったのだ。そう、あれはまさにプロの笑顔。身に染みるほど熟練された妙技。そう表現するのが適切だと思う。
とはいえ、正直可愛い笑顔なら、ゆめとかゆきむらとか、諸々含めて最近はたくさん目にすら機会はあった。そしてこんなこと言うのもなんだが、その可愛さに照れたり何だりってなったことは何度もある。でも、その笑顔のせいで気まずい空気になったことなんか一度もない。
ではなぜ今レッピーとの間には気まずさが生まれたのか。
まずこの点を分析してみれば、それは簡単。お互いが照れたからだと言えるだろう。
というか自分からプロの笑顔見せといて、照れられたから照れるとかなんでやねんって思うとこではあるんだけど、そこが明らかにゆめやゆきむらたちとは異なっていたのだ。
つまりそう、自分で可愛いって分かってるとか、可愛いと思われたいとか、そういう意図の有無なのだ。だってレッピーは、俺に対して可愛いって思われようとなんかしてないんだから。
だから意図なく見せた笑顔で結果的に俺が照れたから、レッピーも照れてしまった、そういうことなんだと思う。
こんなこと言うのもなんか変な感じだけど……なんか少し新鮮だった。
そりゃレッピーも俺に対して好きか嫌いかの二択で言ったら好きだろうけど、それはLOVEじゃなくてLIKE寄りの好き以外のなんでもないから。
それに対して自分で言うのもなんだが、他の
この差が生み出した気まずさ、それが今さっきの出来事だったのだ。
いや、しかし、あれだな。
注文したフードを取りに行ったレッピーの背中を見ながら、俺はこんな感じであれこれ現状分析しながら、LOVE寄りベクトルが向けられてそうな相手を想像して脳内でセルフツッコミをかます。
そんな何とも馬鹿馬鹿しいことをしている内に。
「うし、食おうぜー……な、なんだよ?」
「え、あ、いや。なんでもない。なんでもないよ」
両手に運ばれてきた料理の入った袋を持ったレッピーが戻ってきて、俺の顔を見るやちょっとさっきの名残で恥ずかしそうな様子を見せてくる。
そんな彼女に俺は極力平静を努めて対応するが、ここでまた照れたりしたらマジでさっきの繰り返しだからね。ここは気合いでの対応だ。
これ以上レッピーと変な気まずさを感じたくないしな。
「そういや、明日のラーメンだいも来れそうかね?」
「え? あー……いやー、さすがにそれは本人に聞いてみないと分からんな」
「何だよ相方のスケジュール管理してねーのかよ?」
「いや、色々ツッコミたいのは置いとくとしてさ、俺ら火・水をノー残業デーにしてる分、他の日でバランス取るようにしてるからさ。時期が時期だけにテスト作りとかあるかもしれないんだって」
「ほーほー。先生ってのは大変だのぅ」
「ダメだったら、だいもいける時に予定変えるか?」
「いや、それは次の機会でいいさ。あのラーメン屋の普及はまたにする」
「あー、なるほど。たしかに食はだいの趣味だからな、連れてったら喜ぶだろうな」
「あ。だよな? 正直こんなスタイルいいのにすげー食うなって思ったんだよな。……あれか? 栄養は全部おっぱいにいくタイプなのか?」
「おい。変なことを俺に聞くな俺に」
「なんだよ、じゃあ見知らぬ人に聞いてもいいってのかよ?」
「馬鹿なの!? 見知らぬ人に他人の胸の話するとかどんな変態だおいっ」
「人間なんてみんな変態だろ」
「なわけっ!? 全世界の人に謝らんかい!」
「なんだよお前おっぱい嫌いなのかよ?」
「え、そ、それは——」
「そこで詰まるとか脳内丸見えだぞこの変態!」
「ハ、ハメやがったな!?」
「ホテル来てハメる発言とか破廉恥ですよお客様」
「そこでホテルマンスマイルすんなっ」
そして気合いをいれた俺に、料理をテーブルの上に広げながらレッピーが話しかけてきて俺がそれに返答していくと、あっという間にくだらない話になっていき……さっきまでの気まずさが容易くも雲散霧消する。その会話の展開たるや、最後のスマイルをネタとして使うところも含めて正直魔法かと思うほど滑らかで、気づけば俺は安定の
まぁ話の内容は最低だったけどな!
「ま、とりあえずくだらない話は置いといて飯食おうぜ」
「……そのくだらない話振ってきたのはそっちだけどな?」
「何だよアタシの可愛さに魅力デバフなってたから治してやったのによー」
「なってねぇよ!?」
そんな見事なレッピーパワーでいつもの感じに戻って、軽口で会話していたと思ったのに——
「ほんとに?」
「——ふっ。マジマジ。無効でーす」
突然顔を斜め15度くらい傾けさせ、瞳にあざとさの色を映した上目遣いが現れて、俺は一拍置いてから目を閉じ、このわざとらしいレッピーに対して鼻で笑ってやった。
俺にその手の笑顔は効かないぜ、そんなアピールを見せたわけだが——
「変な間があったな」
ぎくっ
さすが回復速度に定評のあるヒーラーだからか、俺の一瞬の
その反応に俺は完全に目を逸らして誤魔化そうと試みるが、その隙に何かごそごそ動いたレッピーが——
「あーん」
「
意味のわからない言葉に逸らしていた目線を戻せば、そこには箸で切り分けられた油淋鶏を挟み、俺の方に笑顔で差し出す美人の姿。
「あーん」
だがその光景に困惑する俺に、まさかの追撃が放たれる。
こ、こいつ、さっきまでヒーラー的スタイルだったと思わせて、やはりアタッカーだったのか……!!
「あーん」
そして3度目の一撃に
もちろん口の中に入った物を吐き出すことなんか出来ないから、俺がそれをモグモグと咀嚼すること十秒ちょっと。
「美味しい?」
「う、うん——」
連撃は終わらないのか、まさかの再度の上目遣いと首傾げのコンボが向けられて、俺は混乱デバフのまま被弾する。
え、何? どういうこと? 何で急にこんな——
「だろ? ここの飯美味いんだよな。……あ、てか箸一膳しかねーじゃん! ……まぁしゃあねえか。……うん、やはりうまし」
急にこんな、他のスマイラーズみたいに。
そう思った矢先、やっぱりレッピーはレッピーって感じに戻っていて、俺はその姿にぽかーんとする。
いや、でもだってそうだろ? こんな展開全く想像つくわけなかったじゃん?
「え、な、何? なんだったんだ……?」
そんな俺の混乱を、俺がそのまま隠さず口にすると、レッピーは二口目をもぐもぐと咀嚼してから飲み込んで、呆れるような、諦めるような、何とも言えない視線を俺に見せて——
「お前、アタシのこと可愛いって思ってんだろ」
俺の目を覗き込むように、そう言ってきたのだった。
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