第609話 いい女の定義は主観でいいと思う今日この頃
「15分くらいでくるってさ。……ん? アタシの顔になんかついてるか?」
「え? あっ、いや、何もない。何もないよ? そ、それより注文さんきゅなっ」
「いや、飯食いたいって言ったのアタシだしな。むしろ付き合ってくれてサンキューだろ」
「そ、それもそうか」
「おう。……つーかなんだ? なんかお前変じゃね?」
「へ?」
だいが眠るベッドの近くにあった内線でフードの注文を終えたレッピーは、元々座っていた椅子の方に戻ってくるなり俺の顔を見てその目を細めた。
「い、いやいやそんなことないって」
そんなレッピーに俺は若干声を裏返しながら、ぶんぶん首を振って何もないアピールを見せつけたのだが。
「そうかー? ……まぁ変なのは元々か。そんなことよりさー、マジでこいつ同じ人類か? 可愛すぎん?」
そんな俺の下手すぎる誤魔化しで納得してくれたのか、ベッド近くの元々だいが座っていた椅子に座り直したレッピーは、椅子の向きを変えてその目線をすやすや眠るだいへと向け、少し呆れたような表情を浮かべていた。
その表情につられて、俺も眠るだいを見る。
……うん、可愛い。
レッピーも可愛いけど、だいが可愛い。
その穏やかな顔に、何回も見惚れてるのにまだ見惚れてしまうのだから、恐ろしい。
でも、その寝顔に段々と自分の心が落ち着いた。
それと同時に、湧き上がっていく感覚が一つ。
「……正直、俺もこんな可愛くて綺麗な子が彼女だなんて、たまに嘘なんじゃないかって思うよ」
その感覚を、俺は隣で同じ顔を眺めている優しい呆れ顔に向けて、ポツリと小さくつぶやいた。
レッピーだから、だったのか。はたまたたまたま隣にレッピーがいる時、だっただけなのか。
なんでこんなことを言ったのかは、自分でも正直分からない。
でも、もしかしたらレッピーなら伝えてもいいだろう、そんな風に思ったような気もする。
落ち着いて考えてみれば、たぶん話題を変えるために無意識に言葉にしたんだと思うけど、俺は自分でも口にするつもりのなかった、でも密かにいつか誰かに言いたかった話を口にしていたのだ。
そしてこれは、だいを信じてるとか信じてないとかの話じゃなく、俺がたまにふっと感じる漠然とした本音だった。
「何それ? 惚気?」
でもその俺が漏らした本音は上手く伝わらなかったようで、こっちを向いてきた大きな瞳には怪訝そうな色が浮かべんでいた。それを受け、俺もレッピーの方へと向き直る。
「そういうわけじゃねーよ。……そういうわけじゃなくさ、こんな可愛くて綺麗で優しいいい子が、俺のこと好きでいてくれるってことが、すげー奇跡みたいだなってだけだよ」
分かってくれとは言わないが、そんなに俺が悪いのか……じゃなくて、本当に惚気たいとかそんな偉そうな話なんかではない。
その気持ちが少しでも伝わればと、俺はレッピーへ弁明するように、さらに詳しく自分が本当に思ってる心の内を伝えようとしたのだが——
「やっぱ惚気じゃねーかよ? あー、やだやだ。独り身のアタシへの当てつけか?」
「いや、だから——」
レッピーの呆れ顔はさらに深まって、最早呆れるというか、軽い嫌悪顔に変化した。
とはいえ俺にそんな意図は一切ないわけで。
なぜかこの時この感覚をどうしても伝えたくて、この伝わらないものをどうしたものかと俺は真剣に考えながらまた何か言葉にしようと思ったのだが——
「——いや、分かってる分かってる。そんなマジな顔すんなって。お前の
「え?」
何か言い出そうとした俺に向かってレッピーが両手を伸ばし制止をかける。その表情には、まるでボケが不発だった時のような居心地の悪そうな苦笑いが浮かんでいた。
しかし俺にはその表情の意味がいまいち分からなかったのだが——
「はぁ……。つまりあれだろ? 不安って話じゃなく、幸せ過ぎてテンション上がりすぎてふわふわするとか、そういうことだろ?」
一度大きく息を吐いてから、レッピーが俺に向かって顔をあげる。その表情はまるで教え諭すような、奥底に優しさを備えたような、そんな表情だった。
そしてその確認は、まさに俺が伝えたかったことで——
「そ、そう! そんな感じ」
「じゃあもう一個言うぞ? そこのくそ可愛い寝顔は、お前がいる安心感が生み出してんじゃねーの?」
「え……あ、それは、まぁ、うん」
「そうだろ? それでだ、元々LAの中でも愛の重いやつだなーって思ってたけど、今日半日お前らと一緒にいて、改めてだいがどんだけゼロやんのこと好きなのかアタシには十分伝わった。まぁつまり、その、なんだ」
「うん?」
「お前が思ってる奇跡は現実だ。嘘じゃない。だからしっかり立って堂々とだいの愛を受け止めてろよ」
安心させるようなにこやかな笑顔、なんてものは見せはしない。
むしろその表情には「言わなくても分かっとけよ」って思ってそうな、少しの気だるさが込められている。そんな気がした。
でも——
「……さんきゅ」
「しんみりすんな馬鹿。あれだろ? たぶん今お前が言った話は、誰かに聞いて欲しかっただけだろ? で、アタシはそれを聞いただけ。それだけさ。別に何かしたわけじゃねーって」
だいの気持ちがいつか離れてしまうのが怖くて不安でしょうがないとか、そんなメンタル案件なことは思ってない。
ただ漠然と、本当に奇跡みたいな人生だよなって気持ちを誰かに言いたかっただけ。あわよくばこれが現実だって返して欲しい、ただそれだけの話。それをレッピーは丁寧に受け止めてくれて、しかも俺の考えまでも理解してくれていた。
その事実に、正直俺は感動した。
「なんかあれだな。レッピーって想像以上にいい女だな」
「想像力欠落してんなおい。今更気づくとかお前の目節穴過ぎんだろ」
そしてこの感動を口にした俺に、レッピーは呆れた顔を見せたけど。
「いや、うん。マジでこれは俺が節穴だった」
「っな——マジレスすんな馬鹿! ……はぁ、まぁ感謝するっつーなら、アレだ! ラーメン奢れ!」
俺が割と真剣にレッピーの言葉に反省するや、何故か少しだけ恥ずかしそうに目を逸らしながら、レッピーが感動の対価を求めてきたので。
「そういうことなら、トッピング全乗せで奢らせてもらいますぜ」
「替え玉付き」
「もちろん。なんならデザートもつけよう」
「お、言ったな? じゃあ今週行こうぜ! ダメな曜日ある?」
俺がその対価に対し快く応じると、レッピーは久々に楽しそうな表情に戻ってくれて、俺はその表情にホッとした。
うん、やっぱりこいつは楽しそうな顔が可愛……って違う違う! 今これを思い出したら本末転倒、元の木阿弥だろ俺!
……でも、なんかほんと、気を遣わなくていい感じと、言わなくても分かってくれる感じは、ありがたいんだよな。
そんなことを考えながら。
「火・土が【Teachers】の活動日で、水曜がだいと一緒にご飯食べる日で、金曜もだいたいだいと一緒だから、月か木……だけど、あれだ。木はちょっとあい……〈Cecil〉とだいとPvPの練習予定だから、今週なら月曜……って明日だけど」
「じゃあ明日行くか!」
「いいのかよ、フッ軽だなー」
「19時くらいに家帰るから、お前それまでは残業な」
「了解。火曜から師走で期末テストだからな。ありがたいことに残業は規定路線さ」
「うし。じゃあ決まりな。……しっかし、飯の話してたら腹減ってきたなー。早く頼んだのこねーかな」
楽しそうなレッピーをまた呆れさせたりしないように、俺は今週のスケジュールを頭の中に思い浮かべてそれを伝え、明日のレッピーとのラーメンが決定した。
明日だいも来れるかは、後でだいが起きたら聞いてみよう。
しかしあれだな、食べ物の話してたらお腹空いたとか、この辺の感じはだいと似てるとこあんなぁ、レッピー。
「だいもそうだけど、そんな細い体でよく食うよな」
そんな軽い親近感を持ちながら、俺が何気なく言葉を漏らすと。
「そりゃ独り身の人間からしたら、飯は心の
「独り身じゃなくても美味いもんはそういう効果あるけどな。ってかそういやレッピーって仕事は何してんの?」
まるでだいみたいな答えが返ってきて、俺は小さく笑ってしまった。そして話の中で出てきた仕事ってワードを取り上げて、何気なくプライベートなことを聞いてみる。
「あれ言ってなかったか?」
そんな俺の問いかけに、レッピーがキョトンとした顔を見せるけど。
「聞いたことねぇな」
俺が聞いたことないと首を振るや——
「ノーブル東京のホテルマン」
「え?」
まさかな答えが返ってきて、俺は思わず目を見開いた。
いやだって、それって——
「おいおいてめー、こんだけ品のいい人間に対して、なんだその顔は?」
目を見開き、絶句する俺にレッピーは表面上ご立腹な言葉を言ってくるが、その表情は明らかに俺の反応にご満悦って感じで、楽しそうだった。
いや、しかし——
「仕事してねー時くらいオフモードなんねーと息が詰まるだろーが」
「え、あ、うん。それは、分かるけど……」
レッピーの言い分は分かる。俺も四六時中教員モードや公務員モードでいるわけじゃないし、仕事スイッチで自分を切り替えるのは社会人のスキルとして一般的なものだと思う。
だが今レッピーが口にした職場は、正直想像してなさすぎた。だってノーブル東京ったら、都内でも屈指の高級ホテルだぞ? 結婚式とかでも頻繁に使われるし、レストランディナーをしようと思ったら、諭吉さんが数人必要なレベルのホテルだぞ?
それはつまり、相当なマナーとか礼儀とかのホスピタリティが求められるところだと思うのだが——
「何か文句がお有りでしょうか? お客様」
そんな俺の驚愕と疑いがバレたのか、言葉とは裏腹のにこやかな笑顔が炸裂する。
それはさっきまでの自然体の笑顔とは違う明らかな作り物の笑顔、そう分かるのに——
「——っ」
バッチリ決められたその笑顔に、思わず照れる俺がいた。
そんな俺に——
「おい照れんな馬鹿っ」
さっと立ち上がったレッピーから、スパンっと軽やかな平手が俺の頭部へ炸裂する。
「いくらアタシが可愛いからって、お前に照れられるのは調子狂うんだよ馬鹿。つーか彼女横にいんのに他の女に照れんな馬鹿」
そしてさらに畳み掛けるような早口で馬鹿が連呼されたのだが——
そっぽを向いている耳が薄っすら赤くなってるように見えたのは、照明のせいだったのかもしれないが、俺は「あはは」と愛想笑いを浮かべるしか、その時は出来ないのであった。
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