第607話 それぞれにとっての旧友

「ん〜……」


 子どものような可愛い声が耳に届いたのは、ここにやってきてそこそこ時間が経過した20時11分。俺が洗いざらいほとんどの話を吐き出して、レッピーも色々と受け入れられるようになった後、今度はレッピーからもギルド結成時の話を聞いたり、俺たち三人が共有しているLA過去話で盛り上がったりと、俺たちは時間の経過を忘れるくらい楽しい会話を重ねていた。

 そんな時の中で聞こえた可愛い声。

 その声にチラッと目を向ければ、そこにはうつらうつらした様子で目を擦る美人がいた。

 それは誰がどう見てもおねむさんで、睡魔に負けそうな超絶整った顔立ちが見せるあどけない表情は、きっと誰も彼もをほっこりさせる、そんな感覚を覚えたのだが——


「ねみーなら横なっとけよ。ベッドあるんだし」

「ん〜……」


 丸テーブルを囲むように俺の左側に座っている今にも眠りそうな彼女の様子に、俺の右側に座る女性がさっと立ち上がり、眠そうにうとうとする女性の肩を支えに行く。

 その光景はまるで姉妹のようで、お前ら同い年なんだけどなと思った俺は小さく苦笑い。


「こういう時ベッドあると便利だろ?」

「まぁそうな」


 そして眠り姫たるだいをお姉ちゃん然としたレッピーがベッドに連れていき、横にしてあげる様子を眺めながら——


「あれ……?」


 ふと気がついた。

 俺、座って見てたな、と。


 だいが眠そうになって、ふらふらし出した姿を見たというのに、今俺は立たなかった。

 先にレッピーが立ち上がって支えに行くのが見えたから、「あ、大丈夫だな」って思ったのだ。

 そう。レッピーなら大丈夫って、思ったのだ。


 寝かしつけただいの頭を2,3回撫でるその横顔には、優しい表情が浮かべられていて、自覚する。


 俺、相当レッピーを信頼してるんだな。

 俺がやらなきゃいけなかったのに、なんて嫉妬は浮かばない。

 だいのことを任せた俺も、そしてレッピーに身を委ねただいも、初対面ながら長い付き合いがあったこいつを、信頼しているのに気づいたのだ。


 この信頼への気づきという内心の密かな驚きを隠しつつ、俺が自分の座っていた椅子に戻ってくるレッピーを見ていると——


「なんだよ?」


 ズッと椅子を少し俺の方に寄せて肩を並べるように座り直し、4杯目の缶チューハイをくっと仰いだ彼女が、シンプルに不思議そうな感情を込めた視線で見上げてくる。

 しかしほんと、性格の割にくりっとしたおめめが可愛いのなんのだなこいつ。

 中身こそお姉ちゃん然としていたが、見た目だけで言えば正直だいの方がお姉ちゃんっぽい。

 今もほら、スッとこっちに顔を向けた時に後ろで結んだ髪の毛が揺れていて、どことなく幼さを感じさせてるし。

 今の見上げてくる感じなんかはね、若干真実を連想させてくるからね。

 でも——さっきの優しい表情は、素敵なくらいお姉ちゃんだった。

 

 俺は向けられた瞳にそんなことを思いつつ、でもそれを決して外には漏らさず——


「人見知りのだいが初対面のレッピーいんのにこんな無防備に寝てるとこ見せるとか、すげーなと思ってさ」


 色々な気持ちを込めて俺はまた苦笑いを浮かべつつ、自分の驚きをだいの信頼に置き換えて答えてやった。

 だが、この返答にレッピーは苦笑い。


「それ何のすごさだよ? まぁでもあれだな、こんだけ綺麗な顔が楽しそうにしてんの見ると、こっちも幸せな気分にはなるな」


 それでもぶっきらぼうな物言いからレッピーの不器用な優しさが伝わって、俺は今度は小さく笑った。

 だって——


「本当面倒見いいよな」

「あー?」

「いやマジさ、色々昔のことちゃんと思い返せば、レッピーってけっこうだいにも話振って気遣ってくれてたじゃん」

「そらあいつがあんまりに喋んねーからだろ。しかも答えんのほとんどお前だったじゃねーか」

「いや、それはそうなんだけど……でもそうやってレッピーが気にかけて話しかけてくれてたから、だいも初対面でもレッピーのこと信頼してるわけだろ? ほんと、お前が面倒見いいの昔から変わんねーよなって思ってさ」

「そうかー? ……しかしなんだ。改めてそんなこと言ってくるとかキモい」


 口は悪くてもフレンドや主催者やパーティやギルドメンバーへの配慮や気遣いを忘れない。それが俺が知る〈Reppy〉という名の冒険者なのだから。

 そんな俺の言葉にレッピーは呆れ顔を見せていたが、どことなく照れているような、そんな感じもある気がした。


「【Bonjinkai】のメンバーに聞いてみろよ? 絶対頷くって」


 だから「キモい」なんて言葉に負けず、この事実は変わらないのだからと、畳み掛けるように俺は彼女の面倒見の良さは誰しもが同意するところであると強調する。

 なんたって俺は【Bonjinkai】のギルドメンバーの〈Limon〉りもちゃん〈Kodama〉こじまが言っていたのを直接聞いてるからな。

 そして二人は『面倒見いい』だけじゃなく、こうも言っていた。『レッピーはツンデレ』、ってね。

 そんな証拠を持ってたから、俺は強く主張したのだが——


「アタシからすりゃその言葉はそのまま返せるぞ? 自分のとこのギルドメンバーの面倒見るのはアタシがリーダーだからだけど、メンバーでもねぇのに手伝いに来るお前の方がアタシは面倒見いいと思うからな?」

「え——あー……それは……まぁ……たしかに?」


 予想外にもニヤッとした表情で俺の顔を覗き込むように仕掛けてきたレッピーの反撃に、俺は思わず同意してしまうや否や——


「何かしらのコンテンツで失敗したら、りもちゃんとかりさことか、みんなこう言うんだぜ?」


 俺がレッピーについての話を聞いてた奴らが、俺についてレッピーに話してることがあったと告げられる。

 ほんとこれマジもんのブーメランだったんかい!

 そんな驚きを抱きつつ——


「な、なんて?」

「とりあえずゼロやん呼んでリトライしようってなー」

「マジかよ」


 俺が間髪入れずに聞き返すや、すぐさまレッピーの返事があり、俺はそれに唖然とする。

 たしかに【Teachers】の活動日じゃない時とか、そこそこヘルプに行ってたけど……。


「マジマジ。つまりそんだけお前なら助けてくれるって思ってんだよ」

「いやー……たしかに割と参加してるけど……」

「まぁ実際アタシも頼ってるからなー」

「それを言うなら俺だってレッピーなら頼まれごと引き受けてくれるってけっこう思ってるし、お互い様だろ」

「ああ。アタシもお互い様だと思うよ」

「否定しねーのかよっ! そこは普通嘘でも謙遜の流れだろっ」

「おいおい? ここで謙遜したってしょーがねーだろ、事実なんだから」

「いや、まぁそれはそうだけど……」

「つーかむしろ何だよこれ。アタシらいい年して何の話してんだよ? 友達同士いいところを伝え合いましょうみたいな道徳の授業みたいなってんじゃねーかっ! キモいっ」


 面倒見がいいことを確認しあう話から、今度は互いが互いを頼い合ってる事実を確認しあうという話になって……その変なむず痒さのある内容に、俺の目の前でレッピーが腹の底から笑い出し、その楽しそうな破顔を見せられる。


「今時道徳でもそんなことやんねーだろ、知らんけどっ」


 そしてその笑う姿に一応のツッコミはいれてみたけれど……顔を合わせない世界で普段は口汚い会話しかしてこなかったのに、リアルで会ったらアラサーの大人二人がお互いを褒め合ってるとか何だこれ。

 その状況とレッピーの笑う姿にじわじわじわじわ俺の中にも込み上げるものがやってきて……堪えきれずに俺の表情も決壊する。

 室内に響く笑い声。

 そうやってしばしの間、俺たちは二人揃って爆笑し続けるのだった。

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