第606話 たとえ世界が違くても

「……お前って何なの?」

「……へ?」

「アタシさ、人生ってのは楽しみたかったら自分で面白くしなきゃいけないって思ってたんだよな」

「いや、あの——」

「でもそれって結局凡人の世界線なんだよな。何も起きない奴は、起こすしかない。でも選ばれし者はそうじゃない。お前あれだろ? アタシと一線を画した世界線で生きてんだろ?」

「せ、世界線て——」

「引き寄せの法則標準搭載? いや、願う望むも関係なく引き寄せてる感じだからちょっと違うか。となると面白く生きるチート能力をギフトでもらってる……? え、まさかお前転生してんの?」

「待て待て待て! おかしい! おかしい方向いってっからっ」


 俺から亜衣菜の話を聞いたレッピーは最初こそ割と茶々入れしてきたりもしたのだが、段々とそのくりっとした瞳をやや見開くようにして、神妙な顔つきで話を聞くようになっていった。

 ちなみに伝えたのは

・俺と亜衣菜の出会いと付き合うまで

・LAを誘われた話

・俺と亜衣菜の別れ話

・亜衣菜との再会の話とその後に起きた話

・現在と俺とだいと亜衣菜の話

 がメインだった……んだけど、途中話の流れで

・【Teachers】のメンバーの話

・その後出会ったり再会したりしたLAプレーヤーの方々の話

 も追加することになったりして、先ほども話題に出たレッピーと知り合いの〈Rei〉市原姉のうみさんや、ギルド【The】のリーダーでありだいと同級生だった〈Hideyoshi〉風見さん、そのメンバーで俺の地元の頃の元カノである〈Kanachan〉太田さん、そして同じく【The】のメンバーの〈Cider〉佐竹先生についての話もしたりした。

 ……いや、たしかにLAのおかげで知り合った人の割合、女の人の方が多いけど、でもほら、それは俺のせいじゃないじゃん?

 俺は別に出会いとかを目的にLAをやってるわけじゃない。ただの偶然。偶然の連続でこうなっただけ、なんだけど。


「登場人物、可愛い人ばっかだね」

「もう驚かねーなー。むしろその展開でお前に特定の彼女がいるのが疑問だわ」

「やめいっ」


 嫉妬とかそういう感情があったわけではないだろうが、これまで会ってきた人々を思い出してだいが口にした言葉を受けて、レッピーから何か諦めたような視線が向けられる。

 そんなレッピーの言葉に俺は間髪入れずに注意を与えるが、振り返ってみれば、本当俺の鉄のメンタルをもっと褒めて欲しいくらいだよね。

 だいが最優先なのは当たり前だし、なんか誤解されそうな言い方にはなるけれど、俺とだいの平和を揺るがすような誘惑があまりにも多かったのだから。

 だいも言ってたけど、ここ最近再会したり会ったりした人たちはたしかにみんな魅力的な人が多かった。もし俺が固有装備彼女持ちって状況じゃなかったら……色々な噛み合わせが違ったら……今俺の隣にいるのは違う人だったかもしれないって思わなくもないし。

 初オフ会で出会ったゆめの可愛さに転がされてた道もあったかもしれないし、目が離せないゆきむらのお世話に心を捧げる道もあったかもしれないし、亜衣菜とよりを戻す道もあったかもしれない。風見さんとかうみさんだって、我が家にやってきたあの夜に一夜の何かが起きてた可能性だってあるし、久々に再会した太田さんともう一度盛り上がることもあったかもしれない。

 そんな可能性も、ゼロではなかったかもしれないのだ。


 だいがいなければ。


 でも、この世界線では……そう考え出して、俺は一旦目を閉じて、一人小さく頭を振る。


 違うな。

 どの世界線でも。

 誰と出会おうと、俺はきっとだいを探して、だいと一緒の道を選ぶだろうな。

 

 そんなことを色々と考えた後、ちらっと視線を向けただいは俺の考えなんか欠片も察している様子なく、お酒のせいかわずかに頬を赤くして、その綺麗過ぎる顔にあどけなさを宿してぽーっとしていた。

 でも、そんなだいの姿に、一瞬浮つきかけた心が落ち着くのだから、これが俺の心の答えだろう。

 一緒にいて楽しかったり面白かったり、可愛いなとか綺麗だなって思ったりする人がいることは否定しないけど、こいつといる自分が一番本当の自分だと思うんだよね。色々なんなんだよってことはあるけれど、それでもやっぱり一緒にいて安心するってのは、俺がだいを好きだからだろうし。

 

「だいがいてくれるだけで俺には十分過ぎるくらいだからな」

「はー……純愛だのぉ」

「むしろ特定の相手を決めないで俺が暴走してみろよ? ハーレムもの創作じゃないんだからいつか誰かに刺されかねんし、人間関係保つの大変過ぎて発狂すんだろ」

「そこはほら、お前が俺様決め込めば大丈夫だろ」

「なんも大丈夫じゃねーわっ」


 はぁ。

 のんびりマイペースというか、可愛らしく頬を染めるだいの視線の先が俺とレッピーの間でコロコロ変わるのを感じながら、俺はレッピーの「不誠実な男になってないのが不思議」発言を否定して、「だい is No.1,Only 1」的なことを言い切ったつもりだったのだが——


「でも俺様なゼロやんはちょっと見てみたいかも」

「分かる。いつも周りに気を遣いすぎなんだし、たまには見てみたいって思うよなー」

「なんでそこでだいが乗っかんだよっ」


 ビシッと決めたはずの俺に、まさかまさかでだいが茶化すように笑いかけてきて、俺はガクッと肩を落とさせられたのである。

 でもその笑顔はたぶん、俺への信頼ってことなんだとも思う。

 ……ああそうか。こんな場所に来てるのにだいが落ち着いてるのは、そういう全幅の信頼か。

 それにレッピーならな、ずっと俺とレッピーの会話を聞いてきたなら、腐れ縁ってのよく分かってるわけだもんな。


「でもあれだな。実際アタシに俺様的な命令してきたら蹴るからな」

「いや立つな! 蹴るフリすんな! やんねーからっ」


 そんな俺の気分も落ち着いてきた中、レッピーも色々飲み込んだのかまたいつもの感じでふざけてきて、その感じに俺がツッコんでだいが笑う。

 それは1と0の世界で長く付き合ってきた俺たちだからこそ生み出せた空気だったのかもしれない。

 非日常の空間で再現された、あの世界での会話。

 そんな感じで俺は笑う。

 ああ楽しい時間だな、この時はそう思っていたのだった。

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