第605話 プライバシー保護もコンプラだよ

「なんだよ? そんな答えにくいのか?」

「え、あー……うーん……」


 追求せんと迫るレッピーのジトっとした視線に俺は堪らず視線を逸らす。

 そんな中聞こえたプシュッという小気味よい音。その音にチラッと視線を向ければ、どうやら早くもレッピーは缶チューハイ2本目の、しかも度数高めのロング缶に手を出しているようだった。

 薄暗い明かりの室内でハッキリと見えるわけじゃないが、レッピーの頬が赤くなっているような気がしなくもない。だがその目つきにはまだ酔ってる感じはなく、早く答えろよという感情が有り有りと込められていた。

 そんなレッピーの視線に耐えかねて、俺はだいに助けを求めるように顔を向けると——


どうして言わないの?


 度数低めの缶チューハイを両手で持って飲むという可愛さを見せつけてくれながら、俺の視線に気づいてコテッと30度ほど首を傾げ、あどけない瞳を見せてくれるだいの姿がそこにはあった。

 そしてその仕草と表情から、何も言われなくともこいつがどう思ってるかが伝わった。

 いや、うん。そうだよね。だいならそうだよね。

 そう、以心伝心で俺に助けなど来ないことが判明したわけだが、ここは冷静に考えて欲しい。

 だってアレぞ? 〈Zero〉のキャラメイクしたのは亜衣菜元カノだぞ? たしかに最近の変身アイテムで作ったちょっと成長したVer.はだいが作ったけど、レッピーが見慣れてるのは当然〈Zero〉の初期Ver.だから、レッピーが聞いてんのは初期Ver.の製作者で間違いない。

 もちろんぼかすことは出来るけど、ここでその名を出さずにぼかしてみたところでどうなるか。

 ちょっとシミュレーションを脳内で展開してみれば——


『元カノが作ったんだ』

『え!? お前元カノに作らせたキャラ使ってんの!? キモっ!』

『しょうがねーだろ! 愛着も沸いたし、昔は1から育てんの大変だったんだから!』

『てかお前カップルでLA始めたんか? え、元カノ誰よ? アタシ知ってる?』

『え、あ、いや——』

『〈Cecil〉さんだよ』

『だいー!?!?!?』

『You lose!』

 

 最後にそんな文字が表示されるような状況を想像して、はい。ブルータスだい裏切られ?カミングアウトされましたとさ。

 ……そうなんだよな。正直だいがなんで俺が隠してるのか分かってないから、これどうやっても負け戦なんだよな。

 じゃあいっそ開き直るか? 

 今度はそんなパターンをシミュレーションしてみると——


『聞いて驚け。実はあれな、〈Cecil〉が作ったんだよ』

『は? 何それどんな冗談だよ』

『いや、だって俺昔あいつと付き合ってたし』

『は?』

『だいも知ってるぜ? 何なら今はだいとあいつ友達だぜ?』

『いや、待て意味分からん』

『なんなら〈Cecil〉のキャラメイクしたのは俺だからな!』

『おいおいマジかよ!? お前作ったキャラがあんな人気になってるってことなん!?』

『そして今度のPvPの大会はだいとトリオで出る!』

『何それやべぇ! ちょっとパニック過ぎる! 帰る!!』

『You win!』テッテレー♪


 はっ! 勝った!

 そうかこれが勝ち筋か!


 ……いや、絶対こんな都合よくいかねーよ! 何だよパニック過ぎて帰るって。どんな展開やねん。

 ……でも何とかして勝算を探すなら、どこかしらレッピーを動揺させられれば俺が優位に立てる、かもしれん。

 ……うむ。そうだ。どうせこちらにはだいという爆弾があるわけだし、うん。隠しても無駄だな!

 

 と、6,7秒で2パターンのシミュレーションを終えた俺はそう結論を出し、ゴホンと一度咳払いをしてから——


「〈Zero〉のキャラメイクしたのは〈Cecil〉だよ」


 ここまで明らかに言い淀んでいた態度を一変させて、サラッと、努めてサラッと言ってみた。言ってしまった。言っちまった。

 さぁどうなる? 相手の予想を超えことによりここで少しでも会話のアドバンテージを取れるか!?

 この発言直後の緊張感と顔に感じる熱さの込み上げ方ったらハンパなかったわけだが——


「あ、リアフレなん? だからお前〈Cecil〉とよく組んでんのか」

「え」


 それはまるで鏡が如く。

 サラッとにはサラッと。

 さらっとしぼったオレンジよりも軽やかに。

 そんな反応が返ってきて——


「なんだよアホ面なってんぞ?」


 パーフェクトにアウトオブシンキングなそのリアクションに、俺はオープンしていたマウスをクローズできず、思わず思考が英単語混じりになるほどの混乱で唖然とした顔をしてしまう。

 そんな俺にレッピーが半笑いで問いかけてくるが、俺が咄嗟の反応が出来ないでいる姿に何か思ったのか——


「ううん。亜衣菜さんはゼロやんの元カノだよ」

「ん?」「ふぁ——!?」


 返事に詰まった俺のフォローのつもりか、だいまでサラッとした発言を見せたのだが——


「亜衣菜って?」

「あ、〈Cecil〉さんのことなんだけど……あ。しまった、本名出しちゃった……レッピーさんこれは聞かなかったことにしてね」

「あー、なるなる。そういうことね。分かった、忘れたぜっ」


 いや、それ絶対忘れてねぇだろ! 語尾に☆が見えたぞおい!?

 というか! だいさーーーん!!!

 だーーーーーい!!!!

 菜月ちゃーーーーーーーーーん!!!!!

 ……ああもうほんと、どうして……ああ、もう!

 いや分かってた。分かってたよ? だいが天然で、今の会話の流れ上爆弾だってのは分かってた。

 とはいえ爆発のさせ方が豪快過ぎる。

 嘘だと言ってよだーいぃ。

 

「しかしそうか。お前あの〈Cecil〉の元カレなんか。あの〈Cecil〉の……。……なんか腹立ってきたな。殴っていいかって聞くのも悪いからとりあえず殴るな」

「ほわいっっっ!?」


 そして混乱の最上位デバフを受けたままの俺に、何とも理不尽が降りかかり、ガチ目に手加減なしのグーパンが俺の肩へと炸裂した。

 ダメだってガンナーは紙装甲なんだから!

 だがその一撃で俺はデバフからは解放されたようで——


「暴力ダメ! コンプラ!!」

「それがテレビつまらなくしてんだが?」

「テレビ関係ねぇよ!?」


 何ならもう一発殴ってきそうなレッピーを理知的に制止して、俺はとりあえず言語機能を取り戻す。

 そして刹那の間合いで思考するが……いやしかしここからどうリカバリー出来ようか。

 いや、出来ない。

 もう何かをぼかす段階は過ぎ去った。

 そう、もうルビコン川は爆発の風圧で超えたのだ。

 ならば、ここまできたら、もういっそ。


 割り切った方が楽だよな。

 ……いやてかさっきからそう思ってたじゃん俺!

 と、ペースを乱されに乱されて混乱したけれど、俺はそこで一息ついた。

 ため息じゃないぞ? 一息だぞ? ……いや、8割はため息だったかもしれないけど。


 そんな覚悟を決めた顔つきで、ぐいっと缶チューハイを仰いでから、俺はもういっそと俺と亜衣菜の関係と、俺とだいと亜衣菜の関係を話し出すのだった。

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