第602話 Pは言ってはいけないよ
「うしっ、かんぱーいっ」
「乾杯」
「かんぱー……っていや、なんでだよ!?」
19時13分、頭が回り切らないままあれよあれよとレッピーの勢いに案内された俺たちは、三人で円形のテーブルを囲み、とある場所で道中買ってきた缶チューハイをぶつけ合う。いや、厳密にはそれをしようとしたところで、俺はハッと正気に戻った。
「何だよ? 何か変なことあんのかよ?」
「何か変って……いや、もう全部だわっ」
そんな俺にさも俺の方がおかしいかのように首を傾げるレッピーに、俺は身を乗り出すように顔を近づけて睨みつける。でも——
「私こういうところ初めて来たけど、少し暗いけどベッドの大きいホテルみたいだね」
「そらホテルだからなー」
「そうだけども!?」
俺の焦りや言葉の強さが見えていないかの如く、だいは可愛らしく両手で持った缶チューハイに口を付けながら、部屋の中をきょろきょろ伺っていた。
そんなまるで俺と状況認識が異なる二人に俺は開けた缶チューハイを口にすることもなく理解不能を訴えるけれど——
「そんなでっけー声出すなよ。まぁ防音はしっかりしてるだろうけど」
「あ、そっか。聞こえないけど隣の部屋ではもしかしたら……」
「うむ。可能性大。でもまぁ大丈夫だって。みんなそれぞれ集中してるだろうしさ」
「うん……でもそういう場所って考えると、ちょっと緊張してくるね」
「いやそこ!? つーかもう緊張とかそういう話じゃねーだろっ」
「んだよ? 別にアタシらそういう目的で来てねーし、疲れたらぐだーって横になれる部屋飲みスペースって考えたら悪くないだろここも」
「あ、お料理のデリバリーも頼めるんだ」
「うむ。ここのご飯けっこう美味いぜ」
「ほうほう」
「いや何でそんな和んでんだよっ!?」
完全に俺とテンションの異なる二人に、俺はただただ一人空回りしてる奴みたいになっていた。
この意味のわからん状況に俺が天を仰げば、そこにはキラキラ光を反射するミラーボールが鎮座している。この状況においてはそんな謎のミラーボール的照明がまるで俺を嘲笑うように見えてくるから不思議だった。
そう、謎のミラーボール的照明。
そんなものが普通の部屋にあるだろうか? いや、絶対ない。
でもここにはある。
だってここは——
「つーか初めて来たって、二人でこういうとこ来たことねーの?」
「え、あ……うん。私たちどっちも一人暮らしだから……」
「あ、それはそりゃそうだわな。帰ればそこが愛の巣か」
「やかましいっ!」
こんな会話から今俺たちがどこにいるかはもうお分かり頂けただろう。
そう、俺とだいはレッピーに案内されるがまま、歌舞伎町にあるとあるラブホテルの一室にやってきているわけである。
だが当然やってきた目的は3なんちゃらなんかでは決してない。
そもそも俺とだいはこの場所に対して最初から合意などしていないのだから。
飲もうと言い出したレッピーに案内されるまま駅から歌舞伎町方面に引っ張られ、何故かコンビニで買い物メモを渡され、それを買っている間にレッピーがここを見つけて、買い物を終えた俺たちに笑顔で「前払いしてきた! 場所代はアタシ持ちでいいから、飲み物代とかはそっち持ちでよろ」とかなんとか言ってきて、俺とだいがぽかーんとしている間にこの場所に至ったわけである。
「いやほんと、マジでどんな発想だったらここが思い付くんだよ」
「だから言ったじゃん。ここの飯美味いって。それに今時じゃ女子会プランとかもやってんだぜ? それにカラオケじゃあんまり寛げないじゃん?」
「普通の居酒屋でよかっただろっ」
「おいおい? アタシとだいとお前の三人で居酒屋行ってみろよ? ゼロやん世の中の男からのヘイト爆増で集中砲火だぞ? 紙装甲のガンナーじゃ耐えられんだろって」
「だったら個室居酒屋でよかったじゃねぇかよ!?」
「えー。でもほら、アタシら運動して疲れたし、ちょっと風呂入りたい気持ちもあったじゃん?」
「それくらい我慢せんかいっ」
「あ、そっか。お風呂もあるのか」
「そこ! 普通に感心しないっ」
「こまけーこと気にする奴だなー。入っちまったんだからもういいじゃん?」
「お前が勝手に決めたんだろうがっ」
そして乾杯した缶チューハイを飲みながらあっけらかんとした態度のレッピーに俺がひたすら連打をかますも、まるで全弾不的中かの如くその攻撃はダメージを与えてない。
むしろどんどんどんどんだいが懐柔されていき、ちょっと楽しそうになってきてる。
つーかマジでだいもどうなのよ? 自分もいるとはいえ、俺がだい以外の女とラブホテルにいる状況って大丈夫なもんなのかね?
と、俺がレッピーにはもう諦め、むしろだいに疑問を抱き始めていると——
「そういえばご飯美味しいって言ってたけど、レッピーさんはここ使ったことあったの?」
そんな俺の思いなど知るよしもなく、何気なくだいがレッピー質問した。
いや、自覚ないんだろうけど、その質問もなかなかレベル高いぞ……?
と、俺がだいの問いかけに変にドキドキしていると——
「まぁなー。前に〈Rei〉と
「え、レイさんとリアフレなの!?」
レッピーはさらっと答えた。答えたのだが、その内容の中で出てきたあの人の名前に俺は思わず声を大にし、だいが僅かながらに眉を顰めた。
だが当然俺たちの反応の意味を知らないレッピーは——
「ん? お前らもレイのことリアルで知ってんの? いやー、だいもたいがいだけど、あいつも超絶美人だよなー」
「いやたしかにそうだけど!?」
ちょっと驚いた様子で俺たちに問い返し、俺がそれに答えるも——
「い、いえっ。ナンデモナイデス……」
じとっとだいに睨まれて、俺はすぐさま閉口した。
いや、でもほら、色々ヤバい人だったけど、市原の姉なだけありあの人がマジもんに可愛いのは事実じゃん? もちろんこんなこと絶対口には出来ないけれど——
「あー、そういやゼロやんの好みってあんな感じじゃなかったっけ? ほら、いつぞや好きなアニメキャラの話した時——」
「いい! その話は今はいいから!」
導火線に火をつけかねないレッピーの発言に、俺は全力で火消しする。
ああもうほら、だいが明らか不満そうじゃんな!
分かりやすく頬を膨らませる彼女の姿に、俺は内心ヒヤヒヤだ。
あれ? でも……。
「しっかし美人の知り合い多いなーお前。何インフレ? 前世の徳カンストしてんだろ」
そう言って俺のことをバシッと叩くレッピーに、だいが頬を膨らませながら頷いた。
たしかに俺だってここ最近出会う人の美人レベルには驚きを禁じ得ないけれど……でも、だいが頷いたその光景に、俺は小さな違和感を覚える。
たしかにレッピーとはLAでの付き合いが長いけど、リアルで会ったのは今日が初めてだ。なのに初っ端からだいぶ俺との距離が近いというか、馴れ馴れしい。
俺からすればこのレッピーはマジもんにレッピーだなって思える振る舞いで、違和感なんかないんだけれど……これまでの経験則から何となくだいが多少なり嫉妬してきてもおかしくないような、そんな気もしてしまうのだ。
「ほんと、すごいモテるんだよゼロやんって」
「おいおいマジかよ。見る目ねーな」
「それは同意しかねます」
「あ、そりゃそーか。悪い悪い」
でもレッピーに対してはものすごく自然体というか、信頼を置いているかのような様子を見せるだい。
今もほら、「悪い悪い」と謝るレッピーに向かって笑ってる。
うーん……初対面だけど、LAでの付き合いが長いから、なのかなぁ……。とはいえ、だいとレッピーの雑談とかLAの中じゃマジでほとんど全く聞いたことないんだけど……ううむ。
何なんだろう、この変な感じ。
でも、レッピーはOK?
ううむ、何の違いがあるんだろう?
買ってきたつまみ類を大きなベッドの上に置いたまま、料理のメニュー表を眺めるだいとレッピーを、俺は不思議そうに眺めるのだった。
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