第601話 その目線はまるで保護者のよう
「楽しかったにゃあ?」
「やめろ、掘り返すな」
「でも本当に可愛かったよ?」
「いや、むしろ嘘であってくれって感じだよ……」
心ゆくまで猫を満喫したのか俺いじりを満喫したのか分からないまま迎えた18時37分、長々滞在した猫カフェを出て、俺たちはすっかり暗くなった新宿の街を歩いていた。
猫カフェの時と同様俺を中心に、右手にだい、左手にレッピーが並んで歩き、たぶん知らん人が見たらハーレム的状況に見えたに違いない。
しかも右側の美人は微笑を浮かべ、左側の女もそれはそれは楽しそうにくりっとした目を線にして笑っているのだから、さぞや俺たちが最高な気分になっているんだろうと思えたことだろう。
何も知らず、はたから見たならば。
「ゼロやんもにゃってマクロに仕込んでみたら?」
「そりゃ熱いな!」
「熱くねーよ! 寒くてツルツルに凍ってだだスベるわっ」
そう! なんたって当の俺本人はわざとらしい猫語でおちょくられ、二人に辟易してるわけだからな!
でもそんな俺をよそに、左右の二人は……いや、特に左の女性は本当に楽しそうで——
「しっかし、リアルのだいはちゃんと喋れるもんなんだなー」
「そうだよ? これでも学校の先生ですから」
「ははっ! そらたしかになっ」
レッピーが腕を振って歩く度、小さく聞こえるナイロンジャンパーが擦れる音や、デニムパンツにワンポイントの黒のロンTに紺色のナイロンジャンパーと、ふらっとコンビニにでも行くような格好のレッピーが歩く度に揺れる結われた黒髪も、彼女の挙止動作全てがまるでそのご機嫌を伝えるかのようだった。
しかし楽しいから腕を振るって、こういうとこはけっこう子どもっぽいんだな。
隣を歩くご機嫌な旧友に、俺は密かにそう思う。
「正直【Bonjinkai】のオフ会より盛り上がったわ」
「おいおい。自分とこの仲間になんてこと言うんだよっ」
そんなご機嫌モードのままさらっと言ってのけやがった言葉に、俺はすかさず
しかしいくらなんでもその発言は流石にひどい。だってこんなんでもこいつ、ギルドリーダーなんだから。
「でも言うてあれだぞ? お前らの方が知り合ったの先なんだから、実はそれもやむなしなんじゃねーかと賢者レッピーは考えるぞ?」
「たしかに。ゼロやんとは
だが、賢者かどうかは置いといても「そう言われれば……」みたいなことを返されて、だいがその言葉に納得し、俺も一旦押し黙る。
しかし【Natureless】か、懐かしい。
それは今はもうない、だいぶ昔に解散した、俺がLAプレイヤーとして初めて参加したギルドの名だった。
【Natureless】は【Vinchitore】とか【Mocomococlub】ほどじゃないけど、当時の高難度コンテンツに挑み続けたそれなりにガチ勢ユーザーで構成された攻略ギルドで、あの頃はそこそこ名前も知られてたと思う。
でもリーダー都合でギルドは解散となり、俺はその後
こう自分の変遷を思い返すとちょっと色々懐かしい……けど、断片的な記憶ながら振り返ればたしかにどのタイミングでも、レッピーと色々話してた記憶はあるなぁ。
たしかに付き合いは長いもんだ。
……あれ? そういや——
「レッピーが
自分の記憶を辿る中でふっと出てこない部分があったから、俺が雑多な街の中立ち止まり、素直にそれをレッピーに向かって投げてやると。
「社会人なってからだから、4年前? そんくらい。……そうか、もうそんな経つのかー、ってなりそうだけど、それってゼロやんの半分じゃんな? ガチ初期メンの
俺より一歩後に立ち止まったレッピーが、軽く振り返り見事なおつり付きで、俺の投げた
ちなみにりもちゃんはアレね、【Bonjinkai】の良心ね。レッピーを筆頭とするノリよくふざけたがる面々を支える、マジもんのいい子。……あ、子っつってるけど、リアルの年齢は知らないよ?
しかしでもまぁ懐古厨か。
その辺はちょっと分からんでもないけど……ん?
「〈Risaco〉はサービス開始組じゃん?」
そこでふと思い出した、【Bonjinkai】に所属する、レッピーと同じかそれ以上の時をLAで歴史を刻んできた、今日度々話題に上がっていたその存在。その名を俺は口にしてみたのだが——
「そーだけど、りさこは【Vinchitore】のガチ勢ぞ? りさこも星が来た時のオフ会の方がよく喋ってたし、アタシ野良下ってからはまたーり勢だったからな。絶妙に噛み合わねーんだよな」
たしかにそれはそうかもしれない、と軽く俺を論破する返事がきて、俺は再び閉口した。
星さんの想い人たる〈Risaco〉はほら、元【Vinchitore】に所属していた廃人だからね。今じゃだいぶまったりしてしまった世捨て人感あるけれど、槍アタッカーとしての破壊力は今でも相当で、単純DPSじゃ
とまぁ、そんな感じにちょっと納得したりしていると——
「つまりレッピーさんとはゼロやんが一番話合うってことなんだね」
「は?」
変わらず穏やかな笑みを浮かべたまま、急にだいが無辺世界を射るかの如き奇言を申したかと思えば——
「癪だけどそうなんだよなー」
「はい?」
その言葉にレッピーが頷いて、俺はさらに頭にはてなを浮かべることとなってしまう。
「レッピーさんもゼロやんも、純粋にゲーム性を楽しもうとしてるもんね」
「あー……そういうこと、なのか?」
「私はそう思うな。二人ほどじゃないけど、二人の会話、たくさん聞かせてもらってきたから」
「だいに言われると説得力たけーな」
でも最初は不服そうだったレッピーも、だいに説明をしてもらう中でだんだん柔和になっていき、最後は軽く笑っていた。
「むしろ何年も週3,4ペースで無駄話してきたのに、今さら何話すことあんだって話だけどな」
「アタシの尊さとか?」
「自分で言うなっ。つーかそれを自分で言えるお前がすげーよ……」
「でもLAの中で話したことをリアルで顔合わせて話すのも楽しいものじゃない? リアルだとさ、相手の感情も表情もちゃんと分かるんだしさ」
そして俺がカラカラ笑うレッピーに軽口を聞くや、案の定上回る言葉を返されてしまったが、それらを飲み込むだいの言葉に、俺とレッピーは口裏合わせたわけでもなく、驚くようにだいの方を見やっていた。
まさかだいがここまで話すとは、そんな驚きが俺にはあったのだが——
「お前ら付き合い出したのいつ頃なんだっけ?」
「え? 何だよ急に」
「6月の終わり頃、だけど……?」
驚いた後、何か悟ったように得心したレッピーが放った唐突な質問。その問いかけに俺が聞き返した後、だいが不思議そうに答える。
その答えに——
「ホント、リアルで会ってよかったなお前ら」
「え、どういう意味だよ?」
「バーカ。そのまんまだよ」
「え? いや、だから——」
「うし! もうちょっと酒でも飲みながら話そうぜ! アタシにいい場所のアイデアあるから着いてこいよ!」
俺とだいが困惑するなか、一人で納得して話を進めるレッピーが俺とだいの背中を押して、歌舞伎町から新宿駅方面に向かっていた俺たちを転進させる。
その行き先はどこへやら。
それを知らされぬまま、俺たちはもう少し肌寒い季節の新宿に滞在することになるのだった。
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