第600話 全ての命はオンリーワン
「アメショが一番よ」
「いいや。サイベリアンこそ至高。もふもふジャスティス」
「アメショのしなやかな可愛さも負けてないし」
「ふわっふわの毛並みを撫でた気持ちよさを知らないのかよ?」
「うちのよもぎを見てそんなことが言えるなんて、本当に信じられない」
「おいおいそりゃこっちのセリフだっつーの。アタシんとこのレッピー見てよくそんなこと言えんな?」
バチバチバチバチ。
女同士の信念がぶつかり合う戦いに火花散る音が聞こえそうな、何とも険悪なムードが俺の目の前に広がる17時32分。
そんな光景を前に俺はどうしたものかと右往左往……なんてことは全くなく、いつの間にこんなしょうもない会話になったのかと、俺は呆れ混じりに天井を仰ぎながら一人会話の流れを振り返る。
ついさっきまではそれぞれほのぼのした空気の中、他愛無い会話をしながら猫を愛でていた。
それが一変したのは、レッピーの一言だった。
「やっぱり猫は長毛のもふもふが正義だな」、レッピーが長毛種のラグドールっぽい猫を撫でながらこう呟いたのだ。
それを受けてちょうど短毛種のマンチカンっぽい猫を撫でていただいに火がついた。すかさずレッピーに「短毛の手触りのよさに勝るものはないけどね」と呟き、こうして二人のバトルが始まったってわけである。
正直話の流れは俺にとってどうでもよく、「ぶっちゃけどっちも可愛いじゃん」と、俺にはこの言葉しか浮かんでいない。
みんな違ってみんないい。動物は可愛い、それでいいと俺は思うのだよ。
「よもぎが一番っ」
「レッピーが最強っ」
それなのにどうしてこいつらは争うのか。
そりゃ人それぞれ好みはあるけどさ、ここの猫たちみんな可愛いじゃん。猫たちは誰が可愛いかなんて争わないで穏やかに生きてるのに、なんでこいつらは一番を決めようとすんだろな。みんながオンリーワンの可愛さを持ってるのになぁ。
と、何かしらの歌の歌詞まんまなことを思いながら、俺は先ほど膝の上にやってきた白毛の所々に茶色い模様を持つスコティッシュフォールドを撫でてやる。
俺の左右からは変わらずやんややんやじゃれあいのような言い合いが聞こえるけど、そもそもどうして俺を挟んでやるのかね?
つーかこの争いが始まる前にちょこちょこ立って猫と遊びに行ったりもしてたけど、戻ってくると必ずこの並びに座り直してたのもなんなんだ?
だいとレッピーが仲良くなって二人が猫カフェ来たいって言ったんだから、並んでた方が話しやすいはずじゃんな。
俺に撫でられる猫は膝の上でゴロゴロ喉を鳴らすのに、両サイドの美
「よもぎっ」
「レッピーっ」
そんなやりとりが続く状況が面倒くさくなってきた俺は——
「喧嘩はよくないにゃー。みんな違ってみんな可愛いにゃー」
これがきっとこの二人に一番刺さるだろう、そんな認識で俺は羞恥心を押し殺し、膝の上で落ち着いてくれていたスコティッシュちゃんを持ち上げるように抱っこしながら立ち上がり、座ったままの二人の方を向きながら、自分の顔を猫ちゃんで隠してこう言った。あ、ちなみにこのお店は無理やりじゃなきゃ抱っこOKタイプのお店なのでルール違反じゃないからね? 悪しからず。
で、俺の意を決した一撃に——
「「か、可愛い……っっっ」」
両者の視線が集まって、感極まる聞き慣れた声と、より一層高くなったアニメ声がシンクロする。
その反応に俺は効果覿面な手応えを感じ、さらに追い打ちをかけるように——
「仲良く出来るにゃ?」
と、首をかしげるようにスコティッシュちゃんを傾けて、不毛な争いの調停を申し出る。
「そうね。たしかにみんな可愛いのよね。よもぎが一番なのは変わらないけど、他の子を否定するのは間違ってたわ」
「ああ。たしかにレッピーが一番可愛いけどみんな可愛いのは事実だもんな。アタシとしたことが危うく過ちを犯すとこだったぜ」
そして俺の羞恥心と引き換えに、二人が我に返り、それぞれ膝の上に乗せていた猫ちゃんをトレードする。
それを確認して俺はまた先ほどまで座っていた場所に戻ったのだが——
「スコちゃんも可愛かったけど、にゃーにゃーゼロやんも可愛いかったよ」
「それよ! 不覚にもアタシもそう思っちまった」
「へ?」
座った直後、両サイドからの視線を受けながら言われた言葉に、俺はわけもわからず聞き返す。
そして同時に高まる恥ずかしさ。
仲裁のためだったとはいえ、自分がやったことを客観的に振り返り……感じる顔の熱さは、確実に間違いではなく——
「割と気取ったとこあるかと思ってたけど、あんなことも出来んのな」
「けっこう可愛いとこあるんだよ? この前とか——」
それはそれは嬉し楽しそうな表情を見せるだいと、ニヤニヤとムカつく表情を浮かべるレッピーの会話に挟まれながら、俺は背中を丸めることしか出来なくなる。
たしかに無駄な争いは収まった。
俺がやったことは間違いじゃない、はずだけど——
何気なくやってしまったことのカウンターダメージにやられながら、俺はしばし沈黙するのだった。
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