第599話 4-1と21
「可愛いっっっっ」
「これは眼福じゃー」
午後5時2分、俺の耳に黄色い声が響き渡る。
店内に入った瞬間のあのなんとも言えない獣臭を感じながら俺が受付を行っている中、だいとレッピーの視線は店内の猫ちゃんたちにくびったけ。
正直だいの反応は分かってたけど、レッピーもここまでとはな。しかもほら、レッピーの場合はあの口調のくせに割とアニメ声の高くて可愛い声だから、なんかすげー喜んでる風に聞こえるんだよね。
「いやー、何気に俺人生初猫カ……っくしょいっ!!」
そして我先にと猫を眺め出す二人に続き、わくわくを隠せない様子の星さんが猫ちゃんたちに近づこうとしたところで盛大なくしゃみをかまし——
「っくしょい! しょい!」
さらに2発、3発と連発する。
その音に全猫ちゃんたちが星さんを見て、猫ちゃんに対して目を輝かせていたであろう女性陣も振り返った。そして二人が何かを察した後、だいの表情には哀れみの色、レッピーの表情には呆れの色が浮かび出す。
その表情が意味したものは、俺にも分かる。
そして——
「星。お前はやめとけ」
「え?
きっとそれはレッピーの慈悲、だったのだろうが、レッピーの提案にだいも小さく頷いた。
だが星さんはその提案の意味が分からなかったようで、問い返そうとしながら、結局もう1発くしゃみを繰り返す。
「星さん、鼻声だし目も赤くなってるし、それきっと猫アレルギーだよ」
「へ——」
そんな星さんへ、今度はだいが真実という名の刃を突き立てるや否や、星さんの硬直は……無惨だった。
「いあ、でも
「体質はしょうがねーだろ。とりあえず星は早く外で休んどけって。猫に詳しくなる方法なんざ無限にあんだからよ」
「うん。猫ちゃんの毛って目に見えなくても空気中に漂ってたりするから、今は外に出た方がいいよ」
「いあ……でも……」
しかし、こればかりはやむを得まい。猫がダメってこれまで知らなかったってことは、どれくらいダメなのかも分かってないってことだから。少なくとも猫に触ってもいないのに猫のいる空間に入っただけでこの有様なんだから、これ以上アレルギー源に触れるのがよろしくないのは確実だ。
とはいえ一人で追い出すのは……ううむ。
猫カフェ案を提案したのは自分じゃないが、予約した自分にもなんとなく責任を感じてしまう気がするよね。
「しゃーない。俺も星さんに付き添って——」
しょうがないから俺も外で待つかと言いかけた、その瞬間——
「ゼロやん行っちゃうの?」
「っ——!!」
そこには悲しげな顔を浮かべ、俺の服の裾を掴むだいがいて、その可愛さがモロに俺へと直撃する。
その可憐さは、最早地球最強と言っても過言ではない。猫を前にしたテンション崩壊状態により、人前であることを気にせず伝えてきた可愛いわがままを口にするその姿に、俺の心が簡単にひっくり返ったのは誰にも責められまい。
すまん星さん。これはだいだ。
「じゃ、じゃあレッピー代わりに——」
「星、わりーけど一人で待つ……いや、つーかなんなら帰ったほういんじゃね? 今日はもうりさこ来ねーのは分かってんだし、また日程調整してオフろうぜ」
俺がだいの要求を飲むために、星さんをレッピーに任せようとした刹那、マシンガンのような早口でレッピーの言葉が発せられた。
だがその言葉は、つまり——
「あー、そうな。みんなにも迷惑かけるし、そうだな。じゃあか……っくしょい! うん、帰るわ!」
え? あ、え!?
そんなあっさり!?
一人で待つか帰れなんて、正直なんて情のないことを言う女なんだと思ったが、レッピーの言葉を受けて少しだけ思案する様子を見せた星さんは、意外にもあっさり聞き入れて、俺たちに「帰宅」をコールした。
「今日はあ
そして決めてしまえば電光石火。
受付にさらっと体調不良による入店キャンセルを告げ、何発かのくしゃみを残し、颯爽と星さんが帰っていった。
俺はあまりの早さに呆然としたままその背中を見ていたのだが……この切り替えの早さがあれか? 尋常じゃないクエストクリアの秘訣だったか? ……いや、これが星さんの人柄なんだろう。
そんなことを考える。
しかして——
「次はりさこさんに会えるといいね」
「だなー。まぁりさこ次第だけど、ガチ惚れしてんの分かるからちょっと応援したくはなるんだよなー」
「レッピーさん優しいね」
「そうでもねーよ。隣でずっとくしゃみされてたら鬱陶しいって思ってたし」
星さんを見送ってからだいが星さんを気遣うことを言って、レッピーがそれに応答する。
でも、たしかにあの反応はガチで惚れてるからか。そしてよく考えたらレッピーはまたオフろうって言葉もかけてたし、たしかにレッピーにもレッピーなりの気遣いがあったのだろう。
こういうとこなぁ……なんだかんだでレッピーが居心地のいいフレンドであり、いいギルドリーダーたる所以なんだろな。
「うし! じゃあもふっか!」
「だね。ほら、ゼロやんも行こ」
「ん、ああ」
そして3人になった俺たちは早速10匹くらいいらっしゃる猫たちの方に近づいて、お店の中央にある横長の椅子に、俺を中心にして左右にだいとレッピーが着席した。
いや、なんでレッピー俺の隣やねん! だいの隣に座らんかい! と、俺が思った瞬間——
「星いなくなって、ハーレムじゃんお前」
これを言うための着席だったのだろう、予定調和のようにその黙ってれば可愛い顔をニヤケさせて、何ともイラッとすることを言ってくる女が現れたので。
「だいは分かるけど、あと誰よ? ……あ、ここの猫たちもしやメス?」
と、俺がカウンターを繰り出すと——
「ぶっ殺すにゃん」
「〈Reppy〉のマクロセリフだろそれ! っていうかその声でそんなこと抑揚なく言うな! 逆にこえーよ!」
予想を超えたカウンターに対するカウンターが返ってきて、結局俺は被弾する。
そんな俺らのやりとりに、だいはいつの間にか膝の上に乗せた猫を撫でながら笑っていた。その姿はさながら貴族令嬢そのものだ。
「LAでの会話も面白いと思ってたけど、リアルでも二人の会話面白いね」
そして楽しそうに目を細めて笑うだいが、何ともまぁ品のいいことを口にすれば。
「え、そんなん思ってたん!? そう思ってたんならもうちょっと会話入ってくりゃよかったじゃん」
軽いべらんめぇ口調でレッピーが返答してみせる。
二人の雰囲気は対照的で、さながら血統書付きの猫と野良猫みたいな、そんな感じを覚えさせられた。
「え、ちゃんと反応してたよ?」
そしてまた
「いや、だいの反応って『はい』か『うん』と『いいえ』か『ううん』くらいだったぞ?」
ってことだから。
今でこそ割と話すようにはなってきたけど、昔のLAでのだいはマジでぜんっぜん喋んなかったからな!
「寡黙キャラかと思ってたら、こらガチ天然か。加えてくそ美人でおっぱい星人とか、これもう幸せ過ぎてゼロやん死亡フラグだろ」
「勝手に殺すなおいっ」
そして俺の指摘に乗っかったレッピーのワードチョイスに、俺はツッコミだいが赤面。
いやほんと、お前ら猫愛でに来たんじゃねーのかよ?
そんなことを軽く思ったりしながらも、俺とだい、俺とレッピー、だいとレッピー、延べ21年ほどの付き合いを重ねてきた俺たちの
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