第598話 さりげなく感じる人の成長

 11月29日、日曜日、午後4時ジャスト。

 段々と昼の光が夕陽に変わりゆくのを感じさせながら、ガタンゴトン、なんて音を立てずに、静かに運行するモノレールが動き出す。

 これから夜に向かう時の中、一緒に行動するのは当然だい。だけでなく、今はそれに加えて悪友レッピーとスーパーLAプレイヤーの星さんの4人行動になっていた。

 しかしほんと、普段はリアルの関わりを持つことのない1と0の世界の住人同士で、ついさっきまでは身体を動かして遊んでいたなんて驚きだよな。

 しかも奇跡的だと思うが、4人中4人が運動神経が悪くなく、バッティングゾーンを終えた後のチーム対決はかなり白熱した試合が展開された。

 ちなみにチームは男女それぞれじゃんけんし、その勝ち負けでチームを決め、負けチームが俺&レッピーで、勝ちチームがだいと星さんとのチームだった。

 対決した1種目目はバスケットボールで、時間の都合もあり5分1セットの2on2だったのだが、バスケ経験者だったという星さん率いるだい&星さんチームに俺とレッピーチームが食らいつき、結局負けはしたものの、レッピーの獅子奮迅の活躍により10-8までは競ることが出来た。

 そして次にやったバドミントン10点先取制バトルでは見事バスケでの雪辱を晴らすことに成功し、俺とレッピーチームが勝利した。とはいえここも10-9の大接戦。

 そしてそして最後にやった卓球10点先取マッチで雌雄を決しようとしたけれど……ここは俺とレッピーの息の合わなさとだい無双が発生し、4-10の完敗だった。

 とまぁそんな感じで残された時間を俺たちは年甲斐もなく駆け抜けるようにギリギリまで遊び倒し、その後急げ急げと軽く走りながら再びのゆりかもめへと戻ってきたのが今である。

 で、そんな静かに揺れ動くゆりかもめの中にて——


「いやー、しかしまさかだいがあんなに運動出来るとは思わなかったぜ。ゼロやんとは性能ちげーな」

「おいっ」


 全種目で安定したプレーを見せていただいへレッピーが驚きと称賛を告げ、当たり前のように俺をディスる。

 そんなレッピーに俺は一睨みを効かせるが、こいつは試合中不届にも「あんなに胸に重さのハンデ背負ってんのに動き機敏過ぎんだろ」なんて言ってきて、その発言による視線誘導で俺のミスが誘われて、卓球はマッチポイントを奪われたりしたからな。あの敗北は俺だけのせいではないわけよ。


「ふふん。これでも運動部顧問ですから」


 そんなレッピーの発言に食いかかった俺をガン無視し、だいがレッピーに軽くドヤ気味に微笑み返す。

 しかし流石負けず嫌いのだいさんだ。自分のチームが勝ったからと、今はかなりご機嫌そう。

 可愛い。

 そんなニコニコのだいに——


「あっ、そっか! 【Teachers】だから先生やってんのか! で、部活あるってことは中学か高校の先生なのか?」

「ああ。俺もだいも高校だよ」


 今度は星さんが反応して、俺がそこを補足する。


「あー、そっか。普段の運動量はたしかに違うわなー。ハンデもらっとけばよかったわ」

「でもゼロやんも運動部顧問だよ?」

「おいおい。こいつとだいを比べるなんて烏滸がましいだろって。まぁじゃんけん負けてコレとチーム一緒になった段階で、鋭いアタシにはこれが負け確イベントだったのは分かってたんだけどな!」

「ええいっ! いちいち失礼だなおいっ」


 そして俺が星さんに答えた後、先ほどまでの戦いを振り返ったレッピーがやや悔しさを見せたりしたけど、ほんとこいつは口が減らねぇなぁ!

 そんなレッピーにだいは可愛らしく軽いドヤ顔を見せてたけど、しかしあれだね。だいとレッピー、本当にあっという間に仲良くなったもんだな。

 ……いや、星さんともスムーズに会話しているし、これは仲良くなったじゃなく、だいが社交的になった、だな。

 レッピーと話すだいの様子は昔のだいとは大違いの、柔和で穏やかで、誰に対しても優しそうな、そんな雰囲気を漂わせているのだから。


「でも高校の先生かー。すげぇよな、先生って。子どもの頃先生ってなんかすげー特別な人に見えてたなー」

「いやいや、そんなことないって」


 そして改めて俺とだいが高校教員ってとこに話を戻した星さんに俺が謙遜を見せるや否や、何故かだいと話していたはずのレッピーがこちらに視線を送り——


「あー、なるほど。JKパラダイスってやつか」


 なんともまぁ浅はかな、周りに聞かれたら誤解されそうな発言をかましてくれた。

 とはいえ、こんなこと言われるのは割とそこはかとなく慣れていたので——


「そのブランドの価値は、学校の中の人間にとっちゃ無価値なんだなこれが」


 俺は「ばーか」と言わないながらもそれを伝えるようなリアクションで応答する。

 だってあの場所をパラダイスとか、そんなこと思ってたら仕事になんねーだろ、普通。

 でも——


「いやー、その顔だしゼロやんモテるんじゃないのか? ほら、女子高生って年上がカッコよくて見える世代だろ?」

「いやいや——」

「ゼロやんかなり人気よね。うちの部員たちも、『うちの学校にも北条先生くらいカッコいい先生いたらよかったのに』って言ってたよ」

「えっ、マジ!?」


 レッピーをいなした俺に対してさらに質問を投げかけてきた星さんに謙遜しようと思ったら、まさかまさかの発言をだいがかましてきたせいで、俺は思わず電車内にも関わらず大きな声を出してしまった。


「北条先生? うちの部員? それがゼロやんの名字としても、今時の高校生って顔がいいと他校の先生も知ってんの?」


 そしてレッピーはレッピーでだいが言った「北条先生」をピックアップしつつ、なかなか鋭い質問を投げかけてくる。

 しかしそういやたしかに本名は名乗ってないのか。【Teachers】のオフ会は何故か本名公開がスタンダードだったけど、レッピーの本名ってなんなんだろ?

 ……でもまぁ今回は……いっか。別にレッピーの本名知りたいってわけじゃないし、こいつは俺にとって〈Reppy〉で、俺はこいつにとって〈Zero〉。それでいいだろうし。


「俺もだいも女子ソフトの顧問やっててさ、お互い人数9人いねーから、合同チーム組んでんだよ俺たち」


 あえて名前については触れなくてもいいやと判断した俺は、何故俺が月見ヶ丘だいの学校の生徒に名前を知られてるのかを説明したのだが——


「おいおいマジかよ。すげーな。……ん? 顧問同士付き合ってんの、生徒たち知ってんの?」

「うん。知ってるよ」


 俺の答えを受けて、ふと何かを思ったように追質問をしてきたレッピーに、今度はだいがさらっと答えたら——


「マジかよ。そんなん生徒からしたら超ゴシップネタ過ぎて集中できねーだろって」

「え、あー、いやー……」

「う、うん。そういうことも、ちょっとはあるかも?」


 経験上ちょっと笑えないご指摘を受けてしまい、俺とだいは思わず苦笑い。

 いやぁ、色々あったよね、うん。


「おいおいやってんなー」


 そんな俺たちの様子からきっと色々察したのだろう、レッピーがそれはもう嬉しそうにニヤついて俺の背中をバシッと叩くが、俺たちはこれ以上はノーコメントとさせていただきます。

 黒歴史には封印封印ってね。


 と、そんなこんなの会話を繰り広げながらもゆりかもめは確実に進んでいき、楽しい会話も宴もたけなわ、俺たちは新橋で山手線に乗り換えて、新宿の猫ちゃんたちの元へと向かうのだった。

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