第597話 言葉にしない関係

「なんで猫ってあんなに可愛いのかしら」

「同意する。つーかあれだな、猫モフりたくなってきたな」

「あっ、分かるっ」

「この後猫カフェいかん?」

「いいねっ、行きたいっ」

「……へ?」


 自販機近くの背もたれのない箱のような椅子に並んで腰掛けて、互いのスマホを見せ合いながらまるで昔からの友人のように語り合う二人の会話が盛り上がること十数分、俺と星さんがこそこそLAの話をしていた中、突然俺に話題が振られた。

 いや、君たちめっちゃ盛り上がってるけど、LAの中じゃフレンド登録もしてないよね?

 そんなツッコミが浮かぶけど、これはそっと胸の中に収めとこう。

 だって、レッピーの提案に同意しただいが目をキラキラさせながら俺を見てくるから。

 いや、だいだけじゃない。何気にレッピーの視線も俺を向いている。

 しかもその視線には、何か二人からの期待のようなものが込められているような、そんな感覚を覚えさせられた。

 って、いや何で俺よ? その唐突さに俺が完全に間抜けな顔を浮かべていると——


「星も猫に詳しくなりゃりさこと猫トーク出来んじゃんな? ってことはほら、これは猫しかあるまいて」

「……! お主、孔明か!?」

「ゼロやんさっきの罰ゲームの権利使うね。私たちを猫カフェに連れて行きなさい」

「え、それ今使うの!?」


 レッピーが視線を星さんに移し、だいは変わらず俺を見たまま、両者がほぼ同時に告げた言葉へ俺たちメンズの反応は二者二様。どちらも驚いたのは一緒なのに、その驚きの理由の違いは明らかだった。

 でも——


「私は猫を所望するのじゃ」

「いや、そんな女王様みたいな——」

飼い猫リアルレッピーに会えないなら、猫カフェに行けばいいじゃないってやつだろーが」

「いやどこのアントワネットさんだそれ。聞いたことねーよっ」


 俺だけが同意してないと思ったからか、今度はだい&レッピーの連携攻撃を向けられて、俺は防御ツッコミを余儀なくされる。

 とはいえ、だ。今日はだいとのデートの予定で、ここにはまだ来たばっかで、この後のプランニングもあったのに、そんな言い訳も浮かぶけど、今目の前にある彼女の期待を込めた表情を見てしまっては、ここでNOなんかは言えやしない。

 まぁ、うん。惚れた弱みってやつなんだよなー、結局。

 俺はだいの笑顔が見たいから、今日デートに誘ったわけですし。

 その笑顔をどうすればもっと見られるか、それを考えたら、ね? こんな無茶振りに応えるのもやむを得まい。

 そして変わらずぐいぐい迫ってきそうな二人を両手で制止して——


「分かった分かった。とりあえず探すけど電車移動あっても文句言うなよ? あと、星さんも行くでいいんだよな?」

「都心だったら許してやらあ」

「うん、ありがと」

「おう! レッピーについてくぜ!」


 てなわけで、俺はこの急な提案に対し全員の確認を取ってからスマホを取り出して、猫カフェの場所をサーチ開始。

 この間星さんは手持ち無沙汰だったけど、変わらずだいとレッピーは会話を続けているようで、まさかこの二人がこんなに仲良くなるなんてと俺は正直びっくりだった。

 偶然たまたま出会っただけで、そんなに波長が合うと思ってなかったのに……まぁでもタメで、なんだかんだLAでの知り合い歴が長いから、ってことなのかね。

 そんなことを考えつつ、なるべく色んな猫がいらっしゃるところに目星をつけて、電話して予約出来るか確認を繰り返すこと4件目にして——


「新宿んとこで、17時からなら入れるらしいけどいいか?」

「今… 14時45分くらいか。ちょっと遊んで移動したらちょうどいいじゃん、アタシはおっけー」

「うん、探してくれてありがとね」


 ご満悦そうなお姫様方の了承を頂けて、俺は無事大役を果たすことに成功した。

 ちなみに新宿になったのは、行き先が新宿ならほら、俺とだいの帰りが楽だからってのも密かにある。レッピーの住んでるところは知らんけど、新宿からならどこだってたぶん帰りやすいはずだろうし。


「ゼロやんはしごできだな!」

「いやいや——」


 そんな思惑で店を見つけた俺に星さんが純粋な表情で賞賛してきてくれて、俺はちょっぴり心が痛む。

 そんなちょっとした罪悪感を抱えながら、俺が謙遜しようとすると——


「ガンナー以外にも出来ることあるとは、2ミリくらい見直したぜ」


 星さんとは対照的に傲岸不遜なレッピーからのありがたいお言葉が耳に届き、俺の言葉が途中で止められた。

 その内容に俺が文句の百や二百投げかけてやろうと思った矢先——


「それ全長どのくらいのうちの2ミリなの?」

「全長は3776メートル」


 だいの謎の確認に対して、レッピーからはアホみたいな数字が告げられた。

 当然その数字を耳にした俺は——


「富士山かよっ!」


 ってツッコむけれども——


「あと188万8千倍頑張ればカンストね」

「うおっ、計算はやっ!」


 俺のツッコミをスルーしてガチなのかボケなのか分からんテンションでだいがレッピーへ補足をかまし、それにレッピーが驚いた。

 その様子に俺は「なんたってだいは数学の先生だからな!」とドヤってやろうと思ったら——


「でも甘いな! いつから初期値が0と錯覚していた?」

「マイナスかよっ!?」


 流れるようにボケの二重構造を展開され、俺は結局ツッコミを入れずにいられなくなった。

 そんな俺に——


「アタシの中のお前だぞ?」


 にっこにこの笑顔が向けられて——


「そーだね。たしかに俺もお前はマイナスだったわ」


 お返しとばかりに、俺も満面の業務用スマイルをお披露目する。

 いや、ほんと黙ってれば可愛いくせに、こいつマジレッピーすぎるだろ。


「二人は本当仲良いな!」

「「よくねーよ?」」


 そんな俺たちに星さんが何ともナンセンスなことを言ってきて、俺とレッピーは不覚にも返事をハモらせた。

 その予想だにしなかったハモリに俺とレッピーは目を見合わせて——


「黙ってれば顔は可愛いのに——」「黙ってりゃ顔はいいのに——」「「残念だなお前」」


 嫌味の一つでもかまそうと思ったら、そこでもまさかの大シンクロ。

 なんたる不覚。一生の不覚。

 これには俺らもさすがに言葉をなくしてしまったが——


「すっごい仲良しじゃない、本当は」


 口元に手を当ててくすくす笑うだいの笑顔に、俺らは再度目を合わせてからバツ悪く視線を逸らしか出来なかった。

 そんな俺たちに——


「じゃあゼロやんはレッピーさんのこと嫌いなの?」

「え、あ、いや……」

「レッピーさんはゼロやんが嫌い?」

「まー、嫌いってわざわざ口にするほどでもねーかなー……」


 まるで保育士さんかのようにだいが俺とレッピーを仲裁し、改めて考えるとそうじゃないんだけど、それでも認めたくはない感情が去来する。

 いや、そりゃ俺だって嫌いじゃないというかレッピーはフレンドとして好きだし、たぶん向こうも同じ感覚だと思ってるよ。それくらいは分かる。分かる、けど……口にするのが恥ずかしいってことあるじゃんな?

 というかむしろ、俺とレッピーはこれでいいのだよ。

 急に仲良しこよしな感じになるなんて、くすぐったくてしょうがないんだから。


「この後もまだみんなで遊ぶんだし、みんなで仲良くしましょうね」

「そうだぞ! 人類皆兄弟って言うだろって!」


 でも、そんな俺とレッピーの感覚がいまいち伝わってない二人はこんなことを言ってきて、結局俺とレッピーは顔を見合わせて苦笑いせざるを得なくなる。

 でもまぁ、この感覚は俺らが分かっていればいいのだろう。

 友達って口に出さなきゃいけないような関係じゃないんだし。

 たぶんレッピーも、おんなじ感覚を持ってるだろう。

 そんなことを考えているうちに——


「じゃあもうちょっとここで遊ぶんだし、さっきのバッティングゾーンにもう一回行きましょ?」

「うし! 今度こそ目指せホームランだな!」


 俺たちの反応に何か納得したのかは分からないが、だいが楽しそうに移動を促してきて、それに星さんが追随した。

 そして二人の先行する背中を見ながら。

 

「だいかと思ってたけど、お前の彼女なかなかつえーのな」

「人は成長するからなぁ」


 後を追う形となった俺の横に並んだレッピーの苦笑いは、明らかなだいへの賞賛だった。

 LAの中でのだいの印象ったら、常に俺についてくる、そんなイメージだったのだろうけど——


「いい女だろ?」

「ばーか」


 調子に乗った俺に返してくるレッピーのグーパンには、きっと同意の意味が込められているような、そんか気がするのだった。

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