第596話 あなたは何派?

 なぜレッピーと星さんが二人でいるのか? そんな俺の問いかけに、全員の顔が俺へ向く。

 向けられた顔は全員がまるで「そういえば!」みたいな顔だったんだけど……いやだっておかしいじゃん? どう考えたって俺の質問は普通じゃん?

 りさこに「惚れた」っつってんのに、今一緒なのレッピーじゃん? しかも二人って状況じゃん? おかしくね?

 ……え、俺間違ってないよね?

 そんな自分の正当性の確認を喉のギリギリでなんとかかんとか抑えつつ、俺は向けられた顔たちの中から。星さんに対して視線を返すと——


「まーなんつーかあれよ。アタシも星もけっこう可哀想なんよ」

「アタシ、も?」


 何故か返事はレッピーからやってきて、俺はそちらに向き直る。その顔は……何とも言えない表情を浮かべていた、のだが——


「あ、最初に言っとくぞ? こいつは自分でも言ってたがりさこに惚れてる。あんだすたん? つまりアタシと星に男女の関係なんか一切ねーからな? 変な勘違いすんなよ?」

「え、あ、うん。分かった分かったって」


 ハッとしたような顔に切り替わったと思ったら立ち上がり、今度は急に嫌そうな顔に変身して、ぐいっと俺に詰め寄ってくる。

 急に近づいてきたレッピーを俺は両手で制止しつつ引き気味に頷くが……こいつ……も、もしやあれか? 俺がレッピーと気付く前に二人をカップルだと思ってたのを読んだのか……!?

 ……いやいやいや、いかなレッピーとてさすがにそれはなかろうて。

 でもならば尚更、この状況が意味わからんのだが……。そんな疑問が顔に出たのだろう——


「本当は今日、りさこも来るはずだったんだよ」


 詰めてきた距離から戻ったレッピーが両手の平を上に向けながら「やれやれ」みたいな顔を浮かべ俺の疑問に回答する。

 本当はりさこも来るはずだった。

 なるほど、つまりそれは今日という当日に急に来れなくなった、そんなところを意味するのだろう。

 しかしこいつ、表情も動きも豊かだなー。

 なんて、ちょっと関係ないことも思ったり。


「来れなくなったの?」


 そんなダンシングフラワーレベルで細かく動くレッピーにだいが尋ねると。


「そ。当日キャンセル。しかも集合1時間前くらい。いやぁ、さすがに参ったよね。星が何狙いなのかは前回のオフ会で感じてたからさー」


 淡々とした口調でレッピーがだいに答え、その内容にだいが「あら」と一言呟き、俺は当日キャンセルってなるとなかなかの理由があるんだろうなぁなんて思ったけど——


「え、その時にもうバレてたのか!?」


 しれっとレッピーに初めて会った時から星さんがりさこに惚れてたことがバレバレだったとカミングアウトされ、星さんがけっこうでかい声で反応した。


「ったりめーだろが。ギルドリーダー舐めんなっつーの」

「いや、そこでリーダーかどうかは関係ねーだろ」


 そんな星さんにレッピーはさも当然とばかりに鼻で笑うが、全くもってこの話はリーダーとは関係ありません、そんな気持ちで俺が呆れ顔を浮かべると——


「あ、でもあれだぜ? この前のオフ会で思ったけど、レッピーの仕切りはさすがリーダーって感じだったぞ! 話振るのうめーし、初対面の俺に対しても遠慮なく話してくれたし、おかげで早々とみんなと打ち解けられたからな」


 なぜか星さんはここでレッピーよいしょをかましてきて——


「ふっ。隠しきれねぇなぁ。アタシのこのリーダー力」

「どや顔うぜぇっ!」 


 気分を良くしやがったレッピーのニヤッとしたドヤ顔がこちらに向けられて、俺は全力でレッピーの肩を手の甲でペシッと叩いてツッコんだ。

 いや、たしかにレッピーはリーダー向きなタイプだとは俺も思う。柔軟に声かけるし、色んな提案をしてくれるし。

 それは分かってる。

 分かってるけどさ、積み重ねてきた関係的にさ、俺も「そうだよな!」って褒めるのはさぁ?

 ほら、何となく落ち着かないじゃん?

 なので——


「ちなみに誰が来たの?」


 余計調子に乗らせることのないように、俺が話を変えるべく違うところに切り込むと。


「りさこ以外は、りも〈Limon〉こじま〈Kodama〉ローエン〈Lohengrin〉

「あ、いも〈Yamuimo〉はいなかったんだ」

「うむ。あいつは東京遠いらしい」


 さらっとレッピーが俺の質問に答えてきて、話題は簡単に切り替わった。

 しかしまぁ自分のギルドじゃないのに、俺もよく【Bonjinkai】のメンバー覚えてるもんだよな。


「でもすげぇな、他はみんな東京近いのか」

「そうでもないったらないけどなー。あたしとりさこは東京だけど、星は筑波っつってたし」

「えっ、とおっ」


 今度は話をどこ住みトークにシフトすると、雑な口調ながらも律儀にレッピーからのレスが来て、その内容に俺は正直びっくりした。

 だって筑波ったら茨城じゃん? 北関東じゃん?

 宇都宮のリダを思えば、そんなんもうプチ旅行じゃん?

 そんな風に考えたりもしたんだけど——


「そうでもねーさ! まぁたしかに片道2時間だから、レッピーからりさこ来ない連絡来てももう引き返せなかったんだけどな!」


 明るく元気に切なさ込めて。

 それはもう諦めるしかなかったよねって内容を星さんが言ってきたので——


「それは南無」


 俺はおつかれの念を込めて、星さんに手を合わせて差し上げた。

 すると——


「南無」


 俺に合わせてレッピーが俺の右横に並び手を合わせ、その後少し迷ってからだいも言葉こそなかったものの、俺の左横にやってきて手を合わせるっていう南無連鎖が発生した。

 いや、何この光景シュールだな。

 でも真似してきただいの可愛いさよ。


「はぁん! つーかお前ら仲良しだなっ!」


 そんな南無ラッシュに星さんは顔に手を当てた後、もう笑うしかなかったみたいだけど、うん。この笑顔はなんかちょっと悲しいね。しょうがないけど。

 ……ってあれ? 本当にしょうがないんだっけ? そもそもりさこはなんで来れなくなったんだっけ……と俺がハッと気付いて考えだしたところで——


「ちなみにりさこさんは何で来れなくなったの?」


 おお! これぞ以心伝心さすがだい! 見事に俺の聞き忘れてたことを聞いてくれたではありませんか。

 ってことで俺もだいに合わせて質問の相手たるレッピーに視線を向けると。


「あー、りさこの飼ってる猫が具合悪そうだから病院連れてくって——」


 「ん?」とだいの方に顔を向けて南無ポーズを解除したレッピーがそう口にするや——


「え、猫飼ってるんだ。それは仕方ないね」


 「猫」ってワードが出た瞬間、だいの表情が変化した。いや、マジでだいの猫に対する反応速度の凄まじさたるやでしたよ。

 まぁこいつが猫好きなのは知っているからね。猫の話になったらそうだろね。


「そんな優しいとこもいい女だよな!」


 そんなだいの反応を見た星さんは変わらずいい笑顔を浮かべていたが、たぶん星さんは「りさこが優しいから仕方ない」と思ったんだろうけど、だいの感覚は「猫のことは最優先」なんだよなぁ。

 まぁ結果は一緒か、うん。


「りさこさんの猫ちゃん、具合は大丈夫なの?」

「そこはまだ連絡ねーな。ま、アタシも実家で猫飼ってたから、猫と星を天秤にかけたら100:0で猫優先だしなー。りさこの気持ちは分かる」

「そうね。私もよもぎが具合悪いってなったら、ゼロやんとの予定あってもキャンセルして実家帰るもの」


 そして星さんの笑顔など眼中にないかの如く、レッピーも猫飼いだった発言から女性陣たちの猫スイッチがオンになる。

 あ、この猫スイッチはにゃーにゃー言い出すとかっていう可愛いやつじゃなく、猫について語り出す方のスイッチな。

 にゃーにゃー言うのは……だいがやったら超絶可愛いけど、レッピーは……ううむ。オンで知り合いじゃなくて、今日が初対面だったらきっと可愛いとは思っただろう。あんまり認めたくないが、客観的に見た目はいいし、声も高くて可愛いから。

 でも、ううむ。

 ……いやぁ、あのレッピーが……か。

 中身を知ってるってデカいな。

 なんてことを俺がこっそり考えてると——


「よもぎ?」


 と、レッピーがだいの発言を聞き返す。


「あ、ごめんね。私も実家に猫がいるの。すっっっっごい可愛いのよ?」


 その問いかけにだいが物凄いためを作って答えるけれど、たしかに固有名詞はね、ちゃんと説明しないと分かんないよね。

 でもきっと話しながらよもぎちゃんを想像したのだろう、一瞬にしてだいの表情が幸せと親バカに溢れ出していた。

 いや、でもたしかによもぎちゃんは可愛い。

 俺も写真見たことあるから間違いない。

 だがきっと、これは猫飼い界では通常なのだろうが——


「おいおい? アタシんとこのリアルレッピーには及ぶまいて」


 さも当然と言わんばかりに、だいに対抗するように今度はレッピーが親バカ感を出してきたのだが——


「え、レッピーってそっから取ったの?」

「もち」


 〈Reppy〉の命名理由がここで明らかになり、俺は軽く愕然とした。

 そうか、リアルレッピーが猫だから〈Reppy〉は猫耳獣人にしたってわけね。

 ちなみにこの話が始まった後のレッピーはなかなかにテンションを上げており、明らかな猫好き感が伝わった。

 あー、これは……。


「どんな子? ちなみにうちのよもぎはこんな感じの子だよ。可愛いでしょ」


 長くなるなー。

 そう思いながら、俺はパッと自分のスマホの画面をレッピーに見せるだいの我が子自慢を眺めだす。

 当然だいが見せれば——


「ぬ、アメアメリカンショショートヘアか? たしかに可愛い……なかなかやるじゃねーか。だがな、うちのレッピーもほら、さらに可愛いだろっ」

「わっ、可愛いっ! このもふもふはサイベリアン? すごい。こんなおっきいんだね」


 ですよねー。

 そんな完全予定調和の流れが発生し、これは止められないのだから俺もせっかくだからとレッピーの画面に目を移す。


「おー、たしかにすげーもふもふだな。リアルレッピー可愛いじゃん」


 そしてそこに写っていたのはだいのとこのよもぎちゃんより二回りほど大きな、手足が白く、身体は黒と茶のまだら模様の長毛猫で、その子の見た目を褒めようとさらっと一言言ってみたら——


「やめろ! お前にリアルレッピーって言われるとなんかキモいっ」

「ってぇなっ!?」


 ドスって音が出るレベルでガチグーパンが飛んできた。


「リアルレッピーってお前じゃねーよ! つーかお前がリアルレッピーって言ったんだろうがっ」


 そんな暴力に対し俺はこの理不尽を訴えたのだが——


「でもレッピーさんもリアルレッピーと言えばリアルレッピーよね。うん、リアルレッピーどっちも可愛い」

「ええい、やめいっ」


 だいもこの流れに乗ってきて、星さんを完全に蚊帳の外に置く形でリアルレッピーを褒めることによるレッピーいじりが発生した。


 でもまぁ、うん。その後の流れなんかは、予想通り。

 リアルレッピーについては置いといて、うちの子が可愛い、いや、うちの子が可愛い、たしかにどっちも可愛い、猫って可愛い……そんな「可愛い」連呼の女子トークが発生したわけである。

 こうなっては、為す術無し。

 楽しそうに盛り上がる同い年の二人を眺めながら、俺は一体どこに何しに来たんだよと思いつつ、しばし星さんと一緒に二人の会話を聞くに至るのだった。

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