第594話 8年ほどじゃないけれど

「しかし世の中って狭いんだな。この広い東京で知り合いに会うなんて」


 驚き、よりもなんだか爽やかな感じを醸し出す男性が話しかけてくる。歳の頃はおそらく俺より5,6個くらい上。身長は俺より高い170後半くらいの、割としっかりした体格をした短髪。その目には……明らかに好奇心が宿っている。

 しかしほんと、さっきまで体育会系カップルと思って見ていた時はもう一人の女性とお似合いだと思っていたのに、あの女性の中身がレッピーと知った今となっては印象が540度変わって見えるからあら不思議。

 なんでこんな爽やかな人が、口悪の権化のようなレッピーと……!?

 と、一周半回って押し寄せた困惑に俺が返事を窮していると——


「狭いどころじゃないんだなー、これが」

「ん?」


 さっき男性が話しかけて来た時は完全に「あ」みたいな顔をして絶対その存在を忘れていたであろうレッピーが、男性の二言目を受けて何故か勿体ぶるような謎のドヤ顔を浮かべている。

 でもなんだろう、なまじ見た目がいいのにその中身を知っているせいで、このドヤ顔にちょっとイラっとするから不思議だね。

 せっかく見た目は可愛いと綺麗の中間なのに、中身がアレなんだもんなぁ。美人の無駄遣い、とはこのことだろう。

 なぁんて、男性への対応を見せたレッピーに対し、なかなかにクズいことを思っていると——


「知り合いってのは、アタシの26年間で会ったことがある奴だろ? でもこいつらはその中でもさらに限定的な、特定の場所でしか会えない奴らで、しかも知り合いなのに初対面なんだぞ?」

「……ん?」


 ドヤ顔を浮かべたまま割と早口かつ何とも回りくどい言い方で、レッピーが男性に俺らとの関係を説明する。

 たしかに今言ってたことは間違ってない。だがそれは俺が俺とレッピーの関係を知っているからすぐ分かったわけで、こんな長くてくどい説明を受けては当然すぐには分からなくても仕方がない。

 そんな反応を示すように、男性の方は露骨に首を横に傾けた、のだが——


「つまりあれか? LAのフレンドか?」

「「え?」」


 半信半疑の顔をしてるのに、まさかまさかの口にした言葉はどストレートに正解のワードで、俺とだいはその驚きを同時に声に出してしまう。

 しかし、何で分かったんだ?

 今度は俺とだいが疑問に思ったのだが、レッピーのニヤリとした表情を確認するや否や——


「レッピーとフレンドってことは、同じサバサーバーだろ!? え、誰々!?」

「ちょっ!?」


 目を輝かせ、急かすように俺の前に出て来て両肩を掴んできて、爽やか男性が一瞬にして目を爛々とさせるゲーマーへと変貌したではありませんか。

 そして感じた。


 あ、この人同じ穴の狢だ。


 そう思い出すと、さっきまで感じてた爽やかさを一瞬にして虚空へ消し去った男性しか残っていなかった。

 そんなグイグイくる相手に対し、俺が困惑していると——


「あれ、さっき……」


 囁くような小さな声が、すぐ真横から耳に入る。

 その声に気付き、俺がそちらへ視線を向けると、そこには口元に手を当てて何か考え混む美女の姿があり——


「だい、どうした?」


 俺は正面の相手を避けるように、考え混む彼女に問いかけた。

 すると——


「あ、うん。さっき——」

「え!? だい!? だいさん!? お兄さん今、だいって言ったのか!?」


 答えかけただいの言葉を完全に飲み込んで、俺の肩をぐわんぐわんと揺らしながら、だいだいだいだいと喧しい言葉が響き渡る。

 いや、なんだよこいつうるせぇな……え? 

 そのうるささに気を取られたが、今この人、だいの名を呼んだ、のか?

 そのことに気づいた俺は、ハッとしてだいの方に視線を移したのだが——


「うん。ゼロやんと違って私はフレンド少ないからさ、私のこと知ってこんな反応するのはたぶん数えるだけしかいないと思うのよね」

「え、つまりし——」

「あ! お兄さんが噂のゼロさんか! やー、噂はかねがねって奴だな!」


 今度は「つまり知り合いなのか」ってだいに聞きかけた俺の言葉を遮って、一人盛り上がるゲーマーさんがよく分からんことを言ってくる。

 いや、でもなんだよ噂って。かねがねの噂ってどんなんだよ、と疑問は浮かぶが、どうやらそれを尋ねる隙はなさそうで——

 

「さっきレッピーさんが星って呼んでたけど、つまり、星さんなんですよね?」


 だいがまだ俺の肩に手を置く男性に問いかけるや——


ぃやすっイエス! そう!!」


 ぐいっと急旋回してその顔をだいに向け、びっくりするほどのハイテンションで頷いた。

 その頷きに、だいが柔らかな笑みを浮かべ——


「はじめまして〈Star〉さん。改めまして、私が〈Daikon〉だいです」


 そう言って、可憐に一礼してみせた。

 その姿に俺は言葉を失う。

 それは美しさに見惚れたのもあるし、〈Star〉という名前に対してもあったが、何より。

 何よりあのだいが、LA上で知り合いだったとはいえ初対面の相手にこんな対応をすることへの驚きだった。

 いつの間にこんな社交的に、いつの間に……。

 そんな俺の硬直をよそに——


「うわっ、ガチ美人の微笑みやばっ! 尊いなおい!」


 なんとも俗っぽい反応を見せたレッピーに、俺はそのバステ硬直から回復する。


「てか〈Star〉さんて——」

「てかだい星とフレだったん?」


 そしてだいにこの男性について聞こうと思った矢先、即座にレッピーが俺の言葉を遮るように質問する。


「あ、うん。星さんって武器製作職人さんでしょ? 私は防具製作やってるから、その繋がりで知り合ったの。バザールでよく素材の出品でも買い付けでも名前見るからって、4年前くらいかな? 星さんからメッセージきたことがあってね、素材狩りで防具製作に使わないのが出たら、融通し合わないかって提案されて、そこからちょくちょく話してるの」

「そ! メッセージだけの、パーティ組んだこともないっつー変なフレンドだけどな!」


 レッピーの問いに少し楽しそうに答えただいの話は、知っていた。

 だがそれよりもだ、〈Star〉さんて、あの〈Star〉さんだよな?

 それを聞きたくて俺はまた口を開こうとしたのだが——


「なるほど! じゃあ全員知り合いなら、こっからは一緒に遊ぼうぜ!」


 またしてもレッピーの言葉に、俺の言葉は飲み込まれたのだった。

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