第593話 ここで会ったが8年目

「え、えっと?」


 俺を見つめてくるくりっとした活発そうな瞳は、綺麗だった。

 でもそれを「綺麗ですね」なんては返せない。

 だいの手前な上、そもそもこの人初対面だし。

 とはいえ誰なのか知らない相手に急に見つめられても困るので。


「あ、あのー……?」


 俺は困惑したままもう一度声をかけてみる。

 だが、俺に向けられた眼差しは段々と怪訝そうに細められるばかりのみで、何も言葉は現れない。

 俺もどうすればいいか分からないから、戸惑ったまま目線をずらせない。

 そんな謎の緊張状態のなか、スポーティ美人さんはひたすらにじっと俺を見つめてくる。

 その瞳に宿った感情は……何だろう? ……え、どっかで会ったことあるのか?

 そんなことを考え出す内に——


「どうかしましたか?」


 俺と謎の女性の間に漂う変な空気を察してくれたのだろう、だいが俺と女性の間に立つように不審な行動を見せる彼女に声をかけると——


「え?」


 今度はその視線がだいに向けられて、驚いた色を浮かべてだいを向いたまま止まってしまう。

 この反応は、まるで知っている人に会った時のような、そんな反応に見えたが……だいの反応的に知り合いって感じは、たぶんない。

 それ故か今度はだいが困惑しながら女性と見つめ合うという、謎の硬直状態が発生する。

 そんな状況に、「いやマジ誰よ?」と疑問が頭の中で渦巻き出す。

 耳に入るのは、周囲のがやつきと、バスッ、バスッというマシーンから投じられるボールが防球マットに当たる音。

 俺たちの会話に一切気付かずさっきの体育会系っぽい人はバットを振ってるみたいだが、どうや野球は素人らしい。

 わけのわからない状況の中、俺はそっちにも意識をやった時——


「ちょ、レッピー! 全く当たらんのだけど!」


 空振りに空振りを重ねていたであろう男性が、おそらく今俺たちと対峙している女性に弱音を投げた。

 そしてその言葉に——


「「レッピー……?」」


 ハッとしたように俺とだいの声がシンクロする。

 そう。その名前知っている。

 ずっと前から知っている。

 今俺たちが耳にし、口にした言葉は、俺のよく知る、そして俺をよく知る1と0の世界の友の名で——


「ゼロやんと……だい、か?」


 俺たちが「レッピー」と口にしたからか、怪訝そうな眼差しのまま返ってきた疑問に満ち溢れた声は、今度は俺たちの名を告げるものだった。

 そしてそれはつまり、そういうことで——


「はぁ!?!?!? マジ!?!?!?」

「え、レッピーって……あの〈Reppy〉さん?」

「おいおいおいおいマジかよどこのリア充かと思ったらお前らかよー」


 世の中の 

  その狭さたるや 

   異常哉(字余り)


 あまりのことについ癖で五七五を詠んでしまったが、俺はこのまさかの出来事に開いた口が塞がらない。いや、そもそも癖で五七五を詠んでる時点で相当テンパってるか!


「その話し方、マジレッピー?」

「マジレッピーマジレッピー」

「マジレッピー?」

「マジレッピー。つーか変な鳴き声みてーに人の名前連呼すんなくそ」

「いや、え、ガチ?」

「そらあの子と違って耳はねーし、リアルのが目は大きいけど、ガチだっつーの。つか、お前ガチLAのまんまじゃん。腹立つけどキャラだけじゃなく中身もイケメンとか軽くうぜーな」

「うっせーなって言いたいとこだがその口の悪さ、たしかにレッピーみたいだなっ」

「あたりめーだろーが。で、あれよな? お前がゼロやんなら、隣のクソ美人がだいってことだよな? いや、つかだいも新しい見た目と一緒やん。誰モデルに作ったんだと思ってたら、まさかの中の人モデルかよ」

「え、あ、うん。リアルだと、初めまして」


 そしてテンパったままながら、話せば話すほどどうやらマジでレッピーみたいで、俺の脳が混乱する。

 たしかにいつぞやレッピーの中身は女だと思うってだいに言われていたけれど、まさかこんな美人とは。

 しかも毒舌を吐くくせにその声はけっこう高めの可愛い声で、声と口調のギャップがえぐい。

 だいも困惑してるのか、話す声は戸惑いに満ちていた。

 

「てか、だい胸やべーな。超おっぱいじゃん。半分寄越せよ」

「えっ!?」

「いやTPOTPO! つーかリアルだと初対面だからなお前!?」

「いや初対面っつったってあれぞ? アタシお前の顔はずっと見てきてんだから初対面感ねぇっつーの」


 そんな可愛い声で急にやばいことを言うもんだからだいは顔を赤くし、俺は全力でツッコまざるを得なくなる。しかしさすがレッピー、即座にそれにも切り返されてしまう始末。

 その阿吽の呼吸たるや、さすが長年の付き合いって感じだな!

 あ、ちなみにレッピーが半分寄越せって言ってたけど、黒のロンTの下に隠れたその部分はだいには当然及ばないながらも、どこぞのまな板さんと比べれば別にないってわけではない。

 あ、いや別にガン見はしてないからね? ぱっと見だそのくらいって話だからね?

 と、俺がひっそり不埒なことを考えていると——


「8年前?」

「ん?」

「レッピーさんがゼロやんと知り合ったの」

「あー、もうそんなか? まぁサービス開始期に入ってた【Natureless】所属ギルドからだから、そんくらいか。懐かしいなー、あん時アタシまだ大学1年だったんだぞ」

「え、年下!? だいとタメなん!?」

「そうなん?」

「サービス開始に大学1年生だと、そうね」


 だいがレッピーに俺と知り合った時期を確認したところからこいつの年齢が判明し、まさかまさかの年下だったことが判明する。

 そりゃ話してる感じとか話しやすさからたぶん年はそんなに違わないとは思ってたけど……。

 だいもそうだが、俺のLA生活って2個下の女の子とずっと一緒だったんだなぁ……。不思議なもんだ。


「しかしあれか、俺伝にだいとレッピーが知り合ったのも7年前だから、二人もけっこうな期間の知り合いだな」


 そんな2個下の二人を見ながら、俺が何気なく切り出すと。


「あ、そうだね」

「だなー。っても、向こうで俺とだいはほとんど喋ってねーからな」

「そうね。ゼロやんとレッピーさんは友達だけど、私たちは知り合いって感じかな」


 呼応するように二人が俺の言葉に反応する。

 でもそうか、友達と知り合い、たしかにまぁ、それが適切か、と思ったが——


「おいおい、この年で友達とかむず痒いのはやめてくれ。アタシとゼロやんはアレだ、腐れ縁だよ」


 露骨にやれやれみたいな、顔と動作を見せてレッピーがこう言い放つ。

 その様は何ともイメージするレッピーで——


「まぁそうな。なんだかんだの腐れ縁が適切だな」

「ふむ」


 俺は苦笑いしながらレッピーの言葉に同意したのだが、そんな俺の言葉にだいは何だか不思議そうな顔を浮かべていた。

 そんな状況の中で。


「え? 何? レッピーとそこの二人知り合い?」


 あ、そういえば向こうも二人組だったっけ。

 すっかりその存在を忘れていたが、レッピーの連れ合いだった男の人がバッティングゲージから出て、俺たちに話しかけてきたのだった。

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