第592話 戦いの結末と

「罰ゲーム何にしようかなぁ」

「お、お手柔らかに」


 小さく肩を丸めながらゲージを出た俺に、彼女は楽しそうな笑みを浮かべていた。

 自分の彼女が笑っている。

 それは素敵なことだ。

 自分の大切な人を笑顔にすることは、人生においてこれ以上ない喜びになるだろう。

 ……時と場合によってはケースバイケースなら

 今回のケースが特にそう。それはそれ、これはこれと、割り切れない感情もあるわけです。


 どうしてこうなった?


 俺は今の勝負を振り返る。


 手を抜いたのか?

 

 いや、最善は尽くした。


 でも、敵わなかった。


 勝負の世界には勝者がいれば敗者もいる。

 これは絶対の理だ。

 そして今回俺は敗者だ。

 敗者の弁は、ただの言い訳でしかな——


「でもよく立て直した方だと思うよ?」

「慰めはやめてくれ。余計惨めになる」

「そうね。私も2球目で勝負が決まるとは思わなかったなぁ」

「くっ、傷に塩を……!」


 俺が脳内でせめて敗北をカッコよく見せようと奮闘する中、だいからのフォロー追い討ち苦笑さらなる追撃が放たれて、俺のライフが削られる。

 もうやめて! 俺のライフはゼロよ! って誰がゼロやねん! って俺〈Zero〉だったわー。はっはっは! ……はぁ。

 いや、でも、だって……いや、言い訳はやめよう。

 そう、俺とだいの勝負は、だいの勝利で幕を閉じた。それは変わりようもない事実だ。

 そして勝負はだいの言う通りたった2球で決まったのだ。

 打席に入った俺が迎えた1球目、遅い遅いと頭では理解していたものの、だいと違って大きめに踏み込みをする俺はその遅さの前に見事にタイミングを取り損ねて打ち損じ、打球はバットの先端に当たるファールボールの軌道を辿った。

 正直この段階で9本ライナーだっただいと引き分け以上がなくなった。つまり俺の勝ちが消えたのだ。

 たった1球。ゲージに入ってたかだか十数秒の出来事だった。

 そしてその状況がもたらした焦りったらね、もうどうしようもなかったよね。

 案の定平常心を失った俺は2球目を痛烈なゴロで打ち返してしまい、1分経たずに俺の敗北が決定した。

 この時振り返っただいが勝ち誇った顔をしてくれていれば、彼女に勝ちをもたせてやった彼氏みたいな気持ちで俺も笑ってやり過ごせたかもしれない。だが、だいが見せた表情は、それは見事な苦笑い。コメントの一つもない、苦笑い。

 正直一番自分を情けなくてダサく感じさせる表情を見せられたわけですよ。

 いや、むしろそんなブロークンハートの中、その後よく6本もちゃんと打てたと思う。

 うん、俺はよく頑張った。そうだそうだ。

 ……まぁ、俺の負けは負けなんだけど。


「ほらほら、そんなにしょげないの。罰ゲームはこれから考えるから、せっかく来たんだし次は野球ボールのもやってみようよ」

「え、あ、うん」


 そして露骨に凹む俺に流石にだいも気を遣ったのか、切り替えた笑顔を見せてだいが次の遊びを提案し、隣の方にあるゲージへと俺の手を引っ張った。

 まぁそうだよな。しれっと罰ゲームはちゃんとやる宣言も受けたけど、今日はせっかくのデートなんだし、俺が凹んでたら申し訳ないよな。

 うん、ここは切り替えだ切り替え!


 そう思いながら俺はだいと一緒に移動したゲージ前のベンチに座って、先に待っていた人に並んで自分たちの順番を待ち始めたのだが。


「あの女の人のスイング、綺麗だね」

「うん、経験者のスイングだな」


 俺とだいが順番待ちをするゲージで心地良い音を奏でながらバットを振っていたのは、スイングの邪魔にならないように肩よりも少し長そうな茶髪を後ろ側で束ねて縛っている、だいと同じくらいの身長の女の人だった。

 マシーンの方に顔を向けているからどんな顔かは分からないけど、スラっとした細身のスタイルに、カキンカキンと鋭い打球を連発するスイングを見せるその姿に自然と目を奪われる。

 何となく爽やかなスポーティ系美人かなって思わされるような、そんな姿だった。

 でも何より本当にスイングが綺麗で、あまり足を上げないステップながらも体重移動と腰の回転がスムーズだし、その回転に導かれたバットのヘッドは決して遠回りせず、コンパクトにミートすることを意識したスイングが行われている。

 うちのチーム星見台にいたら間違いなく主軸を打ってもらいたいタイプのバッターだね。

 彼女がスイングするたびに縛った髪が揺れるのも美しく見えて、ついついその姿に見惚れてしまったんだけど、だいも黙っているようだったから、たぶんそのスイングに見惚れていたんだろう。

 そして1,2分ほどでマシーンの動きが止まり、見事なスイングを披露した彼女がバットを置いてゲージを出ると——


「すごいね! めっちゃ上手いじゃん!」


 どうやら俺たちより先に待っていた男の人は今打っていた人の連れだったようで、ゲージから女の人が出てくると同時に立ち上がり、彼女を大袈裟に賞賛していた。

 年齢はきっと、俺より上。けっこう彫りの深い男前で、大和ほどではないが割と体格が良く、その見た目と短めに刈り上げた短髪と声の大きさから、何となく体育会系なんだろなって感じがした。

 それに対して出てきた女性は褒められたことに喜んだりはしてなかったけど、バットを振っていた時の印象そのまんまな何とも爽やかさを感じる顔立ちで、くりっとした瞳にパッチリ二重、スッと伸びた鼻梁と薄い唇と、男性より年は下だろうがお似合いな二人だなと思わせるルックスを備えていた。

 なんだろ、系統的にはスポーティさから大和ぴょんペアを彷彿とさせるけど、爽やかさが段違いな感じだな。

 まぁあの二人は中身を知ってしまっているから持ってる毒を知っている、ってのもあるんだろうけど。

 きっとこの女の人は爽やかに「まぁね!」とか返すんだろうなぁ、なんて思っていたら——

 

「そらアタシ経験者様だからなー。でも久々にやったけど、ボール打つのは気持ちいいなー。アタッカーなった気分だわ」


 思わず「え?」と声が出かけた。

 だって何と言うか急に横柄で尊大な態度になって、ドヤドヤって感じになったから。

 っていうか、アタッカー?

 その言葉も耳に残ったのだが——


「いや本職アタッカーっしょ?」

「うるせぇチートアタッカーが。アタシは最近めっきりヒーラーばっかなんだよ」


 なんか聞いたことある単語に俺は思わずだいと顔を見合わせる。

 とはいえ他のMMORPGだってアタッカーとかヒーラーって言葉はあるだろうからな。

 LAの話って勝手に決めつけるのはよくないか。

 そんなことを思ったりしていると。


「そうなん? いやー、強くて悪いね!」

「やかましいって。……って、おい星。次の人待ってんじゃん。早くやれ」


 スポーティ美人さんが俺とだいに気づいて、男の人おそらく星さんを急かすようにその腕を引っ張った、のだが——


「え、いや俺はどうせ出来ないからやらなくても——」

「そんなこと言ってたら他のとこで素人のアタシが遊べねーだろーが。ここは遊び場。オーライ? ってことでほれ、行った行った」

「ああもう、分かったよ」

「よろしい」


 一度は出来ないからと拒否った男性を見事に「お前のためじゃないあたしのためだ」理論で論破して、女性と入れ替わるように男性がゲージへ入っていく。

 そして女性が順番を待っていた俺たちの方に向き直り——


「お待たせしちゃってごめんなさいね」


 申し訳なさを宿す爽やかな笑顔と共に、さっきまでの会話の雰囲気と打って変わってものすごく丁寧な物言いで謝られた、のだが——


「……ん?」

「……へ?」


 謝ってきた直後、爽やかスポーティ美人さんが、なぜか急に目を細め出す。

 そして——


「……んん?」


 やたらと怪訝な感じを見せながら、じっと俺を見つめてくるのだった。

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