第589話 デートの始まりは定番から

 11月29日、日曜日、午前9時42分、快晴。

 こんな晴れた日にはどこへ行こう、そんなウキウキな感じになる冬前の比較的暖かな秋晴れの中、俺は現在阿佐ヶ谷駅の改札近くに向かっていた。

 なぜそこに行くのか、それはそこで待ち合わせている人がいるからだ。

 ……いや、実際のとこその待ち合わせてる相手の家の前を通過してまもなく阿佐ヶ谷駅ってとこに来てるので、本来なら俺が向こうの家に迎えに行く形で合流するのが合理的だったんだけど、何を隠そう今日はデート。「デートといえば待ち合わせでしょ?」、そんな言葉をあの可愛い顔でさも当たり前のように言われてしまえば、何か言い返す余地もない。

 ということで、本当ならもっと早く会えたはずなのに、なんだったら一緒の家から出発出来た可能性もあったのに、俺たちは昨夜は夜遅くに一旦別々な家に分かれて、今朝は最速の合流ではない道を選んで今に至っているわけだった。

 約束の時間は午前10時。

 待ち合わせ時間にはまだゆとりがあるわけだが……。

 そんなことを思って待ち合わせの場所についた俺は、思わずそこで苦笑いせざるを得なかった。

 なぜなら——


「おはよ。早かったな、よりもあれかな? ごめんお待たせ! って言った方がいいかな?」


 そう、15分前到着を目指してやって来た待ち合わせ場所には、既にその待ち合わせ相手がいたのである。


「ううん。今来たところ」

「乗っかるんかいっ! てか、普通それは男が言いたい言葉だからな?」

「しょうがないじゃない。早く着いちゃったんだから」

「はいはい……。てか、たぶん歩いてきたルート同じだと思うんだけど、俺、その格好の人見てないんだけど?」

「9時15分にはお家出たから、9時半には着いてたよ?」

「いやはえーなっ! 30分前行動かよっ」

「だって楽しみだったんだもん」

「お、おおう」


 そして声をかけたらコテコテなテンプレートみたいな会話が男女逆転で行われた後、どうりで俺が来る途中その姿が見えなかったわけだとなる話を伝えられて、それに俺がツッコむや返ってきたのはそれは可愛すぎるだろって言葉っていうね。

 なんだろ、こういうデート久々なせいか、すごいクるなこれ……!

 ちなみに今日のだいの格好はネイビーのギンガムチェックのチュールスカートに、ややオーバーサイズの白に近いベージュのパーカーとスニーカーという、まるで可愛らしさとアクティブさを兼ね備えたハイブリッド的なコーディネートで、その甘い格好が普段のだいとのギャップを演出し、手に持ったハンドバックからも今日はデートなんだなったことを伝えてきた。

 しかしほんと、パーカーの裾から覗かせている指先とかね、やっぱりもう可愛いよね。

 それに対して俺はデニムのスキニーパンツに白のスウェットシャツ、そして紺のチェスターコートを羽織ったシンプルな出で立ちでやって来たわけだが——


「スーツもいいけど、そういうシンプルな格好もカッコいいね」

「お、おう。ありがと。でもだいもめっちゃ可愛いよ」

「あ、ありがと……」


 俺の格好を褒められたから、俺も褒め返す。

 その当たり前のやりとりに、結局二人して照れたりする。

 そんな、はたからなんだこいつらと思われそうなやり取りを、出会って早々にしたりしながら。


「じゃ、じゃあ行くか」

「うん。こういうデート、久々だね」

「いつもインドア派だもんな」


 気を取り直して本日のデートへ出発だ。


 え? どこに行くのかって?

 それは着いてからのお楽しみ。

 今日はほら、だいを労う日なのだから。

 エスコートはね、俺の腕の見せ所ってやつだよね。







「私ゆりかもめ乗るのって初めて」

「お、そうなんだ。まぁなかなかこっち来ることもないしなー。俺も大学以来だよ」

「さすが。学生生活エンジョイしてたわね」

「いや、別にそんな感じじゃ……いや、たしかにだいと比べたらそうだろうけどさ」


 午前10時半前、俺たちは新宿から山手線に乗り換えて、現在新橋へとやってきた。

 そしてここでゆりかもめに乗り換えるべく歩いていた時に切り出された話題は、どうやっても苦笑いを避けられないものだった。

 だいの学生時代と俺の学生時代。

 それを比べるのは酷だろう。

 いや、俺も実際学生生活前半は別として、色々あった結果後半はなかなかの否エンジョイ勢だったと思うんだけど、それでも部活やバイト先の仲間と普通に遊ぶことくらいはあったからな。

 おそらくここまでの付き合いからして、だいはマジでそういう遊びをした経験がないんだろう。

 大学時代何してたんだろう……って聞いたところで、間違いなく勉強とLAって言われるだろな。

 しかしなぁ、客観的に考えてこんだけ美人なのに、俺以外誰とも付き合ったことなくて、俺以外に好きになったのも子どもの頃のあーすだけ、なんだよな。それに加えて顔も知らなかったのに、何年もLAで出会った俺のことを一途に好きでいてくれて……。ホント、スーパー天然記念物だなだいは。


「でも昔は別々でも今は一緒。それでいいっしょ」

「うん。そもそも自分の学生時代にこうやって色んなとこ行って遊ぶ学生でいたかったかって言ったら、そこは何とも言えないしね」

「ほうほう」

「あの時インドア派だったから、今があるわけだし」

「あ、なーるほど」

「うん」


 そして交わす会話に、愛を感じる。

 ほんと、こういうことを真顔で言ってくるからな。ホント、敵わんよな。


 恥ずかしげもなく、つまり俺と出会えて幸せだってことを伝えてくるだいに、俺は内心照れながら感心してしまう。

 でもこれからはな、もっと二人でいろんなとこ行って、二人の思い出を積み重ねたい。

 今日はその、一欠片。

 改めて彼女への愛を感じながら、俺は興味を隠せない様子で初めてのゆりかもめに乗り込む彼女を見ながら、今日のデートへの気合いを入れ直すのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る