第588話 たまには俺もスマートに
「……外、暗くなっちゃったね」
「だなぁ」
「お腹空いた」
「たしかによく考えたら今日なんも食ってねーな」
「うん、お腹空いた」
「でも買い物行くのもだるいしなぁ……今日はなんか食いに行く?」
「うん、そうしよ」
「おし。じゃあ今日は俺がご馳走するよ。何がいい?」
「お酒のないお店」
「え?」
「ゼロやんは、お酒はしばらく禁止です」
「いや、言われなくてもそう思ってたし……つーかあったとしても飲まないって」
「飲む時は私が一緒の時だけね」
「そこはいいんかいっ」
「うん、飲んだら噛むっ」
「いや、今噛むなってっ! 飲んでねーし!?」
とまぁ、じゃれて噛み付く可愛い彼女となんとも平和な会話がなされた18時過ぎ。我が家から見える窓の外はいつの間にか暗くなり、室内の気温も下がったのが感じられ、俺たちはギュッと身体を寄せ合っていた。
仲直りのキスをした後の流れは……まぁいわゆる大人の流れという感じで、途中に少しインターバルの休憩も挟んで今し方2回戦目を終えて、という感じだった。
だいが動くとくすぐったい。でも、触れ合う肌が心地良い。
お互い生まれたままの姿で向き合って、俺はその幸福感に思わず口元が緩むのが止められなかった。
しかしほんと、思い起こせば朝から何回もムラムラするというか、絶妙に刺激されることが多かったからなのか、頑張ってしまったよ。
と、そこまで賢者過ぎないモードになりつつ、猫みたいに甘えて甘噛みしてくる彼女の口撃を甘んじて受けながら、ここ数時間のことを振り返っていると。
「ねぇねぇ」
「うん?」
俺への甘噛みをやめただいの甘えるような可愛い声に、俺も優しく問い返す。
普段みんなの前では隠しているこの声の可愛さたるやね、これが本来の末っ子育ちのだいの甘えたモードなんだろなぁ。
「食べたいのは何でもいいのよね?」
「うん、もち」
「じゃあ私は焼き肉を所望するぞよ」
「いや、ぞよってなんだ。ぞよって? ってか、珍しいなだいが焼き肉なんて」
「噛んでたらお肉食べたくなっちゃった」
「え、いやそれはちょっとこわい理由なんですけど!?」
「大丈夫よ。私が食べたいのは美味しいお肉だから」
「え、俺まずそう!?」
「ふふん」
「いや……まぁいいや。でも珍しいな。だいが焼き肉なんて」
「別にお肉が嫌いなわけじゃないもん」
「いや、知ってるけどさ。でも昨日飲み会だったし、今日は野菜接種したいのかと思ったよ」
「たまにはいいの」
「そかそか。じゃあ今日はちょっといいとこ行きますか」
「うむ。そうするのじゃ」
「いや、だから何キャラだって」
そして、こんな会話も俺だからこそ。
そんな甘えたモードというか、わがままプリンセスみたいなだいともう一度じゃれあったりしたりしてから、俺たちはお互い身支度を整えて、二人仲良く夕飯へと向かうのだった。
☆
「個室の焼き肉屋さんって、なんかすごい高級感あるね。……こんな格好でよかったのかな」
同日19時02分、少しだけ待ってから案内された部屋の中で、だいは俺が貸した普段着に見を包みながら落ち着かない様子できょろきょろと視線を彷徨わせていた。
俺がだいを連れ立って来たのは高円寺駅近くの焼き肉屋で、全席個室、提供するのは和牛のみという、いわゆるファミリー層が行くとこよりもお高い感じの店だった。
とはいえそこまで値段が極端に高い、というわけではなく、おそらく以前亜衣菜に連れてってもらったとこと比べたら俄然リーズナブルなのは間違いない。
あの時はな、何というかマジで上流階級の店だなー、って思ったくらいだし。懐かしい。
「別に大丈夫だって。だいはここ知ってた?」
「うん、看板は見たことあったから。でも来たのは初めて。ゼロやんは来たことあったの?」
「うん。
「あ、そうなんだ」
「うん。何でか覚えてねーけど、当時住んでる街のいいお店紹介し合おうみたいな流れが生まれてさ。あの頃は行ったことある店でピンとくるとこがなかったから、来たことなかったけど高そうだったここを紹介してみたんだけど、すげー美味かったんだよね」
「ほほう。同期と仲良かったんだ」
「んー……仲がいい、までは言わねーかな。職場変わってから連絡取り合ったりすることもないし、一緒に働いてる時に、たまに集まってたというか、集められてたくらいだよ」
「そっか。でも同期っていいね。私はほら、新採が私だけだったし」
「進学校だしなぁ。でも同期がいいものかは……んー、どうだろうなぁ。男は俺だけだったからさ、俺からすると圧倒的に大和の方が同期って気分だよ」
「あ、同期の人って女の人だったんだ」
「うん。2個上の数学科と、タメの英語科の奴」
「年も近かったんだ」
「まぁ商業高校の5教科だしな。専科の先生は別として、割と若手は多かったよ。言うて今のとこも一緒だけど」
「でも年が近い人多い方が働きやすそうね」
「まぁ話しやすいってのはあったかな」
そしてだいと一緒にメニューを選びながら、のんびり世間話を交わしてみる。
でもなんかあれだな、だいとこうやって落ち着いて話すの久々だなー。
「初任校時代のゼロやんってどんな感じだったの?」
「どんな感じって、まだ2年も経ってないんだぞ? 今と大してかわんな……あー、いや。今より全然外に出ないインドア派だったな」
「でも家の中にいながら冒険には出かけてたでしょ?」
「一緒に出かけてた奴に言われたら、なんも否定できねーな」
「男だと思われてたけどね」
「いや、まだそこ引っ張るのかよ……」
「ふふ」
そんな穏やかな会話の中で、ちょっと悪戯っぽくだいが笑う。
それはとても可愛い笑顔で、俺が前の学校にいた頃には、いや、半年前ですらこんな笑顔が俺に向けられるなんて、想像すらしていなかった素敵な笑顔だった。
もちろん言われた言葉には苦笑い、なんだけど。
「でもほんと、色んな意味で今の生活は華やかになったと思うし、楽しくなったと思うよ」
そして俺が改めてありがとうって気持ちを込めてだいに今の充実感を伝えると。
「そうだね。私も今が人生で一番楽しい」
だいも楽しそうに頷いた。
その言葉に俺は心から嬉しくなる。
なんつーのかな、幸せってこういうことなんだろう。
そんな感覚も湧き起こる。
「そりゃよかった」
この気持ちをどう伝えるか、上手い言葉が出てこないのがもどかしい。
と思わせて——
「うん。でもその分誰かさんのおかげで色んな気持ちになることも増えたけどね?」
「いや、それは……いろいろごめん」
「別にゼロやんのこととは言ってないよ?」
完全にほっこりした空気の中、しれっと俺を刺してきた言葉に俺は再び苦笑い。
でもだいは楽しそうだから……まぁいいか。
いや、でも……あ、そうだ。
そこでふとあるアイディアが、俺の脳裏を横切った。
「いや、俺はもっとだいを幸せにしたいんだ」
「え?」
その浮かんだことを伝えるのは、今の流れが一番だろう。
そう考えて俺は少しわざとらしく話を大きく切り出した。
そんな俺の言葉に、だいが少しだけびっくりした、その隙に——
「菜月さん。明日の日曜、俺とデートしませんか?」
ここはビシッとしっかりと。まるで消費MPの多い大技スキルを放つかの如く、俺はだいに尋ねるのだった。
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