第586話 時には平等じゃなくてもいい

 12時42分、差し込む陽光は絶賛昼過ぎを告げてくるが、我が家の眠り姫、未だ起きず。

 そんな状況の中俺は左手に持ったスマホを耳に当て——


『ぴょんと何話してたの〜?』

『ゼロさんおかえりなさい』

『何話してたって、愛とは何かって哲学対話だよな!!』

「うん、ただいまだけど、とりあえずぴょんさんや。それは違うよね」


 こんな感じで絶賛眠り姫フレンズとトークを交わしていた。

 でも何だろう、この状況だとゆきむらの天然な感じの落ち着いた声が安心する……。相も変わらずぴょんはボケ倒してくるし、本題を進めようとするゆめからはプレッシャーを感じるし……はぁ。


『でもちゃんとすぐ帰せたんだね〜、えらいえら〜い』

「いや、えらいって……ロキロキは言えば分かってくれる奴じゃん? 普通だろ」

『んにゃ〜……ロキロキって、ゼロやんに何か言ってた〜?』

「ん? 何かって、何だよ?」

『え〜、だってロキロキってさ〜? ほら〜……』

「いや、だから何だよ?」


 そして最もプレッシャーを放ってくる相手がメインの話し相手になり、頭ごなしに何かしら言われるのかと思ったのだが……どうやらそういうわけではなさそうで、俺は何とも要領を得ない会話を余儀なくされた。

 とはいえ、ロキロキってさ〜? じゃあ分かるものも分からない。

 今さっき帰す時も、至って普通だったわけだし……。

 頭の中にははてなが浮かぶ。

 だが——


『ゼロさんは、ロキさんがゼロさんのことお好きだと思われますか?』

「え」

『おっと、ゆっきーどストレートにいったのぅ!』

『あや〜。さすがゆっきーだね〜。でもね〜、そうじゃないかな〜? ってか、好きそうだよね〜、って話を昨日みんなでしてたからさ〜』

「あー……」

『一晩一緒だったわけでしょ〜? だからさ、ロキロキって感情表現ストレートだし、なんか言われてないかな〜って思ったのさ〜』

『事と次第によっちゃ握り潰す』

「いや、何をだよっ」

『ナニをだよ!』

「やめい!」


 と、最後はぴょんとのしょうもないやりとりが発生したが、そうかそうか。そういう意味か。

 そこについては、どう話したものかって話がないわけではない。

 でもそれをだいならまだしも、この3人に話していいものか。

 そもそもそういうのって、見て分かるもんだったのか……?

 本人が弟分的な感じのLIKEを示してるとは思ってたけど、みんなの言ってる好きは、どちらかと言えばLOVE寄りの話だよな。

 そして結果から言えば……それは佐竹先生経由で伝えられたとはいえ、合ってたわけなんだけど。

 うーむ……とはいえここでの沈黙ってほぼほぼイコール肯定に思われるだろう。とはいえ安易に否定したところで、だいが覚えてるかどうかは別として、だいは今日の話を聞いてるわけだから、連絡が密なぴょんゆめにはいずれは伝わるかもしれん。

 そう考えると——


「まぁそれっぽいことは言われたけど、俺の大事なのはだいだからって話したよ」

『お?』『ほほ〜』『むむ』


 変に誤魔化すよりも、ここでその話は終わったんだって話した方が後腐れないだろう。ロキロキだって俺の言い分は理解してたし、そもそもちょっと前までのゆきむら的な争奪戦宣言があったわけでもなく、ハナから棄権みたいな感じだったしな。

 気持ちはありがとう、でもごめん。つまりはこういう話だった、それだけだ。

 そんな気持ちで俺が話を伝えるや、三人揃ってそれぞれなリアクションの声がした。

 その同時性に、電話先では一台のスマホに3人が並んで向き合ってる様子が想像される。

 ……ちょっとシュールだな。

 とはいえ——


「でも別にそれで何がどうなったってことはないし、ロキロキは弟分的な感じってのも変わんないし、普通にその話は終わったぞ」


 そう、この話で何かあったかなんて、何も無い。それが答えだからこそ俺はあえてここで包み隠さず伝えておいた。

 いや、むしろ実際のとこはロキロキ以外の人から何かあったわけだけど、これはぴょんたちには伝わらない相手だからいいだろう。

 そんな当たり障りないというか、至ってシンプルな答えを伝えた俺に対し——


『そかそか〜。……好きって伝えたんだ〜……』


 ちらっとゆめの神妙な感じの呟きが聞こえたのだが——


『しかし身体が女で心が男で好きな相手が男ってのも、ややこしいもんだなー』


 ゆめの声はあっけらかんとしたと言うか、俺の答えで十分満足したようなぴょんの声にかき消されたのだった。

 その言葉に。


『変ですか?』

『だね〜。マイノリティってだけで変って言うのは違うと思うよ〜』


 ゆきむらの質問が出てくると、いつもの調子のゆめがそれに答える声が聞こえてくる。

 でもそうだね、俺もゆめの意見には賛成だ。


『うむ。ややこしいだけで、変って話ではない』


 そしてそれにぴょんも同意する。


『そうですよね。ゼロさんは素敵な人ですし』

『そだね〜、優しいからね〜』

『よっ! このモテ男!』

「いや、反応しづれーなっ」


 で、結局は俺いじりに話が変わってと、思ったよりも簡単に話題は変わっていったわけである。

 この流れに、どうやら俺の答えは正解だったらしいと実感する。

 さらに言えば、やはり【Teachers】のメンバーは色んな生徒と接してるだけあり、今の会話からみんながロキロキに対しての理解があるのも窺えた。

 この辺はね、今のご時世大事なとこだろう。

 ややこしいだけで、変ではない。ぴょんが言った言葉がその通りだろう。

 男だから、女だから、身体は女だけど心は男だから、身体は男だけど心は女だから、そんな括りで「あいつはこう」ってまとめてしまうのは違うと思う。とはいえ、配慮し過ぎるのもそれはまた区別の明確化になってしまうから、俺は俺、だいはだい、ぴょんはぴょん、ゆめはゆめ、ゆきむらはゆきむら、そしてロキロキはロキロキ、こうやって個人は個人って捉えていくのが、一番自然な考え方なんだと俺は思うよ。

 もちろん——


『でも分かってると思うけどさ〜、頭で分かってても、ってことはあるからね〜』

『そうなぁ。分かっちゃいるんだけど、あの可愛さだからな。ゼロやんが理性のネジぶっ飛ばしちまう可能性もゼロじゃなかったかもしれないだろ? ゼロやんだけに』

『うまくないで〜す』

『うるせえっ。とにかくー……なんだ。酔ってたら尚更だろうけどさ、向こうの中身が男だとしても身体が女なんだったら、それこそな過ちが起きるかもしれない。ゼロやんがだいのこと好きなのは知ってるし、そんなことする奴じゃないってのは分かってるけどさ、頭でそれを理解すんのと感情で受け入れるのは別って話さ。しかもロキロキはゼロやんのこと好きそうかもってだいは思ってたんだからな』

『わたしが彼女だったら分かっててもヤダかもな〜』

『ん。ロキロキにはわりーけど、あたしもそこは同意する。ゼロやんの彼女じゃないあたしらの想像でそうなんだから、だいなら尚更だろ?』

「ん。そこは反省してるよ。とりあえずだいが起きたらちゃんと謝るし、酒はしばらく控えるかな」


 だいの気持ちが最優先。みんなにも言われてしまったが、俺は改めて肩をすくめて反省の意を電話越しの相手たちに伝えてやった。

 偏見とか差別の話じゃなく、俺の優先順位の話。そういうことなのだ。


『あ、じゃあ私がゼロさんの分も飲みましょうか?』

「それはもういいです」

『むむ』


 そんな俺の反省に、ゆきむらからいつぞやの記憶を彷彿とさせる発言がやってきて、俺はそれには断固たるNOを突きつけた。

 噛まれた記憶忘れてねーからな?


『ん、じゃあ大丈夫そうだな!』

『だね〜。だいが起きたらよろしくね〜。ちなみに着てった服返すのはいつでもいいよって言っといて〜』

「あ、やっぱこれゆめの服だよな。分かった、伝えとく」

『じゃ、あとは若い二人でよろしくっ』

『よろしく〜』

『よろしくお願いします』

「おう。色々ありがとな」

『次回は忘年会な!』

『またLAでね〜』

『失礼します』

「おう、じゃあまたなっ」


 そして話がいい感じにまとまったところで、通話が終了。ちなみにぴょんと俺は同学年だから若い二人って言葉は正しくないと思うのだが、誕生月的にぴょんのが年上だからそのセリフはスルーした。え? いやいや、別に面倒だったからではないからな。


「……色々ごめんな」


 そして通話を終えて再び静かになった室内で、俺はそっと優しくだいの髪を撫でながら、小さな声で謝罪する。

 もちろんこの声が今聞こえてるわけではないけれど、何となく、今の気持ち的にそうしたかったのだ。

 こんな俺を好きでいてくれてありがとう。

 そんな言葉も胸に抱きつつ、俺はたくさんの不安と心配を与えてしまった愛しの眠り姫の髪をしばらく撫でながら、彼女が目を覚ますのを待つのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る