第585話 あなたの定義は何ですか?

「うっす」

『お、ロキロキ帰った?』

「うん。でもなんつーかな、その、色々ごめんと、さんきゅーな」

『ま、色々難しーかんなー』


 ロキロキを帰宅させた後、俺はまずだいが眠るベッドに腰掛けて、赤くなっている彼女の額を右手に持った保冷剤で冷やしてあげた。その手当にだいが少しだけピクっと動いたけれど、どうやらまだ目を覚ます様子はなさそうだった。だから俺はそのまま左手のスマホを操作して、連絡してって言ってたゆめに連絡するべく、どうせ一緒なんだしと先ほどぴょんから来た通知へリダイヤルしたのだが——


「いや、俺が悪酔いしてたのもあるけど、後先考えてなさすぎたからだしさ。……あれ? てかゆめとゆきむらは?」


 話してて気付いたが、さっきはいたはずの存在を、今は電話先の近くに感じない。

 そう思って俺が尋ねると——


『ん? あぁ。あたし今花摘みに来てたとこだからなー。さすがに中坊のガキンチョたちと違って連れションとかはやんねーかなー』

「え、あ! な、なんかごめんっ」

『ん? 何照れてんだおい? あ、まさかあたしの花摘みシーンを想像したかー? えっち!』

「しねぇよ!!」


 そっちこそ変態なこと言いやがって!!

 ……とわっ! ぴょんのあまりにあんまりな発言に、俺は思わず大きな声を出してしまってだいを起こしてしまってないかと焦ったが……セーフ!

 しかしほんと、どんな神経だったらそんな発言が出るんだこいつ。花摘みの姿なんか流石にだいのだって見たことな……いや、やめよう。不毛過ぎるこんなこと考えるのは。

 

 そして待つこと少々、不服ながらも音だけは聞こえていたせいで、ジャーっという水音に花摘みの終わりを告げられ、そろそろ話が再開だなと思っていると——


『おまた! ってこのタイミングでとか言うと、またあたしのこと想像させちゃうか! まただけに!』

「いや、またもくそもそもそも想像してねーからっ」

『おい! クソシーンはさすがにアウトだぞおい! そもそも乙女はクソなんかしないんだからねっ!』

「だからねっ、じゃねえわ! そもそも乙女はクソなんて言葉言わねーだろっ!」

「あ、じゃあうんこ? あ、うんちか?」

「やかましい! てかツッコミから拾ってまでもっかいボケんなっ」

「おいおい掛け合いこそが漫才だろ姉弟きょうだい?」

「誰が姉弟やねんっ」


 転んでもタダでは転ばないというか何というか、仮にも時に乙女を名乗る者としてどうなんだという言葉が怒涛のようにやってきて、俺は結局ぴょんの手玉に乗るかの如く、ツッコミ連打を余儀なくされた。

 いや、この会話内容大和に伝えようかな……とかそんなことも思ったりしたが……やめておこう。流石にこの話を聞いたらいかな大和とて引きかねん。我が友の安寧のため、それはやめておいてあげよう、うん。


「でもほんと、深酒し過ぎたせいで俺昨日いつまで飲んでたかも覚えてねんだわ。大和にも迷惑かけてたら申し訳ない」

『あー、まぁあいつもベロベロのぐだぐだな感じで帰宅報告の電話よこしてきただけだからなー。あたしがなんだこいつって思ったくらいだから、たぶん全員飲み過ぎだったんじゃね?』

「あ、そうなんだ……。いや、でもそっからだいが不安になったせいでぴょんたちがだいの面倒見ることなったんだろ? 心配もかけたし、ホントごめんな」

『いやいや、ここだけの話不安でめっちゃ酒飲んでただい、酔っ払いまくってけっこう面白かったんだよな』

「え?」


 そして改めての謝罪をした俺に、ぴょんから予想外な言葉が聞かされて、俺は思わず聞き返す。

 酔っただいが面白かったって、どういうことだ?

 そう思っていると。


『ゼロやんは私のこと大好きだから大丈夫っ、とか』


 ほほう?

 声真似は若干イラッとしたが、想定外に嬉しいことを言われて俺はちょっとホッとした、のも束の間——


『私は何があっても信じてるから、とか、でもでもゼロやん優しいから心配、とか、ロキロキすごい可愛いから心配、とか、一対一で関係持たれるくらいなら私もその場にいさせて欲しい、とか、束縛しすぎると嫌われちゃうのかな、とかさー』

「え……」


 心配系はよしとして、私もその場にいさせて欲しい? え、そういうプレイ……? いやいやいや!!

 なんか色々不穏な発言もあったけど、な、なるほど。酔って心の声ダダ漏れしてたのか。

 俺はそんなぴょんの話を聞いて、チラッと横で瞳を閉じあどけない顔を見せるだいに視線を送る。

 その顔は、うん。やっぱり好き。

 でもちょっと発言の一部は、恐ろしい。

 でもそれも全部さ、俺が心にストレスかけちゃったからだろ? ……ごめんな。

 そう思って保冷剤を一回置いて、俺は冷えた左手でだいの柔らかな髪を撫でてみた、その矢先——


『後はやっぱり何か起きてたら刺し殺すって言ってたっけかな』

「刺し——っ!? えっ!?」


 こわっ!!

 急な恐怖に俺は撫でてたその手を引っ込める。


『あ、これはあたしが言ったやつだったかな?』

「あ、なんだ……じゃねぇよ! 誰にしても物騒過ぎんだろっ」


 一瞬このあどけない顔でそんなこと言ってたのかと恐ろしくなる言葉を聞かされ、俺の身体がビクッとする。

 いや、ほらなんつーかさ、さっきの発言の流れもあって、ぐるりぐるりと一周回って愛情が憎悪になるのかとそんな恐怖を覚えたわけよ。

 流石にそれはなかったようで一安心だけど……いや、ってかぴょんが言ったとしても怖すぎるだろ!

 暴力、ダメ。絶対。な!


『浮気の定義とかの話にもなったからなー』

「さ、さすが女子会、だな……」


 いや、まぁこっち男子会はこっちで彼女以外なら誰推し的な話してたらしいからな、よそのことを悪く言えないんだけど。

 話題を対比したらどっちの業が深いったら、こっち俺たちな気がするからね!


『ちなみにだいは『やましい気持ちから私に嘘ついたり隠し事したりしたら浮気。許さない』って言ってたぜ』

「あー……」

『酔っ払いの本音吐きだったと思うけど、あたしなんかやるならバレないようにやってくれって感じなんだけどな。いやぁ、さすが何でも知りたガールだよなぁ』

「あー、でもそうな。実際今そう言われても驚かないし、それに嘘つかない、隠し事しないは俺とだいの約束だからな」


 そしてぴょんが教えてくれただいの浮気の定義に、俺は小さく苦笑い。ホント何でも知りたすぎて怖っ、って思ってたこともあるけれど、それがだいなりの愛し方なのを俺はもう知っている。

 そう思うと、やっぱりこの隣で横になっている人が余計に愛しく思えてくるってもんだった。


『嘘ねー。あたしはそこも上手くやって欲しいかなー』

「ふむ。でもほら。そもそも大和は嘘ついたりしないだろ?」

『たぶんなー。まぁちゃんと好いて大事にしてもらってるの伝わってるからな。でもま、色々経験してるとな、そう簡単にっていかないとこもあるにはあるのよ』

「そうなんだ」

『うむ。大賢者ぴょん様は世界の酸いも甘いも知ってるわけだからな!』

「いやさっきまで乙女だったんじゃねーのかよっ」

『それはそれ、これはこれ。私がゴ◯キ』

「いらんボケかますなっ」


 で、俺がだいの顔を眺めながら続いた会話は、ぴょんらしいボケもふんだんに込められつつも、どこか本音も混ざっているような物言いで、結局ツッコミで一区切りではあったが、俺はついつい普通に話し込んでいた。

 でもそこでふと気付く。

 さっきまではぴょんの移動する音が聞こえてた気がしたけど、いつの間にかその音が消えている。

 俺がそこに気づいたのとほぼ同時に。


『あっ、ぴょん何してんのさ〜。全然戻ってこないから迷子なったのかと思ったじゃ〜ん』

『ん? あ、わりわり。ミッション達成報告受けてたわ』

『あ、ほんと〜? でもだいはまだ起きない感じ〜?』

『だな』

『じゃあ改めてゼロやんとちょっと話そうか〜』

『ういうい。で、ゼロやんさ、たぶん今のゆめの声聞こえてたよな? ってことで、オーライ?』

「……オーライ」


 電話先から聞こえてきたゆめの声に、やはりぴょんがどっかしらで立ち止まっていたことが判明した。

 そしてゆめの発言に、俺は割とガチめに気が重くなる。

 だってだい絡みのことでのゆめからの話って、平和的なイメージが浮かばないから。

 とはいえ、だいのこと見てくれた仲間たちなわけでもあり、ここは当然拒否出来ない。


「お手柔らかにおなしゃす……」

『何が〜?』


 聞こえる声はふわふわ可愛いのに、ここから何を言われるのか不安にさせてくるんだから恐ろしい。

 でも他のみんなもいるんだし、素のゆめが出てこないといいな……!


 そんなことを思いつつ、俺は二人がまた元いたであろう部屋に戻る音を聞きながら、これからされるお話に心の準備をするのだった。

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