第583話 可愛いは罪?

「とりあえずゼロさんの魅力に気づいた、ってことっすかね……」

「いや、なんだそれ……」

「だってカッコよかったのはたしかっすからっ」

「いや……うーん。それは置いといたとしても、俺ボロクソに言われてたぞ……?」

「そこはー……ほら、真っ直ぐなとこある子っすから。気付いちゃったってことっすよっ」

「いや度が過ぎんだろ……」


 去って行った者の方向を呆然と眺めながら、俺は戸惑いながらロキロキと話していた。

 あれほどのことを言っていたのに何故、そんな気持ちが拭えない。

 でも流石に俺でも分かるほど、去って行く直前の佐竹先生は俺に好意的だった。というかあれは、コテコテな好き、だったとも思う。

 そりゃちょんって服の裾掴まれるとかさ、恥じらいながら頑張って好意を伝えようとしてくるとか、普通だったらポイント高いと思うよ?

 でも前振りが……前振りがあまりにあんまりだったから。

 真面目なイメージから振り切れたヤバい奴に変わって、そこから一転しての好き、なわけだったろ?

 いやマジで頭追いつかないってアレ。

 ガチのだいラブだったじゃん。それがどうなのよ? 一番は俺なのだいなの?

 ってこれは別にどうでもいいか!

 とまぁ、そんな主に俺の混乱が室内に漂う中——


 ブブブブブッ

「ん?」


 戸惑いを打ち破ったのは、俺のスマホの揺れる音だった。

 振動音を長く響かせたその音に、俺とロキロキはハッとして一回顔を見合わせてから、何事かとテーブルの上にあった俺のスマホに目を落とし——


「ぴょん?」


 そこに表示された山村愛理ぴょんの名に首を傾げた。

 ただでさえ混乱してんのに、何だ?

 そう思いつつ、俺はスマホを手に取ってその着信を受け耳に当てたのだが——


『ちょいーっす!!』


 響いた元気なうるさい声に、俺は反射的にスマホを耳から遠ざけた。

 音量バグってんのかこいつ!?

 やかましいのはぴょんの売りだが、流石に耳元ではやめてほしい。

 と、思いつつ。


「何だ? どうしたんだ急に?」


 出来るだけ不満と文句を抑えながら、俺は落ち着いて急に連絡してきた理由を問う。

 そんな俺の電話する姿を、なぜか正座しながら不思議そうにロキロキは見つめていた。それはさながらおすわりか待てを指示されてるわんこみたいで危うく笑いそうになったが、そこは何とか堪えてみせる。

 電話中だから静かにします、ってことなんだろな。素直なやっちゃなー。


『だいってゼロやんのとこいった〜?』

「ゆめ?」

『そだよ〜。おはよ〜』

『おはようございますゼロさん。私もいます』

「あ、おはよう……。あ、そっか。まだみんなゆめんちなのか?」

『おうよ! いやー、でも起きたらだいいねーし、連絡も返ってこねーからさー』


 そして電話先にゆめとゆきむらも登場し、だいの安否について尋ねられた。

 なるほどなるほど。

 その会話内容から俺の状況理解が少し前進。

 つまりみんなが寝ているうちにだいだけ先に帰ってきて、みんなからしたら起きたらだいがいなくて心配になった。そういうことだろう。


「そういう話なら、とりあえずうちで今横になってるから安心してくれ」

『あっ、マジ? よく帰れたなー……いやーでもそれはマジで安心だわ!』

『だいビックリするくらいお酒飲んでたんだよ〜。大丈夫そ〜? あ。てかてかロキロキはもう帰ったの〜?』

「え?」


 そして心配の電話をくれたぴょんたちに知りたかった話を伝えてあげた俺だったが、その応答として返ってきたゆめの言葉に俺は思わず聞き返す。

 ロキロキがもう帰ったかどうか?

 なんでそれを?

 というか、みんながロキロキがうちに来たことを知っている……?


『鉢合わせてたりしねーよな?』

「え」


 疑問に思った俺に、少し不安そうなぴょんの声が届き、俺は少し胸がざわついた。


『せんかんからぴょんに連絡あって、ゼロやんが終電無くしたロキロキ泊めてあげたんでしょ〜?』

『私も泊まってみたかったです』

『はいはい、ゆっきー今はそういうお話じゃないからね〜?』

『いやー、なんつーかほら、せんかん泊めんのとロキロキ泊めんのはさ、違うじゃん? いや、分かる。分かるよ? でもさ、色々難しいじゃん? ゼロやん目線がロキロキに対しては優しい目線なんだとしてもさ、だい目線からしたら違うじゃん? なんつーの、ほら——』

『わたしは男から男に対してだって浮気って言葉は使えると思うでありま〜す』

『そうなんですか?』

『はいゆっきー今は黙っててね〜』

「あー……」


 なるほど。大和からぴょんに、か。

 俺は昨夜の帰宅シーンを欠片も覚えていないから、きっと大和は情報共有として伝えてくれたのだろう。そこについては当然俺は何も言えない。

 というかそもそも俺がそんな状態だったなら大和も来てくれてればよかったのにな……! なんて事も流石に言えないが、少なくとも今俺が3人実際は2人から言われてる言葉の意味は伝わった。

 そしてさらに状況理解が進行する。

 つまり昨夜の終電もなくなった時間に大和からぴょんへ、俺がロキロキとうちに行ったことが伝えてられて、それがだいにも伝わった。そしてそこに色々思っただいはみんなと深酒をした。でもだいだけは、きっと意志の強さで一時的に酔いを

忘れて帰ってきた。

 そういうことだろう。

 そうだとすれば、先ほどのだいの状態も理解出来る。

 でも浮気……浮気、浮気かー……ロキロキは弟的であって、俺にそんなつもりは毛頭ないんだけど……。


『もしも〜し?』

「あ、ごめん。えっと、なんつーかな、その……」


 と、無言で思考に入ってしまった俺にゆめから声をかけられて、俺は慌ててどう言ったものか言葉に詰まる。

 でも、誤魔化すことは当然出来ないし……と、また考え出したところで——


『あー……ここで濁すってことは……やっちまったかー』


 ぴょんから何やら不穏な言葉をかけられて——


「ヤってねぇよ!?」


 俺はその言葉を否定する。

 だがむしろそんな俺の言葉こそが不穏だったようで——


「え!?」

「あ、いや何でもないっ」


 ここまで静かにしてくれていたロキロキが驚いた声を出してきた。

 いや、うん。これは俺のミス……!


『あ、ロキロキいるんだね〜。じゃあちょっとスピーカーにして〜』

「え、あ……はい」


 そして当然ロキロキの声が向こうにも聞こえたようで、ゆめからの指令が発生した。

 その声はなんていうか、呆れ混じりのような、そんな声だった。


『ロキロキおはよ〜』

『おいっす』

『おはようございます』

「お、おはようございますっす」


 で、通話をスピーカーモードにすると、電話越しにロキロキに話しかける声がやってくる。

 その声たちにロキロキは少し緊張気味だった。


『急にごめんね〜。ゼロやんから何か聞いた〜?』

「ゼロさんからっすか? いえ、何も聞いてないっす」

『ん、おっけ〜。じゃあとりあえず単刀直入に話すけど、ロキロキのことは分かってるつもりだし、メンズチームで仲良いのも知ってるけどさ〜、それでもロキロキが泊まるのとせんかんがゼロやんち泊まるのとはちょっと違うと思うんだよね〜』

「え……あ……」

『だいもね〜、何回もロキロキは男の子だから〜って自問自答してたんだけどさ〜』

『ものすごく右往左往してましたよね』

『うむ。文字通りな』

「あ、はい……すみませんっす……」


 そしてゆめから先ほど俺が言われた話がまた始まって、ロキロキはその言葉にどんどん萎縮気味になっていく。

 でも大和との違い、それはたしかにその通りで、酔って覚えていないとはいえ誘ってしまった俺の中にも申し訳なさが募ったのだが——


『せんかんと違ってロキロキは可愛すぎるんだよね〜』

「へ?」「……はい?」


 想像もしていなかった告げられたその言葉に、俺とロキロキは同時に変な声が出るのだった。

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