第579話 ちょっと振り切れすぎてません?

「え、酒くさい? ……って、うわ、マジじゃん!? なんで!?」


 呟かれたロキロキの言葉を受け俺がくんくん鼻を利かすと、俺の両腕に押さえ込まれている美人から漂ってきたのは、かなりのアルコール臭だった。

 というかこいついつの間にか耳まで真っ赤になってない?

 え、どういうこと!?

 さっきまでこんなんなってなかったじゃん!?


によ?」


 そんな俺が頭の中にクエスチョンを連発する中、身を捻ってこちらにじとっとした視線を送ってくるだいは、どうやらついに呂律も怪しくなったようだった。

 一体全体いつの間に?

 ここに来てからは当然アルコールを飲んだりしていないのに——


「ゼオ《ロ》やんがいけにゃいんしょー……」


 だがそんな状態にも関わらず、だいはさらに身を捻ってこちらに身体を向けようと試みる。しかし当然羽交い締めされたままでは叶わない。それでも強引に身体を捻ろうとするだいに——


「お、落ち着けってっ」


 と、下手したら怪我をしかねなかっただいの様子に、俺は一旦押さえていた腕を離す。

 離したから、また何をしでかすか分からないかもしれなかったけど、でも何というか、離しても大丈夫な予感は、ちょっとあった。


「なぅっ?」


 そしてその予感はすぐに的中。

 俺が離したことで一人で立たなければならなくなっただいだったが、やはり真っ直ぐ立ってられなかったようで、ぐらんぐらんしながら謎の鳴き声をあげ、俺の方に身を預けるように倒れてきたから。

 そんなだいを俺が今度は正面から抱き止めると、すぐにだいは俺の胸に額を当てて大人しくなった。

 

「酔ってる里見先生可愛いですねっ」


 そんなだいの姿を見て、佐竹先生からどこをどうやったらそんなことが思えるんだ、って言いたい言葉が聞こえてきたが、こいつが可愛いのは真理だからね。うん、癪だが同意せざるを得ないだろう。さっきまでは恐ろしく怖かったが、さっきのは何だったって感じだし、おねむモードのだいも恐ろしく可愛いがこのだいが可愛いのも全くもって否めないなこれ。

 とはいえ今はそこを意識している場合じゃない。

 明らかに酔っぱらいモードのだいを前にやたらと目を輝かせる佐竹先生のことは今はいい。無視無視っと。


「だ、だいさん大丈夫、っすか?」


 そして俺に抱き止められるだいへ次にかけられたのは、おどおどした声だった。

 明らかに警戒心MAXなその声の主は当然ロキロキ。

 そりゃそうだよな。さっきまで怖い思いしてたもんな。

 でもそれでも心配するとは、流石いい奴。


「ロキロキごめんな。キッチンの方にコップあるからさ、冷蔵庫の中にミネラルウォーターあるから、持ってきてもらっていいか?」

「りょ、了解っす!」


 そんないい奴なロキロキに甘える形になるが、今は怖がるロキロキをフォローするよりもだいを介抱したい。

 俺はだいを心配するロキロキに指示を出して、ロキロキが水を取りに行ってくれてる間にゆっくり後ろ向きに進んで、だいを横にしてやるべくベットへ近づいた。


「にゃによー……」

「はいはい、横になりますよっと」


 そんな俺の行動に何か不満があったのか、もうダメダメ状態のだいが何か伝えようとしてくるから、俺はとりあえず適当な返事を返しながらだいの移動を継続する。

 しかしそれはかなり動きづらく——


「っとわっ!?」


 予想以上にくっついてくるというか、それをやったらどうなるかなんか絶対に何も考えずにだいが俺に全体重を乗せてきたもんだから、俺は後ろ歩きのバランスを盛大に崩し——


「げはっ」

「にゃ!」


 抱き止めていたはずが一転、ボフッって音と共に今度はだいに押し潰される形となったわけである。

 でもギリギリ、マジギリギリケツから上はベッドの上に倒れるまでは移動出来たからな!

 ここだけは俺GJ! と褒めたいね!

 と自画自賛をしたのも束の間——


「つかまえたっ」

「ぐぇっ」


 俺の身体の上でうつ伏せになるようになっていただいが、俺の下腹部の上に着地するように小さく飛び跳ねながら上体を起こし、俺は腹部への急な重みにダメージを受けた。

 だがそんなのはおかまいなしとだいはこちらを見下ろしてくるのだが、なぜかまるで小さい子どものようにワクワクした顔を浮かべている。

 そう、それは悪戯を思いついたような、そんな子どものような感じにも見えて……じわりじわりと変な緊張感が高まり出す。


 な、なんだ? 何を考えている?


 酔っ払いの思考なんか分かるわけがないけれど、今はお腹の上に座られて身動きが取れないのもあり、何だか変な汗をかきそうになる。

 

「ゼロさん水持ってきたっす……ってあれ!?」


 そんなタイミングでロキロキがコップに水を入れてもってきてくれたのだが、俺と一緒にそちらに視線を送っただいは、なぜかちょっと不機嫌な感じになっていき——


「私のっ!」

「ちょっ!?」


 それはきっと、独占欲の爆発、だったのだろう。

 不機嫌な顔を俺の方にも向けた後、避けることも止めることも出来ない速さで一気に上体を下ろしてきただいの顔があっという間に眼前に迫り——


「わっ!?」「むぅ」


 驚く声はたしかに聞こえた、のだが——


 俺はいきなり自身の唇を塞がれたことへの驚きに意識を奪われるのだった。

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