第578話 怒った顔は美しい? いや、怖い

「誰が誰を好きとか、今はそんなことどうでもいいの」


 明らかに負の感情が高まっていそうな低い声が、陽光差し込む室内に響く。

 その声の主は、もちろんだい。

 そんな麗しき声の女性はガッとロキロキの両肩を掴んだ後、俯いた視線をゆっくりと上げ、その両眼でターゲットをロックオン。

 その動きは何というか、完全に負け確イベントの導入シーンみたいで、見てる俺にも緊張が走った。

 それを目の前で展開されているロキロキからすれば、恐怖以外のなにものでもなかったろう。


「は、はいっ!?」


 そして予想通りの蛇に睨まれた蛙よろしく、ロキロキが軽く涙目になりながら怯えた返事をする。

 俺の位置からも見えただいの表情は、怖いくらいに無色で、絶対零度の表情とでも言えばいいのか、正直俺があの顔を向けられたら何もしてなくても謝りたくなる、そんなプレッシャーがあった。


「したの?」


 しかし当然ロキロキが涙目になっていようが、無の状態になっているだいには効果なし。

 むしろ何も感じてないようなトーンで、続きの言葉が発されたわけだったが——


「……へ?」


 そう、ロキロキ同様俺もその言葉が尋ねるところの意味が分からなかった。

 しかし聞き返した表情の怯え方から、余程の恐怖体験中なのが伝わってくる。

 ……頑張れ弟! 後で慰めてやるからな!

 ……え? 今助けないのかって? いや無理無理無理無理。だってだい怖すぎるし。というかそもそもほら、俺はだいとロキロキならだいの味方に立つ側なんだしさ?

 うん、ここは静観するのみさ!


「だから! したのかって聞いてるの!」


 そんな俺が静観を決め込んだタイミングで、目線を下げただいの感情が猛り昂り、ついに声が大きくなる。

 でもだからって言われても——


「え、ご、ごめんなさいっ! でも何のことか——」


 だよね! 分かんないよね!!


 俺はこっそり内心でロキロキとシンクロしつつ、ロキロキ同様お前は何を聞いているんだと聞き返した気分になったのだが——


「この人とキスしたのかって聞いてるの!!」


 うっわ、こわ!!


 それは明らかな憤怒の表情で、俺が今まで一度も見たことがない表情だった。

 正直だいの怒り方は静かな怒りってイメージが強かったけど、今はその美しい顔立ちに浮かべた怒りの色を一切隠していない。

 加えて素の表情が元々少し冷たそうなクール系なのもあり、このだいの怒った顔は俺の人生経験の中でも間違いなくトップクラスの怖さだった。


「え、えと——」

「聞こえなかった? この人とキスしたかって聞いてるの!」


 そんな過去一番レベルのヒートアップを見せるだいに、ロキロキは顔面蒼白で固まった。

 だがそんなロキロキに対し、右腕を伸ばして俺のことを人差し指で指差して、先程からの問いかけを繰り返す。

 いや、そんな怖さ全開にしたら答えたくても答えられんて……ってか、そもそも何だその質問? 

 ……あ! あれか! さっきの佐竹先生の発言か!

 そこに気づき俺は怯えるロキロキに恐る恐る視線を向けると——


「えっ、あっ、えと、その——」


 何とか言葉を捻り出すロキロキは、絵に描いたようなテンパりを見せたが——


「これはしてますね。あきは嘘つけないタイプですし」

「やよー!?」


 無慈悲な佐竹先生の言葉にロキロキが絶望の叫びを上げる。

 だがその反応は答え合わせに他ならないものでもあり——


 え、したの!? いつ!? 俺は知らんぞ!?


 まさかのロキロキの回答に、今度は俺が絶句する。

 だが——


「返して」

「は、はいっ!?」

「アレはっ! 私のっ!! なのっ!!!」


 再び俺を指差しただいは、思いっきり俺をアレ呼ばわりして更なる怒りをぶち撒ける。

 いや、でもアレって流石にひどくない?

 ……っておい! 何佐竹先生の奴笑ってんだ!? 


「返してもらうから」

「いや、どうやって——」


 だいのあんまりな俺の扱いに笑いやがった佐竹先生に一瞬気を取られたが、今度はだいが意味不明なことを言い放ち、俺はまたそっちに目をやった、その瞬間——


「っ!?」「は?」


 再びロキロキの両肩に手を置いただいが、その顔を思いっきりロキロキに近づけて、キスをした。

 もちろんそう、マウストゥマウス。


 その絵面に、俺の思考が一瞬真っ白になり——

 

 えーーーー!?!?!?


「なんでだよ!?」


 脳が再起動するより早く、俺は全力ツッコミをしながらだいの肩を掴んで目の前で熱い口づけを交わす二人を引き剥がし、背中側からだいを羽交い締めにしてこれ以上何もできないように押さえ込んだ。

 はたから見たら見目麗しい二人の口づけシーンに見えたことだろうが、俺からすればそれは彼女が弟に取られたような感じなわけであり、当然許せるものではない。

 ってああそうか、だいもこんな気持ちになったのか、とかなんとか、色んな思考がグルグルと頭の中を回り出したのだが。


「羨ましい」

「あんたは黙ってろ! つーかそんなキャラだったんかい!」


 ここでまたよそからわけのわからん言葉が振ってきて、俺はそちらを睨みつけるように首を回して睨みつけた。


「何ですか、私はずっとこんな感じですけど?」

「いやもっと真面目そうだったろうが!」

「何ですかそれ、偏見ですよ偏見。というか友達でもない同業者の前だったら、そう見せるのが普通じゃないですか」

「じゃあ今はなんなんだおいっ」

「恋敵ですので。もういいのです」

「いや、しれっとだいのこと狙ってんじゃねえ!?」


 だが睨みつけた相手は出会った頃からは想像もつかない図々しい態度を見せてきて、俺と見事な口撃の撃ち合いが発生した。

 だがそんな撃ち合いの最中、俺に羽交い締めされて少しの間大人しくなっていただいが身体を捻るようにこちらを睨みつけてきて——


「何仲良くしてるのよ?」

「してないですよ?」「してねぇよ!」


 なんでやねん! どうやったらそう見えんだよ!? 的なことを言ってくる始末。


 ああもうなんだこれ。ある意味修羅場以上に修羅場じゃねぇか。

 というかロキロキ大丈夫か?

 そう思ってフッと視線を向ければ……ああもう、エナジードレインされたみたいにロキロキ呆然としてるじゃん!

 何これ、どんな技使ったんだこいつ。


 そんなサキュバスチックな技を使っただいを、変わらず俺が押さえ込んでいると——


「だいさん、お酒くさ……」


 え?

 

 顔を歪ませながらポツリと呟かれたロキロキの言葉に、俺は完全に虚を突かれたのだった。

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