第577話 COC
「ちょっといいか?」
声を出すのは、勇気が要った。
でも、目の前で仮にも弟分として俺を慕ってくれるロキロキが苦々しい表情を浮かべているのに、黙っていることができなかった。
だがまさかこの空気の中で、俺が声を出すとは欠片も思っていなかったのだろう。俺の発声と同時に6つの瞳が俺を捉えた。
そのうちの一組は何故か少し不服そうに、一組は少しだけ表情を明るくするように、そしてこの中で最も俺のことを見つめてきた瞳は、その瞳に色を宿さずに。
明らかに好意的ではない二組の瞳に少し嫌な汗を感じたが、もう今更「なんでもない」は言えない。
グッと腹に力を入れ、俺は向けられた瞳たちを見返すように、一度全員に視線を送る。
そして俺に救いを求める子犬のような瞳に小さく頷いてから——
「誰がどんな人を好きになるとか、そんなん個人の自由で、人がとやかく言うことじゃなくないっすか?」
何故か不服そうな眼差しを見せていた相手に視線を定めてから、こう言い放つ。
「ロキロキはロキロキで、佐竹先生は佐竹先生でしょ? もちろん二人の過去のことは知らないですけど、それでも佐竹先生がロキロキをこんな奴ですよって言うのは違くないすか?」
見返してくる眼差しは、明らかな圧力を放ってくる。だが負けてられはいられない。
こちとらこの場の最年長。1番長く生きてんだ。人生経験は俺が上なのだ。
「だからさ、それでよくないか?」
俺の言葉が不服そうだとしても、決してこちらから圧をかけないように、俺はそこにも意識を配りながら、真っ直ぐに佐竹先生にそう尋ねる。
人が人を好きになるのは素敵なことだ。
そこに性別って型をはめる方が違うのだ。
俺は女だからだいが好きなんじゃなくて、だいっていう人間が好きだから付き合っているのだから。
言いたいことは言った。
後は相手がどう受け取るか。
そんな気持ちで俺は佐竹先生の言葉を待った、のだが——
「ちなみにこの子キス魔ですよ」
「っ——!!」
「「は?」」
脈絡のない言葉に、3つの声が生まれ出でる。
一つは焦りを、一つは驚嘆を、そして俺はその言葉の意味の分からなさに。
「大層なことを仰ったのは分かりますけど、それってつまり北条先生はあきの好意を受け入れるってことですよね?」
「は? こ、好意?」
「だって今私がこのタイミングでこの話をした理由、それ以外ないじゃないですか」
「え——」
「気づかなかったって……本気ですか?」
俺が会話の主導権を握ったと思ったのに、あっという間に会話の主導権を握られたどころか、再び俺は硬直へ。
そしてそんな俺にまたしても二人から視線が集まった、のだが、明らかに一人だけとんでもなく焦った様子を見せていて——
「ち、違うっすよ!? あ、いや好きか嫌いかって言ったらもちろん好きっすけど、やよの言ってる好意とかとはたぶん違うっすからねっ!?」
茹でダコの如く耳まで真っ赤にしたテンパる姿が、佐竹先生の言葉に対する答え合わせに他ならなかった。
「ただ一緒にいて安心するなぁとか、俺のことちゃんと受け止めてくれてて嬉しいなぁとか、そのくらいっすからね!?」
人は何故テンパると余計な言葉を口にしてしまうのか。
なんか一周回って俯瞰的にこの場を眺める心地になりながら、俺はそんなことを思ったり。
つーかその感情は——
「それが好意じゃなくてなんだって言うのよ? むしろ大好きじゃない」
ですよねー。
「ち、違うよっ! そ、それにほら! 俺別にだいさんからゼロさんを奪おうとか、そんなことは全く思ってないし——」
「むしろ変に意識されてない今の距離感のほうが心地良い?」
「そうそう……って、やっ——」
「あわよくば二番目狙いってことね」
「ち、違うってばっ!!」
テンパるロキロキを小気味よくイジメる佐竹先生は、流石元恋人の友達同士、ある意味息ぴったりだった。
そして何というか、ここまでのアホの子っぷりを見せつけられるといっそ可愛くさえ思えてきて、どことなくどこぞの教え子を思い出しながら、俺は自然と冷静さを取り戻す。
「佐竹先生さ、そのくらいしてやんなよ。たしかに俺がロキロキに好かれてるのは分かったし。でも俺はロキロキを弟分としてしか見てないから、兄弟愛的な好きはあっても、それ以上の好きは持てないからさ」
そして落ち着き払った頭を動かして、半分告白してきたようなロキロキに、優しくNOを突きつける。
そんな俺の言葉に、みるみるロキロキは大人しくなってしまったが、こればかりは仕方ない。
だが、俺の返事になぜか佐竹先生は不満足そうな表情を見せてきて——
「北条先生があきに乗り換えてくれるんだったら、私としても都合が良かったんですけど」
「——は?」
もう何回目だろうか、またしても意味の分からない言葉を告げられて、俺は間の抜けた声を出してしまう。
だがその言葉の意味を想像するより早く、佐竹先生の再度口が開いていき——
「北条先生が乗り換えてくれるなら、私は里見先生ともっと仲良くできたかもしれないんですから」
「あー……」
そうでしたー! この人はレズなんでしたー!
軽やかなカミングアウトが告げられて、俺は返す言葉に窮することとなるわけです。
何だこれ、カオスすぎるだろおい。
そんな最早収束の道筋すら見えてこない雰囲気だというのに、さらっと告げられた佐竹先生からの告白を受けても、今名前を出された奴は何故か全く動く気配を見せなかった。
え、どうした?
この怒涛の展開に、俺はすっかりそいつを視界から外してしまっていたんだけど、そもそもどんな顔してこの話を聞いてたんだろうか。
そう思って俺がすっと視線を桃色のニットワンピースに身を包む美人に移したら——
「……え?」
先ほどから沈黙を保っていたその美人が俯いたまま無言でスッと立ち上がり、何も言わずにちょっと前から塩らしくなってしまっていた奴の前に移動する。
そして二人が正対すると——
「は、はいっ!?」
半ば悲鳴に似た声が上がる。
そう、動き出した人物は、リアルにガッ! って音が聞こえて来そうなくらいの速さで、塩らしくなっていた奴の肩を掴んだのだった。
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