第576話 ちょっと紙とペン持ってきて
「え? それ、どういう——」
「ちょっ! やよなんで今——」
「だってそうじゃない?」
聞き返そうとしただいを遮る、焦ったロキロキの声。そしてそれをさらに遮る佐竹先生。
衝撃のカミングアウトが為される中、この流れを牛耳る彼女のみ、やれやれといった呆れた素振りを見せていた。
そんな彼女に対して唇を噛み締めるような、明らかに嫌がっているロキロキの表情は今までに見たことがなかったもので、普段のロキロキからはイメージがつかないような表情だった。
だが——
「事実は事実だし」
ロキロキの嫌そうな顔を受けても全く動じることのない佐竹先生がバッサリと二の太刀を繰り出して、この展開に置いていかれるような心境だろうだいはおどおどと二人へ視線を右往左往させていた。
当然俺も何が何やらという気持ちは変わらない。
だが、分からんものは分からない。
分かることはとりあえず一つ。この場の空気は佐竹先生に握られている、ということだけだ。
だから俺はまだ何か言いそうな彼女の言葉を黙って待った。
すると——
「それに気付いたからすんなり私と別れたわけでしょ?」
「え?」
状況を理解するために待った結果繰り出された言葉は、目を丸くして聞き返しただいからも伝わるように、より一層混迷を深めるものでありながら、より一層この場の支配権を強める言葉だった。
今の言葉を整理しよう。
私と、別れた。
佐竹先生はそう言った。
ここで言う私は当然佐竹先生で、その相手は当然……ロキロキってことだろう。
つまり二人は、元恋人。
え? この二人が付き合ってたの!?
落ち着いて考えようとして、数秒経ってようやく理解した内容に、俺は驚きを隠さずロキロキへ視線を送った。
だが俺の方に視線を送ることなどなく、苦々しく一人を睨むようにしているロキロキからその言葉が嘘ではないというのが伝わった。
「たしかにあきは振る舞いとか考え方とか、男の子だと思うよ。でも私と付き合ってても、私のことは友達としか思ってなかったじゃない」
「そ、それは……」
「そんな変に言い淀まなくたっていいよ。だって事実なんだから」
畳み掛ける佐竹先生と、言い淀むロキロキ。
ロキロキは佐竹先生のことを友達って言ってた気がするが、今目の前で展開される二人の関係は、明らかにどこか険悪さを抱いているような、以前に付き合っていたとしても円満に別れてはいないのではないかと思わせるような、そんな関係に見えた。
「身体が女で、心が男で、好きになるのが男。それがあきでしょ?」
そして、疑問形で言い終えたものの、それは明らかに確信めいた表情で尋ねた佐竹先生に、ロキロキは否定する素振りを見せなかった。
それ即ち、無言の同意。
……ロキロキが好きになるのは男。
でもロキロキの心も男。
はたから見たら見た目上
……つまりあれか!! ロキロキはあーすと同じってことか!!!
そう理解して、俺は思わずハッとする。
でも——
ロキロキとあーすが、同じ……?
ロキロキと、あーすが?
頭では理解したつもりでも、いざロキロキを見ればどうしてもあーすと同じようには感じない。
それほどまでに見た目という要素が自分の感覚に影響する、そんな自分の感覚に気付かされる。
……いや、むず!
性ってこんなむずいのか……!
こんがらがる頭は、理屈を理解しようとしてくれる。
だが感情がそこに追いつかない。
おそらくだいも同じような心境だったのだろう、何も言うことなくその美しい顔に難しい表情を浮かべていた。
そんな全くもって穏やかならざる空気が室内に漂う中——
「だから別れたの。まぁ私もあきと付き合ったおかげで薄々感じてた自分の感覚に気づけたから、感謝はしてるのよ?」
「え?」
「私レズみたい」
「……えっ!?」
新たな爆弾が投下された。
なんだ……って?
その言葉に一番驚いたのはロキロキ、ではなく、そんなに大きく目を開けたのかとびっくりするほど目を見開いただいだった。
新たなカミングアウトをした佐竹先生は、彼女は彼女で女性ながら好きになるのは女性だと、レズビアンであるという告白が飛び出したわけである。
しかしまぁ、誰かが冷静さを失ってると、なんか冷静になれることってあるもんで、俺はこの状況を、もう色々と割り切って冷静に分析し始めた。
そうかそうか、なるほど。
それならば身体が女でも心が男のロキロキとは上手くいくはずがないんだな。
身体が女で心が男で、男が好きなロキロキと、身体が女で心も女で、女が好きな佐竹先生。
……いやしかしこれ、複雑過ぎん……!?
「やよそうだったの!?」
「ええ。ずっと男の人に魅力を感じることがなかったけど、あなたと付き合ってそれがよく分かったの。あなたの見た目はタイプだったけど、心が女じゃなかった。ずっとそこに違和感があったの」
「そ、そうだったんだ……」
「あ。もしかしたらあきが私を好きになりきれなかったのは、そこに原因があるのかもね」
「え?」
「だってあき、昔は女の子とも付き合ったんでしょ? その子が男の子を好きになる女の子だったら、別に普通じゃない」
「あ……うん。それはそうだけど……」
「でも私は違ったから。だから前言撤回するね。たぶんあきは、バイなのかも」
……はい?
「あきはさ、男の人を好きになってくれるタイプの人なら、性別関係なく好きになれるんじゃない?」
「……? んー……あー……なるほど……?」
最早何が何やら分からない。
そんな会話が俺の頭上を通過する。
でもロキロキや、何故お前は「なるほど」ってなりかけてんだ?
いやほんともうなんか性別とかさ、もう色々どうでもよくない?
二人の会話を聞いていて、沸々と俺にも思うところが現れ出す。
そして俺はゆっくりと、思った言葉を吐き出す準備を始めたのだった……!
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