第575話 何が何やら
「お邪魔します……」
だいに連れられて現れた黒髪ボブの女性は、知っている人だった。
仲がいいかでいうと、俺はそういうわけではない。それくらいの人。
そう、知っている人だった、のだが……この人のこんな表情は、初めて見た。特に眼差しに浮かぶ戸惑いの色は、前に会った時には全く見ることがなかった色だった。
そしてその戸惑いの視線の先は、当然俺。
明らかに「本当に入っていいんですか?」とか、そんなことを言いたそうな空気を出している。
いや、俺も「どうして連れて来られたんですか?」って聞きたいからね?
でも、聞けない。
声を出せる空気が、この場にはなかった。
だからとりあえず俺はぎこちない動きで何とか会釈くらいをして見せたが、この場面の会釈って最早意味わからんくないか?
そんな自問自答も浮かぶ中、だいに促されるまま現れた女性が部屋の中央にあるテーブルを囲むように腰を下ろす。
そして俺はその様子を見守る。
明らかに気まずい、そんな状況なんだけど、こんな俺をまるでいないかのように振る舞うだいは女性と共に腰を下ろして、自前のリュックから何やら綺麗な包装紙に包まれた箱を取り出して、少し楽しそうにそれを来訪者に見せていた。
つまり状況を整理すると、室内で腰を下ろす女性二人に、クローゼット近くに突っ立っている俺。
わけのわからない状況がここにあった。
何をどうするのが正解なのか、それが全く見えて来ない。
ど、どうしよう……俺は内心かなり狼狽えていたのだが——
「気遣いありがとうございましたっす!」
異質な状態の室内を打破する声が高らかに響き、その元気な声に全員の視線がそちらに動いたのは必然だったろう。
そして俺たちの視線の先の人物はぶかぶかなオーバーサイズの服に身を包んでいて、その姿と今し方の元気な声が合わさって、実年齢以上の幼さを感じさせてくれた。
「ってかなんでやよがゼロさんちにいんの!?」
そしてお礼を言った直後、お礼と同じテンションで疑問が吐き出される。その疑問をぶつけられた女性は——
「ゼロさん……? ああ、北条先生のことか」
と、元気な声のロキロキとは対照的にクールな様子で小さく首を傾げた後、ちらっと俺に視線を移して自分の疑問に折り合いをつけてから。
「里見先生に誘われたから来ただけだけど」
淡々とした口調で答えていた。
その答えに今度は——
「里見先生……? あっ、だいさんのことか!」
同じように首を傾げてからその言葉を理解して、今度はロキロキがだいを見て、だいはロキロキに小さく頷いていた。
まぁたしかに普段はLAの名前で呼び合ってるからな、本名とはなかなか結びつかないよな。
俺も「やよ」が佐竹先生って結びつかなかったし……ってこれはただ下の名前覚えてなかっただけか。
って今はそんなことはどうでもいい。
なんでどうしてこのタイミングで
「恐ろしい確率とは思うけど、この部屋の隣に住んでるのが友人なの。それでそこから帰ろうとしてたら、ちょうど里見先生と会って、せっかく会えたんだからお話しませんかってなったのよ」
そしてまるで俺の脳内を読んだかのように佐竹先生はこの家に来た経緯を話してくれたが、たしかに隣人の水上さんちは同じギルドの風見さんもよく来ていて、【The】の溜まり場になってる話は知っている。
でもまさか、こんなタイミングで会うとは。正直奇跡的だとしか思えなかった。
「というか、あなたよ」
だがそんな俺の驚きをよそに、佐竹先生が今度はロキロキをじっと見て、何かを問おうと切り出して——
「一応聞くだけ聞くけど、なんであきがそんな格好でここにいるの?」
不思議な聞き方だった。
ただの「なんでいるのか」ではなく、「そんな格好で」がつく尋ね方。
だが、その問い方に
「え、それは俺が——」
「人前で全部脱ぐのをあんなに嫌がってたのに」
「え?」
何か答えようとしたのに、それを遮るようにさらに佐竹先生が言葉を続けて、黙って二人のやりとりに耳を傾けていたであろうだいが、その言葉に首を傾げた。
もちろん俺にもその言葉が何を言いたいのか分からない。
でも一人だけは明らかに——
「ゼ、ゼロさんは兄貴分だから平気だったんだよっ」
先ほどよりもさらに明らかな動揺を見せて、それ理由になってるかと疑問になるような、謎の言い分を放つ。
いや、でもロキロキの返事の内容は、佐竹先生の言葉よりは格段に意味は分かる言葉だったけど、おそらく佐竹先生には理解出来ない言葉だろう。
そう思ったのだが——
「そう」
本当に友達同士なのかと疑問になるくらいなぜか佐竹先生が冷たく全てを悟ったかのような表情を浮かべてから、スッとだいの方を振り向いた。
そして——
「里見先生知ってますか?」
小さな悪意と細やかな自嘲と、そんな様子の笑みを小さく浮かべて、佐竹先生がだいに問いかける。
その表情に、さしものだいも少し困惑の様子を見せたが、ゆっくりと佐竹先生の口が動き——
「あきって、心は男みたいですけど、好きになる人も男の人なんですよ」
「「え?」」
まさかの言葉に、俺とだいの聞き返す言葉がシンクロするのだった。
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