第572話 シロですかクロですか
俺を見つめる瞳に、自分が映る。
そのくらい綺麗な瞳に、俺はその場を退くことも忘れていた。
密着した身体から伝わる鼓動の速さは、どちらのものだったのだろう。
自分が言った言葉は思い出せないけれど、ロキロキは嘘をつくような子じゃないから、きっと俺が言ったんだろう。
でも見た目とかで考えたら……と、今の頭での考えがふっと浮かんできた時——
「酔ってたから言った記憶ないんでしょうけど、だからこそ本音ってことっすよねっ」
「え、いや——」
弾むような声が、耳に届く。
俺を見上げながら本音かどうかを尋ねてくる表情は、楽しそうだった。
それはきっと昨夜の記憶をもう一度辿ってみたが故の思い出し笑いみたいな、そんな感じが伝わる笑顔。
目を線にしてニコッと笑う、屈託のない可愛い笑顔。
ああそうか。一番以外を決める必要なんかないと思っていたけれど、もしかしたら俺はこの笑顔に惹かれたのかもな。
そんな感覚も生まれ出す。
だからこそ、俺は本音がどうか尋ねられた質問を否定しようとして止めたのだが、俺が言葉を止めると同時に——
「ゼロさん俺のこと、弟的な感じで可愛いって言ってくれたんすよっ」
過去一の笑顔が炸裂した。
なんだったらその嬉しさが漏れ出してのか、ロキロキの腕が俺の背中に回されて、離れるどころかギュッと抱きついてくる始末。
それはたしかに「可愛い」仕草だったのだが……。
「……へ?」
弟みたいで?
あれ? だいの次の推しを選ぶって質問だったんじゃ……あれ?
いや、可愛いって言ったからそうなるのか?
ん?????
混乱する頭を「性別」という言葉が占拠する。
いや、でも待てよ。
愛に国境はないってよく言うよな。
なるほどつまりそういうことか?
性別なんかで愛に線を引く必要はない。
「可愛い」よりも「弟」って言葉をもらったことをロキロキは嬉しそうにしてるみたいだし。
うん、たしかにそういう考えもあるだろう。
……そういうこと、なのか……?
つーかこの話は愛じゃねぇだろ!
「あれ? どうかしたっすか?」
「え、あ、いや……」
混乱する俺を見つめてくるきょとんとした顔は、女の子みたいだった。
てか、女の子だ。
でもロキロキは男。
そう、男。
男って俺は思ってる、よな?
最早自分で自分に問いかけて、余計に混乱する自分が現れ出す。
ロキロキの笑顔は可愛い。
あざとくとなく、素直で純粋そうで、可愛い。
それは間違いなく思う。
でもこの可愛いはだいとかゆめとかゆきむらに感じるものとは違うのか?
そう考え出すと、自分の中の感覚が分からなくなる。
少なくとも今肌に触れてる感じは、どう考えても女の子だし……。
って、いかんいかんいかんいかん!
その認識を持ったら終わりだ!
それは人として思ってはいかん認識だ!
「兄がいたらこんな感じだったんすかね? 終電逃した時も兄弟みたいなもんなんだからうちに泊まってけばいいって言ってくれましたしっ」
「え、あ、そうなの?」
ロキロキの純粋な視線が、今の俺には痛かった。
変なことを考えてしまった自分の胸に募る罪悪感がハンパない。
でも——
「そっす! でもさすがに並んで寝るのは変だったんで、俺ゼロさんと頭の位置逆に横になるはずだったんすけど……寝相悪くてひっくり返ってたんすかね? すみませんっ」
「え、あー、うん。そうなんだー」
完全に俺がロキロキを弟だと認識して疑わないような話し方に、俺は色んな思いに蓋をして合わせ出す。
向こうがそう思ってくれているなら、俺がそれに「ごめん実は」なんて言葉を口にする必要はない。
こうなれば、今思ったことは墓場まで持っていくまでよ!
「しかもこの男らしくない身体隠すための着替えも着る用意だけして途中でやめちゃって寝ちゃったみたいですし、重ね重ね恥ずかしい限りっすっ」
「え?」
「はい?」
恥ずかしい、そう言ってまた表情に恥じらいを浮かべるロキロキだったが、俺はそこで違う言葉を頭に留めた。
今こいつ——
「途中?」
「はい?」
「さっき言った途中って、そういうこと?」
「え? そうっすけど」
「あー……」
「分かってはいるんすけどね、しょうがないって。でもやっぱり男としてこの身体見るのも見られんのは恥ずかしいんすよ。だから寝起きで見なくて済むように。寝る時でも基本この体型分かんないように補正下着着て寝るんすけど、昨日は流石に眠すぎて、途中で寝落ちしちゃったみたいっす」
「あ、ああ! なんだそんなことか! 気にすんなよ!」
「えっ、急にどうしたんすか?」
そうか! 途中ってそういうことだったのか!!
つまりセーフ! これはセーフ!!
それが分かった俺の中に一気に安堵感が高まって、自分のテンションが高くなる。
だってそうだろ? 罪を覚えてないのかもしれないと焦ってたのに、無罪が確定したんだから!
「男同士なんだから裸とか気にすんなよ!」
「っ! うすっ!」
そんなテンションの俺が放った言葉に、パッとロキロキの表情が明るくなる。
冷静に考えれば流石に裸はあかんやろって後から思っただろうが、今の俺にはそんな発想すら浮かばない。
心が晴れやか、そう、そんな心地なわけである。
「やっぱゼロさんは兄貴っすね! 好きっす!」
そして俺のテンションに当てられたところもあるのだろう、ロキロキがテンション高めに嬉しそうな声を出し、覆い被さったままの俺に抱きついた。
その行動は弟らしいかどうかったらなんか違う気もするが、とりあえず今は気にしない。
だって俺はシロなのだから!
さて、そうと分かればもう何も怖くない。
ってことでそろそろ離れるか。
今は勢いで誤魔化したが、流石に裸で抱き合うとか普通兄弟だろうがありえねぇからな。
そう思ってくっついてくるロキロキから離れようと、俺はまず顔を上げた。
そこで目に入った時計の時刻は、午前10時半前であることを示していた。
もうこんな時間かー。何時に帰ってきたのか知らないけど、けっこう寝ちゃってたんだなぁ。
そんなことを思った刹那——
ガッ、ガチャリ
……え?
さーっと、自分の顔から血の気の引く音が聞こえた気がする。
そう。
天まで昇る心地だった俺を地の底まで叩き落とすような、不穏な音が俺の耳に聞こえたのだった。
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