第571話 自過剰ですか事後ですか
見つめ合う、一糸纏わぬ二人。
方や恥ずかしそうに。
方や呆然としていて。
何も知らない第三者が見れば、それはきっと酔った勢いで男女が一夜の過ちを犯した事後にしか見えない光景だろう。
中身は第三者には分からないのだから、どう見ても今恥ずかしがっている方は女性に見えるだろうし、呆然としている俺は朝になって素面になり、事の重大さに焦っている男。客観的に見ればそんな分析になりそうな、恐ろしい空間が今俺の部屋には広まっていた。
だが、見つめ合ったまま、俺たちの間に言葉は存在しない。
それが部屋の中の気まずさをこれ以上ないほど増幅する。
でもここで俺は何を口に出来るというのか?
「途中って、何の途中?」って確認か?
いや、それガチでアウトな奴だった時、もう全てが瓦解するぞ。
だって今俺の目の前で恥ずかしそうにしているロキロキは、両腕をクロスさせて胸を隠すポーズを見せ、明らかに頬を赤く染めていて、流石にこれは分かっていても普通に可愛い女の子にしか見えないのだから。
じゃあ「昨日の記憶全然ないんだけど……何があったんだ?」か?
いやいや、事実だとしてもこれ言う奴って大概クロの時じゃんな! いや、でもマジで新宿で大和とロキロキと飲んでて、飲み比べだー的に色んな酒をちゃんぽんし始めたとこまでしか覚えてないんだけど……。
ん……?
沈黙の中嫌な汗をかきながら、熱いような寒いような、不思議な感覚に陥りながら思考する俺に、そこでふと浮かぶことが一つあった。
「や、大和は?」
その浮かんだ疑問を、気まずさレベル99の空間を切り裂くように聞いてみる。
その内容は、我が友の居場所について。
昨日一緒に飲んでたのに、いつ別れたのがマジで出てこないから。単純な疑問として俺はこの問いを投げかけたのだ。
発した言葉は自分でも分かるくらいに震えてたけどね!!
「え?」
でも、俺の質問を受けたロキロキは虚を突かれたように一瞬目を丸くしていた。
そりゃそうだ。途中で寝ちゃったことを謝ったのに、急に違う奴の名前を出されたんだから。話の脈絡も何もあったもんじゃないんだから。
「せんかんさん、すか?」
それでも恥ずかしさを消しきれないながら聞き返してくれたロキロキは、俺の緊張が移ったせいか少し上擦った声をしていた。
でも今俺にそれを気にする余裕はない。
だからこそ小さく頷いて、ロキロキの問い返した内容を肯定する。
「今頃お家じゃないっすかね、たぶん」
「え」
「え? いや、たしかにどこ行ったかは正確には分かんないっすよ? 俺たち先にタクシー乗っちゃったんすから」
「……タクシー?」
「え?」
だが、聞き返してくれたロキロキとの会話が噛み合わないったらありゃしない。
大和が家に帰ったことも、俺たちがタクシーに乗ったことも、全てがまったく繋がらないのだ。
でも、表情や雰囲気から、ロキロキの言葉は嘘には聞こえない。
むしろ疑うべきは帰ってきた記憶がない俺の記憶の方だろう。
でもそんなに飲んだっけか?
最早何も分からなすぎて、俺がまた沈黙すると——
「え、もしかして記憶飛んでるんすか……?」
軽く驚いた表情を浮かべてロキロキが俺に尋ねてきた。
その言葉に、俺が数秒待ってから頷くと——
「あちゃー……二日酔いとか大丈夫っすか?」
「あー、それはなんか平気っぽい。ちょっとだるいくらいだよ」
「え、風邪っすか?」
「いや、そういうんじゃなくて……なんか疲れてるなって感じのやつだよ。休めば回復するさ」
「そっか、なら少し安心っす! でも無理しないでくださいねっ」」
昨日何があったかの話より先に俺の身を案ずる言葉がかけられて、俺が大丈夫と答えると安心してニコッと笑ってくれたその笑顔に、俺はマジにロキロキいい奴だなぁとちょっとじんとした。
いや、このストレートな心配とか気遣いは最早天使と言っても過言ではないだろうか。
なんてことをちょっと思ったりしていると。
「ちなみに、2軒目で飲んでる途中でゼロさん寝ちゃったんすよ」
「え、マジ?」
「そっす! その前からたまにむにゃむにゃしてたんで、元々お疲れだったんすよね」
「そうだったのか……すまん、覚えてないんだが迷惑かけたな」
「いやいや全然っすよ! 金曜日でしたし、テンション上げれてても疲れてて当然の曜日じゃないっすかっ」
昨日の話を教えてくれ始めるロキロキは、だいぶいつもの様子を取り戻して話してくれた。
その話しぶりに俺も少し落ち着いて、声の上擦りが落ち着いた。
そうやって落ち着き出すと、改めてまた一つ思うところが現れてくる。
そう、なんだかんだ俺らまだ何も着てないのだ。
完全に機を逸して話題に上げ逃したけど、いくらロキロキの中身が男としても、やはりちょっとお互いの状態は恥ずかしい……!
そもそも男同士だって、室内で全裸で話したりすることないしな!
でもここでそれを表に出すのも変に意識してるような気がしたから、俺は努めて普段通りの会話の空気を意識した。
そんな俺が密かに努力していると——
「ちなみに寝ちゃったのは自分の彼女以外で【Teachers】のメンバーなら誰推しかって話してる時だったんすけど、これも覚えてないっすか?」
「は?」
ぶっこまれた衝撃の話題に、俺は思わず間抜けな声を出してしまう。
てか、待て待て待て!
彼女がいるならダメだろそれ!
え、何で大和もいたのにそんな話になってんの!?
と、俺が唖然としていると——
「その前はたしか……1番可愛いと思うLAプレイヤーでしたねっ。あ、もちろん外見の話っすよ?」
「はぁ!?」
おい、なんだ話。不毛すぎる。不毛すぎるだろその話題!
でもそれも覚えてないってことは……酔った勢いが生み出した流れってことなのか……!
そんな風にアルコールの恐ろしさにも愕然としていると——
「ちなみにその時ゼロさんレイさんって名前出してましたけど、誰っすか?」
「俺そんなこと言ってたの!?」
いや、たしかにLAの中の〈Rei〉さんは可愛い。だって二次元の世界における俺の初恋のキャラにも似た、今で言えば初推しのキャラをモチーフに作られているのだから。言ってしまえば中の人も似た髪型をしていて、見た目だけならめっちゃ可愛いのがすごいとこだろう。
でもあの人中身がやべーからな。
っていうか、俺ほんとに見た目だけに正対して答えてんのな! 酔ってたくせに!!
と、まさかの自分の発言を後悔していると——
「はい。ちなみにさっきの推しトークだと——」
「いい! やめろっ」
さらなるぶっこみをかまされそうになり、俺は反射的に身を乗り出してロキロキの口を塞ぐように手を伸ばす。
だが、女の子座りに加え手を胸の前でクロスしていたロキロキの体勢は、口を塞ごうとロキロキの方に体重移動してしまった俺の力を止めきれず——
「わっ!?」
「うおっ!?」
俺よりも断然華奢なロキロキの身体は俺に押し倒されるようにベッドに仰向けに倒れ込んで、俺はその身体の上に自身の身体を重ねてしまった。
しかもロキロキは咄嗟に崩れたバランスを支えようと手を動かしてしまったから、露わになったその胸が、俺の上半身と密着する。
さっきは寝ぼけていたからあまり自覚しなかったが、ちゃんと起きた状態で触れ合ったその身体の感じは、どう考えてもあまりにも男性的とは思えなくて、一度は落ち着いた胸が、脳が、身体が、変なドキドキを覚え出す。
「わ、悪い!」
そんな状況に俺は慌てて起きあがろうとしたが——
「俺はけっこう嬉しかったんすよ?」
「……へ?」
文字通り目と鼻の先にある頬をなぜかわずかに紅く染めながら、俺の目の前にある顔が不思議な言葉を告げてきて、俺の動きがストップする。
え、今この状況が嬉しい?
そんなわけのわからないことを思っていると——
「ゼロさんが選んでくれたの、俺だったんすから」
「……え?」
俺が、ロキロキを選んだ、だと?
その言葉に、思考が止まる。
室内にはただ二人の呼吸音が響くのみ。
そんな状況の中で、俺は真っ直ぐにこちらを見つめてくる視線と見つめ合うのだった。
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