第569話 ふざけたもん勝ちって時もある

「あれ? どうしたんすか?」


 小さく首を傾げて、きょとんとした表情の大きな眼差しが俺を見る。


「え? いや、その——」


 そのあどけない眼差しに俺はなかなか言葉を発せない。

 そんなやりとりをしていると——


「鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔してんな!」

「わっ、その慣用句リアルで初めて聞いたっす!」

「うむ。俺も初めて使った気がするけど、たぶんこういうことだろう!」

「つまりゼロさんが平和の象徴だと?」

「お、よくその裏読みに気付いたな!」


 会話に入ってきた大和によってロキロキの視線がまた大和に戻り、俺の変なテンパリはどこかへ消えた。

 かといって、さっきまでの流れでどこが平和の象徴なんだおい!? なんて勢いあるツッコミは、今の俺からは出てこない。

 鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔、そう言われたけれど、たぶん俺もそんな感じなのは自覚してるから。

 言葉の理解が追いつかない、そんな俺を差し置いて——


「まぁだいと別れるようなことがあろうもんなら、他の奴らが一斉によろしい、ならば戦争クリークだ、ってなりそうなもんだしな!」

「なんすかそれ?」

「なぬ!? 少佐が通じないだと!?」


 鳩鉄砲フェイスの俺を置き去りに、殲滅戦や電撃戦や打撃戦や防衛戦や包囲戦や突破戦や退却戦や掃討戦や撤退戦なんて言葉を口にしそうな大和と、そのネタが全く伝わってないロキロキの間でまるでふざけた会話は続いていった。

 っていうか、これはまるででもなんでもなく、ふざけてるよな!


 ……あれ? そうなるともしやここまでの流れは全部おふざけ?


 そんなことを思い始めながら、俺は日本史が専門のくせにゼーレヴェー作戦について解説を始めた大和と、それを分かってなさそうだけど楽しそうに笑って聞くロキロキへ視線を右往左往きょろきょろさせてみる。

 改めて眺めると、大和は夏よりも色が薄くなってんな。ガタイの良さは変わらないけれど、黒い肌から万人受けしそうな健康的に焼けた肌の色って感じに戻ってた。

 そしてロキロキは出会った二ヶ月前に刈り上げていた襟足が伸びていて、耳周りは刈り上げているものの、少年の髪型からボーイッシュな髪型って感じに変わってる気がした。そして髪で隠されることのない耳には、今日は右耳にシンプルなシルバーのスタッドピアスを付いていた。

 ピアスかー、その辺はさすが海外帰りって感じだよな。お洒落だなぁ。

 あれ? ピアスをお洒落なんて思う俺はおっさんか?

 とか何とか思ってると——


「ゼロさんは今の話分かったっすか?」


 完全に虚を突かれるタイミングでロキロキのパスがやってきた。

 もちろん全然大和の話を聞いてなかった俺は——


「お、俺は戦争は嫌いだけど」

「そんな話聞いてないっすよーっ」


 と、さっきの大和の話を続ける感じで答えてしまい、何がそんなに面白かったのか、目を線にして笑うロキロキにパシッと肩を叩かれた。

 とはいえそんなツッコミを入れたロキロキへ——


「いや、倫は分かってる故の返事だったな!」

「ええ!? そうなんすか!?」


 偉そうに腕を組みながら大和の指摘が入り、分かりやすくロキロキが驚きのリアクションを見せる。

 しかしまぁ、ころころ表情の変わる子だなほんと。弟キャラってこういう奴のこと言うんだろうなぁ。

 そんな感じが強く湧き上がる。


「ま、年上だからなっ」


 そしてようやくこの状況に順応出来た俺は、ここで久々に余裕を持った表情を浮かべることが出来た。

 そんな俺に——


「でも今は同い年じゃないっすかー」「さすが倫の兄貴!」


 と、ほぼ同時に返ってきた反応は両者それぞれだったけど。


「俺27、お前28。大和、年上。あんだすたん?」


 たまには俺もふざけたってバチは当たらないだろうと、俺は適当なカタコト口調で大和に言葉を突き返した。

 あ、ちなみにロキロキの「今は同い年」ってのはあれな。学年は俺が上だけど、俺が1月生まれだからまだ誕生日を迎えてないので、5月生まれのロキロキと一時的に同い年って意味だからな。


「ならば我を敬いたまえ」

「せめて敬意払われること言ってから言えやっ」


 で、ふざけた俺に大和がふざけ返してきて、結局俺がツッコんでロキロキが笑う。

 そんな笑いがこの時間にはふんだんにあった。

 しかしまぁ、【Teachers】のオフ会で、こんな平和で穏やかな飲み会が今まであっただろうか?

 これはちょっと定期的に男子会とか開いても楽しいかも。

 みんなとの会話の中で俺自身も笑いながら、ちょっとこっそりそんなことも思ったり。


 きっと今はだいも女子会で楽しんでる頃だろうし、明日は俺も楽しかったよって言ってやろう。


 その後も俺たちはみんなでワインボトルを空けたり日本酒飲み比べをしたり、ふざけた写真を撮ったりと、まるで大学生みたいな飲み会を繰り広げながら、この後どうなるかなんて考えることもなく、俺たちの夜を続けるのだった。

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