第567話 これはこれで
「じゃ、行くか!」
「うすっ」
「あいよ」
改札を抜けた4人を見送って、俺たちは踵を返してがやつく新宿の街を歩き出す。
目的地は特に決めてないけれど、前を行く大和の進行方向は……どうやらとりあえず歌舞伎町方面に向かうらしい。
たしかにそこが一番飲み屋は多いもんな。ってわけで、何の打ち合わせがなくても、俺はもちろん、ロキロキにも異存はなさそうだった。
そういやこの三人ってメンツは、夢の国以来か。
でもあの時と今はちょっと違う。
あの時はみんな私服で仲間内で遊びに来たって感じだったけど、今は格好だけみたら大学生みたいなラフな格好の中性的な子がスーツの男二人と歩いてるわけだろ? なんかちょっと変な構図だなぁ。
そんなことを思ったりしていると——
「ゼロさんとせんかんさんって、二人で飲みに行ったりするんすか?」
俺の考え事など欠片も予想することなく、パーカーの上にあったかそうなジャケットを羽織ったロキロキが、俺の右隣からこちらの顔を覗き込むように相変わらずの楽しそうな顔つきで尋ねてきた。
しかしそのジャケットちょっと君にはおっきくない? 指先しか出てないじゃん。
でも、何というかそんな年下然とした雰囲気のロキロキは、持ち前の明るい笑顔と相まってけっこう可愛い。
あ、あれだよ? 弟的な意味だからね?
っと、いかんいかん。聞かれたことにはちゃんと答えないと、兄貴分として。
「あー、だいと付き合う前はそれなりに行ってたよ。今もたまに飯食いに行ったりするし」
「いいっすね! そういう職場の同僚が友達って感じっ」
「そうなぁ。ロキロキは職場に年近いやついないの?」
「俺っすか? あー、うー……いやー、いないこともない、っすけど……」
「ん?」
質問に答えた俺を絶賛した直後、今度は俺が聞き返すと、珍しくロキロキの表情が曇った。
それは何とか取り繕おうとするも上手く笑えないという感じの苦笑いで……つまり年が近いやつはいても、あんまり仲良くない、そんな感じなんだろうなって予想が立つ表情だった。
「まぁ別に無理に仲良くなる必要もないと思うけど——」
「あ、やっ、別に仲悪くはないっすよ! ただなんていうんすかね、俺のことどうしていいか分かんない、って感じかなぁ。そんな感じがちょいちょい伝わってくるんすよね」
「俺のことどうしていいか分からない?」
俺の言葉を遮ってきたロキロキの言葉に、俺がクエスチョンを浮かべると。
「あははっ! そこでその顔してくれるゼロさん好きっすよ、俺」
「へ?」
気まずそうな顔から一点、思いっきり笑ってくれたロキロキに、尚更俺はわけが分からないって顔をしたのだが——
「【Teachers】の皆さんは俺のこと普通に受け入れてくれてるっすけど、やっぱりそうじゃない人もいますから。もちろんそれに腹を立てたりとかはしないっすよ? 人の感覚ってそれぞれですし、そのくらいは、ここまで生きてきた中で色々分かってますから」
「あー……」
性別、か。
色とりどりの明かりが照らす街の中、俺は一瞬空を見上げてこの言葉について考えた。
そこには、俺には預かり知ることも難しいロキロキの経験が詰まっているのだろう。
「でもっていうか、だからっていうか、ゼロさんとかぴょんさんとか、今みたいに俺のこと何の違和感もなく接してくれるじゃないっすか? それを自分の中の基準にしちゃって、求めちゃってるんすよね、俺。って、なんかこれ俺の器ちっちゃいって話っすねっ」
話しづらそうな、話を聞いて欲しそうな、ロキロキの雰囲気はどっちにも取れそうだった。
でも少なくとも本当はみんなに普通に接して欲しい、そんな気持ちが強いのだろう。自分のことを卑下して笑う笑顔は、寂しそうだった。
そんな弟分の様子に——
「ま、うちのギルドは人間が出来てるからなっ」
「わっ」
俺はバッとロキロキと肩を組んでぐいっと俺の方に引き寄せてから、顔を近づけて笑ってやった。
経験上、しんみりした話をしんみり聞いてもしょうがない。まして相手がこうやって強がって笑おうとするような奴なら尚更だ。一緒にしんみりしようものなら間違いなく「すみません、気を遣わせちゃって」と謝ってくる確率120%なのだから。
そんな俺の行動にロキロキは——
「い、いきなりはびっくりするっすよっ」
パッと顔を背けてしまいましたとさ。
……あれ?
「そっすよね!」ってロキロキも笑ってくれると思ったのに。返ってきたのはあんまり想像していなかった反応で、むしろ何だかちょっと恥ずかしがるような、そんなリアクションだった。
んー、あれかな? 周りに人がいるとこで肩組むとか目立ちそうとか、意外とそういうとこ気にしたのかな。でも夜の新宿にそれよりも目立つ奴らなんてゴロゴロしてるし。
「悪い悪いっ」
謝るけど、そこはあえてあんまり思ってなさそうな笑顔で俺は謝罪の言葉を口にする。
まぁ実際あんま思ってないけどな!
「ま、あれだ。ロキロキまだ1年目だろ? 付き合い長くなってきたらみんな分かってくれるって。それでもなんか寂しい時は俺らが一緒に遊ぶしさ」
組んだ肩はそのままに、俺はちょっと偉そうに言ってやる。
それは先輩としての言葉でもあり、仲間としての言葉でもあった。
「ゼロさん……あざすっ」
そんな俺に、こちらを見上げるロキロキからにっと白い歯がこぼれる。
それはもう、屈託ないって言葉がこれ以上ないほど似合う素敵な笑顔だった。
いや、ほんとレベル的には尻尾が吹っ飛ぶんじゃないかって思うくらい尻尾ぶんぶんなワンちゃんみたいな、そんな感じ。
もちろんこれだけ懐いてくれると、悪い気はしないよね。だってロキロキ自身がマジでいい奴なんだから。
「おうよっ」
そして俺は組んでた腕を離してから、そんな弟分の頭をくしゃくしゃってしてやって、俺もまたロキロキに笑い返す。
そんな俺たちのやりとりに——
「倫の兄貴、俺は仲間外れですかい?」
「俺より年上ででかいくせに変なこと言うなっ」
新宿の街並みをぐいぐいと進み、俺の前を歩くスーツが急に振り返ってきて、わざとらしい笑みを浮かべて茶化してくる。
そんな大和に俺は怒ったふりをして、ツッコんでから笑ってしまう。
そんな空気にまたロキロキも笑っていた。
うん、チーム女神がいる時ももちろん楽しいのだけれど、チームメンズはチームメンズで何事も気兼ねなくて楽しいんだよな。
ああつくづく俺は仲間に恵まれた。
そんなことをちょっとだけ心の内で思いつつ、俺たちはそのまましばらく、夜の新宿を闊歩するのだった。
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