第565話 君はいつの間にか
「一番感動、ですか」
口元に軽く握った手を当てて、色白な女の子が悩み出す。
それは悩める美女と評するに相応しい、何とも様になった姿だった。
「だいが名前入りのボールペン、ゆめが入浴剤、ぴょんが図書カード、俺がシャンパン、ロキロキがキーケース、倫がケーキと花と写真か。悩ましいけど、プレゼントした奴の人格込みで考えると、俺がゆっきーの立場ならあれかなぁ」
「入浴剤じゃないです〜バスオイルです〜。でもわたしも人格込みって言われたら、あれ選ぶかも〜」
そして考えるゆきむらの姿を見てだろう、大和がみんなのプレゼントを確認したあと、意味ありげな表情を浮かべつつ、自分ならという意見を述べる。
それを受けたゆめはさくっと大和に訂正をいれてから、大和と同じく意味ありげに笑いながら、同じようなことを言う。
でも二人が言う「人格込みなら」ってのは、たぶん——
「たしかに人格込みなら俺もあれに感動したな」
俺も同意見の、あいつがあげた、あれだろう。
きっと大和やゆめと予想は同じだろうという確信を抱きながら、俺も予想に参加する。
「え〜、ゼロやんもほんとにあれ〜?」
「これで俺らのあれが全部違ったらウケるな!」
「いやいや、流石にこれは被んだろ? 感動だぞ感動」
そんなこそあど言葉溢れる会話の中、俺の予想にゆめや大和が軽くからかいをいれてきたりもしたが、話す表情からはやっぱりみんな思いは一つだろうなってことが伝わった。
「皆さん付き合い長いっすもんね! 俺は自分以外のみんないいなぁって思ったっす!」
「まぁみんなあたしには敵わないけどな!」
そんな俺らの予想が告げられる中、ロキロキは相変わらずいい奴みたいなことを言って、ぴょんは……やれやれみたいな発言をかましてくる。
そんなぴょんの姿に俺と大和とゆめは顔を見合わせて苦笑い。
あ、ちなみにここまでだいが無言なんだけど、だいは絶賛俺の向かいの席で俺が買ってきたケーキの残りをもぐもぐと美味しそうに消化中である。
あ、だいが食べるのが遅いんじゃないぞ?
ゆきむらが1/4は多すぎるだろうということで、最初にケーキは8等分ではなく、美しく12等分にしたのだ。で、そのケーキをゆきむらに2つ分、他のメンバーに1つ分取り分けたんだけど、色々食った後ってのもあったのか、なんだかんだおかわりするメンバーがいなかった。だからだいが残った分を食べているってわけである。さぁだいが食べた量は全体のどのくらいでしょ? なんつって。
しかしまぁ、食べる姿可愛いなぁ。
みんなの会話も一応は聞いているのだろうが、ちゃっかりメニューにあったアイスティーを温めて出してもらうという万全な用意の中、一口一口美味しさに笑みをこぼしながらケーキを食べ進めるだいの姿は、最早平和の象徴と言っても過言ではないだろう。むしろこの姿をみんなが見たら世界から紛争は消える。そんな予感すら浮かぶほどだ。
ご存知だいの料理はすごい美味しいし、それに「美味しい」を伝えた時も嬉しそうな顔をするけど、やはりだいの一番は自分が美味しいものを食べている時の表情だと俺は思う。
この食関係で笑顔がいっぱい溢れるって、人としてほんと魅力的だよなぁ。
「皆さんからいただいたもの、全部嬉しかったので迷いますね」
と、俺がだいの姿に少々見惚れていると、むむ、という様子でゆきむらがポツリと呟いた。
その呟く姿は先ほどの考え込む姿から全く変わっておらず、それだけ真剣に考えているのが伝わった。
「でも変なこと言うけどさ〜、ゆっきー変わったね〜」
「むむ?」
そんな考え込むゆきむらに対して、ゆめがまるでお姉ちゃんのような感慨深げな感じを出しながら言葉を送る。
その言葉を受け、固定ポーズだったゆきむらの顔がゆめの方に向いたのだが。
「だって前までのゆっきーなら、こうやって聞かれたらゼロやんのこと見ながら考えてたでしょ〜?」
茶化すのではなく、ゆきむらに優しく向けられたゆめの眼差しに、ゆきむらがハッとする。
それはゆきむらに限った話ではなく、だいも食べる手を止め、ぴょんや大和も、もちろん俺も「たしかに」となるような、そんな気づきをくれた言葉だった。
「そう、ですね」
本人もそこで自覚したのだろう。それはきっと、ゆきむらにとって大きな変化で、その表情がはっきりとそれを物語っていた。
そしてその表情が、スッと俺に向いて——
「いつまでも背中ばかり見ていては、何も変わりませんから」
にこっと、そう、それは誰の目にも明らかににこっと微笑んで、ゆきむらは俺にそう言った。
その笑顔に飲み込まれたように、俺は言葉を——いや、みんなが言葉を失った。
客観的に見れば美しい顔に浮かんだ可愛らしい笑顔、なんだけど……何故か言葉を失う、それだけの迫力というか、そんな雰囲気がその笑顔にはあったのだ。
「やー、なるほどね! いつか逃した魚は大きかったですよ、って言ってやるって寸法か! いいねぇゆっきー! あたしは好きだぜ!」
この沈黙を打ち破ったのは、ぴょんだった。
およそ5秒くらいの沈黙を破り捨て、俺の方に視線を向けていたゆきむらの背中を軽めにバシバシ叩きながら楽しそうに賞賛を送る姿は、パッと見酔っぱらいに絡まれる若い子なのだが、ぴょんが言葉と動きをもたらしてくれたことで、俺たちの
「ゆっきーなら言わせられるような子になれるよ〜。今の顔めっっっちゃ可愛いかったし〜」
「既にちょっと後悔しててもおかしくないな!」
「そ、そんなことねぇよ!?」
そんなデバフ解除直後、ゆきむらを褒めるだけでなく、まさかの俺への飛び火も飛んできたので、俺は首を振ってそれを否定する。
ちらっとだいに視線を向ければ、だいも今は
「まぁ、倫は釣った魚にしっかり餌あげるタイプだもんなぁ」
「ゼロさんとだいさん、ほんと仲良いっすもんね!」
「だいも餌をちゃんと食べてあげるし、餌をあげ返すタイプだもんね〜」
「私自身が餌よって感じだもんな!」
「ちょ、ちょっとやめてよっ」
そして気づけば何故か話の中心が俺とだいになっていて、今度はだいまで火の粉が飛び、ぴょんのセクハラまがいというか、最早真っ黒くろすけなセクハラ発言にさすがのだいも反論する。
でも耳まで赤くして伝えた言葉は、ぴょんの発言内容を否定するものではなく——
「私が餌よってのは否定しないんだね〜」
「そら倫も食いついて離れないわなー」
「そりゃ今の姿見ても分かるだろ? こんな可愛いんだぜ?」
「わっ、ラブラブっすね!」
どうせこの流れは俺もいじられるだろうってのが見えていたから、それならばと俺は開き直って、包み隠さず愛を示してやったのだが——
「やめてよ……っ、もうっ」
一番それに食らったのはだいだったようで、その照れて顔をゆめがニヤニヤしてつついていた。
いや、でもほら、事実だし。
「倫も言うようになったなー」
「ギルドの安定は望ましい!」
「嘘はつけないからな、倫理教師として」
「それ言ったら急に嘘くさいよ〜」
そして恥ずかしがることもなく堂々とする俺を中心に、みんなの中で笑いが広がる。
そんな、ほんとにいい仲間たちだなって思える中、ついに——
「ゼロさんたちが言ってた言葉、私も分かりました。だから皆さんのプレゼント全てが嬉しかったので優劣をつけるのは心苦しいですけど、決めました。今の私と、これからの私を一番に考えてくださったと私が一番感動したのは——」
一番感動したプレゼント。
そのプレゼントを決めたゆきむらの口から出た言葉は、まさに俺たちの思考と見事に一致するものだったのである。
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