第564話 穏やかすぎると不安になる
「ちょっと待ってろ!」
「えっ」
みんなの視線や戸惑いを受けながら立ち上がり、俺はささっと個室を出て店員さんに声をかけに移動した。そして俺のマル秘アイテムを受け取りに行ってから、再び部屋に舞い戻る。
この間たぶん3分はあったけど、これはひとまずご愛嬌。
そして両手にそのアイテムを持ってるせいで開けない個室の扉の前で——
「開けてくれっ」
そう声をかけると、不思議そうなだいを筆頭に、みんなが最初は何が何やらみたいな顔をしてたけど、俺の両手が持っているそれを見て、その表情が変化する。
「俺のプレゼントの一つがこれだっ」
そしてみんなの表情にグッと心の中でサムズアップして、俺は高らかに声を上げる。
「美味しそう」
そんな俺のサプライズに真っ先に心の声が漏れたのはだいで、それは間違いなく本音の中の本音だった。
でも俺だって美味そうだと思う。
そう、俺の両手が支えているのは、これでもかと木苺が散りばめられ、その上に木苺が使われているだろう赤いソースがかかった直径20センチ程のホールのレアチーズケーキ。
そして木苺たちの上には『Congratulations,Yukimura』と書かれたチョコのプレートが乗っている。
これは俺が甘いものが大好き、ってわけではないゆきむらのためにチョイスしたケーキで、ホールなのはゆきむらだけでなくみんなも楽しめるようにと考えたからである。
「美味しそうですね」
「見た目も可愛い〜」
「密かに仕込んでたのはこれか!」
「写真撮っていいっすかっ」
「みんなで分けれるものかぶりかっ、やるなマイフレンド!」
そんな俺の持ってきたケーキを見て、みんなの反応も現れ出す。
ただやはり美味しそうなものの前では人は素直になるようで、みんなの表情からそれがありありと伝わった。
1週間前のお祝いが決まった日からけっこう時間をかけて探した、俺渾身のプレゼントはどうやら成功と言ってよさそうだ。
「私切り分けるね」
「おう、頼む」
そして何人かが写真を撮った後、ケーキの乗ったお盆の上にある小皿とケーキナイフを取って、颯爽とだいが切り分け出す。
自分が食べたいのもあるんだろうけど、当然最初は大きめに切ってプレートと共にゆきむらにあげるところとか、我慢が出来ててえらいぞだい。
「ありがとうございます。でもゼロさん、さっきこのケーキをプレゼントの一つって仰ってませんでした?」
そしてだいからケーキを受け取ったゆきむらが、だいにお礼を言ってから俺に視線を移動させる。
その言葉に他のみんなも「そういえば」なんて顔をして見せるが、そう、俺の準備はこれだけではない。
正直誰かとかぶるかもしれないから、ちょっとテイストを変えるために用意したものだけど、それは予想外にもここまで誰もプレゼントしていないジャンルのアイテム。
だがお祝いと言えば、そんな代名詞とも言えるアイテムを俺は持ってきた紙袋の中から取り出した。
「え、可愛い〜」
「素敵っすね!」
そのアイテムを取り出して開いてみせたところで、早速ゆめとロキロキが反応する。
お祝いの代名詞、そう言いはしたが、細かく考えれば束ではないから違うと言えば違うのだが、それは箱の蓋を開けると、中にオレンジ色や白、ピンクの暖色のパステルカラーの花々が敷き詰められ、蓋の裏には写真が挟めるようになっている、プリザーブドフラワー付きの写真立てで——
「その写真、ゼロやんが編集したのか?」
「そっか、そういやいっちゃんとロキロキはリダたちと会ったことねーもんな」
「気を遣わせちゃってごめんなさいっす!」
「いやいや、ここで一人いない写真もらう方がやだろっ。拙い編集で申し訳ないくらいだし」
写真入れの部分に俺がいれた写真は、2枚の写真が右上と左下に縮小されて写っていて、左上と右下は白抜きになっており、左上には「祝・合格」と明朝体で、右下には「11.27 from 【Teachers】」と筆記体で印字されているものだ。
選んだ写真は右上が宇都宮オフの時の集合写真で、左下がみんなで夢の国に行った時の集合写真だから、一緒に写ってる写真のないリダ&嫁キングと真実&ロキロキもどちらかには写っているという写真チョイスである。……まぁ密かにギルド外の亜衣菜もいるけど、ゆきむらは割と仲良くなってたから気にしなくてもいいだろう。流石に亜衣菜を消す編集は俺にはできなかったというか、わざわざやりたくなかったし。
「来たくてもこれない奴も多いしさ、真実の意見も聞いた上でのプレゼントさ」
そう言って俺は再び箱を閉じ、紙袋に戻してゆきむらに渡しに行く。
ゆきむらは俺からそれを受け取ると、そっと紙袋から取り出してマジマジと写真を眺めていた。
「いっちゃんの気持ちも入ってるんですね。嬉しいです」
「おうよ」
そしてゆきむらが俺に割と感動した感じの表情を見せたので、俺は爽やかに笑って見せたが……実際妹の意見って言っても、あいつに言われたのは「お花!」くらいのもので、ほとんど俺が考えたってのは秘密である。
しかもこの意見を聞くまでも割と時間がかかったから、写真立ての到着の予定が今日になったため家で受け取る時間がなく、コンビニ受け取りをしたくらいだし。
まぁでも、そんな苦労でゆきむらの労をねぎらえるなら万々歳。
「ケーキも切れたから、みんなで食べましょうか」
「ありがとね〜」
「ありがとうっす!」
「さんきゅ!」
そんな何ともいい感じのタイミングでだいもみんなのケーキを切り分け終え、それぞれの位置に割と奮発したレアチーズケーキが行き渡る。
これは酒より紅茶だなぁ、そんなことも思いつつ——
「いただきます」
一番はもちろんゆきむらに食べてもらい——
「わっ、すごい美味しいです」
ちょっとだけいつもより目を開いたゆきむらが現れて、俺は内心でガッツポーズを決めていた。
それに続き、みんなも食べ始めて……笑顔が溢れるという、何というかほんと、平和で楽しい時間がやってきた。
みんながみんな、ゆきむらのためを想ってプレゼントを選び、和やかにみんなのプレゼントを渡し終えた。
誰も攻めたプレゼントをしたり、ボケたプレゼントをしたりもしない、超絶怒涛に平和な時間。
こんな時間が、【Teachers】のオフ会でいまだかつてあっただろうか?
「よし!」
そんなことすら思い始める中、やはりこの場を変えるとしたらあいつだろうという奴が声を出す。
その声に、「ああここからまたいつものオフ会に戻るのか」、そんな予感も浮かんだ、のだが——
「優劣付けるのも難しいだろうけど、ゆっきーに一番感動したプレゼントを選んでもらうか!」
……むむ?
1位から6位のランキング、ではない?
え、優劣付けるのも難しいだろうから?
なんだ、と……!?
ぴょんが、それだけしか求めない!?
ぴょんなら順位付けして最下位は罰ゲームとか、そんな展開にするんじゃないのか!?
たしかに和やかな雰囲気だし、お祝いの気持ちに順位を付けるのはどうなんだって意見もあるだろうが……なんだか平和すぎて最早違和感が止まらない中、俺はみんなに合わせて何を選ぶか考え出すゆきむらに視線を向けるしかできないのだった。
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