第563話 だって僕文系だもの
「炭酸のあるワインみたいでしたね」
「そらシャンパンはスパークリングワインだからな」
「作られた産地で呼び名が決まるんだっけ〜?」
「なんかそんな感じって聞いた気がするっすね!」
「そこら辺もフランスの法律で決まってるんだったかな」
「ま、美味ければなんでもいいけどな!」
「しかしみんなあっさり飲んだな!」
順にゆきむら、俺、ゆめ、ロキロキ、だい、ぴょん、大和と、乾杯した直後の感想はそれぞれだったが、最後の大和の言葉からも分かる通り、みんなぐいっと文字通りの乾杯したようだ。
まぁ1本を7人で割ったら一人当たりの量なんてそんな大したことないからね。
飲みやすかったよ、ありがとう!
なんて心の中でお礼をしておこう。
「でも一本の量がこれくらいだったらさ〜、シャンパンタワー作るのって何本くらい必要なんだろね〜」
そしてあっさり飲み終えたシャンパンのボトルを見ながら、ゆめが何気ないことを口にする。
「あー、グラスの大きさにもよるだろ」
それに俺はケースバイケースと答えたが——
「グラスは1つ130とか150mlじゃなかったかな。でも、何段積むかによって必要なグラスの個数も変わってくるから、それで本数も変わるよね」
だいは真面目なトーンで反応し、条件が見えないと計算出来ない的な——
「あ、なんか数学科っぽいな!」
そう、ぴょんの反応通り、数学科的な反応を見せたのだ。
「だいさん理系っすもんね! グラスの必要数って計算出来るんすか?」
そんなだいにみんな「ほほ〜」みたいな顔を見せる中、ロキロキが尋ねた言葉は、たぶん純粋な好奇心だったんだろうけど——
「うん。四角形で作るなら、上に乗るグラスの下には4個必要でしょ? だから一番上が1個の時は、上から2段目は4つ。3段目を単純に4×4にってしたら、2段目の4つが離れることになって1段目が乗らなくなるから、3段目のグラスは2段目のグラスがくっついたままを維持できるように、って考えると9個でよくなるから……あ、ここは図で書いた方が分かりやすいね。でもとりあえず3段目が9個って分かれば、1段目が1個、2段目が4個、3段目が9個ってなるから、つまりn段目はnの二乗って考えることが出来るでしょ? だから四角形でタワーを作る時の必要数は1からnまでの2乗の和の公式で求められると思うよ」
ちーん。
予想外のだいの長台詞に、あれだけ盛り上がっていたみんなの反応が一回消える。
そう、この場にいるのは
というか【Teachers】には元々理系ってだいしかいないんだな!
そんなわけで誰も反応出来ない地獄の時間が流れ、だいも「あれ」みたいな顔をして、ちょっと気まずそうにし始める。
こ、これは
「二乗の公式って、1/6n(2n+1))(n+1)でしたっけ?」
「あっ、うん。そうそう。それで三角形だと各段が1、3、7、10って増えてくから階差数列の和になるから……」
まさかの
「n段目に必要な個数が1/2(n二乗+n)になるから、n段目に必要なグラスの和になると1/6(n(n+1)(n+2))になるかな」
「なるほど。当然ですけど、四角の方が加速度的に必要数増えますね」
「うん、そうだね」
ゆきむらと二人の世界で話を進めてしまう始末である。
これには最初に尋ねたロキロキもポカンとしてしまい、最早この場で誰も反応できない恐ろしい局面が形成された。
いや、だって数学よ? 俺、私文よ?
入れん、全く入れんて。
そんな何とも言えない空気の中、みんなが俺に視線を向ける。
これは間違いなく、「おい彼氏なんとかしろ」のテレパシー。
……くっ!
しょうがない!
「ゆ、ゆきむらはやっぱ若いな! まだ高校数学でやった内容覚えてんのか!」
話の矛先をゆきむらの年齢にシフトさせ、何とかこの場を切り抜けようと試みる。
そんな俺の言葉に——
「そうですね。数学は好きでしたし、塾でも教えることありましたから」
と、ゆきむらの視線が俺に移る。
それをこれ幸いと——
「数学も教えてたのか、すげぇな! そんだけ能力高かったらやっぱり合格して当然だな!」
さらに話題をゆきむらの合格に引き戻す。
これでどうだと思った、のだが——
「一回落ちましたけどね」
はぅあ!!
淡々としたいつものトーンながら、何とも反応しづらいゆきむらの発言に俺は刹那の間合いで絶句したが、こんな局面はこれまでにもあったから、脳をフル回転させて負けじと——
「でも今回受かったわけだからな! シャンパンタワーは今度やってみるとして、まだ俺とロキロキのプレゼント渡してないし、次はロキロキからのお祝いのターンだな!!」
と、最早言葉は腕力って勢いで流れを強引に捻じ戻す。
そんな俺に他のメンバーからは苦笑いやら頷きやら、様々な反応が送られたが、流れは戻したんだからいいだろう!
「そうね、次はロキロキの番だね」
そんな俺に差し伸べられる天使の手……っていや、半分悪魔だった気もするんだけど、今は味方だから天使だろう!
だいも紙とペンをしまって話の流れに加わってきて、危うい局面を脱することが確定したのである!
「うす! 皆さんみたいに大したもんじゃないですし、好み合わなかったら申し訳ないんすけど、これ持ってきたっす!」
そして話を受けたロキロキは、満を辞してという感じに鞄から比較的小さめなラッピングされた袋を取り出して、それをゆきむらに渡す。
しかしいい笑顔してるけど、さっきの局面は君の質問から始まったんだからな! と密かに心の中では思ったり。
もちろん表には出さないけどね。
「ありがとうございます」
話を戻して、ロキロキが渡したプレゼントは、それはだいやゆめが渡したプレゼントと同等のサイズ感だったが、その袋を見たゆめが——
「あ、そこのブランド可愛いよね〜。わたし好き〜」
と数学の話題からの変化に見事に反応し、ロキロキがパッと表情を明るくする。
それはさながら女性へのプレゼントが喜ばれた時の安堵感、というよりは、友達がプレゼントに喜んでくれた時の嬉しさに近い感じがする笑顔だった。
「あ、たしかに可愛いですね。キーケースですか」
「そっす! 学校いると色んな鍵持ったりすること多いので、使えるかなって思って!」
「ライトブルーは、なんかちょっとゆっきーっぽいね。可愛い」
「ロゴのとこも可愛いよね〜」
「ロゴ以外はシンプルだし、使い勝手もよさそうだなー」
「キーケースって何気なく手に持つから、可愛いとテンション上がるよね〜」
「うん、分かる」
「皆さんお仕事でキーケース使ってるんですか?」
「わたしは使ってるよ〜」
「私も」
「なんだかんだあると便利だからなー」
「ふむふむ」
そして袋から取り出したゆきむらの手に現れた薄い水色に染色された革製品のキーケースは、手のひらサイズで可愛らしく、ブランドロゴとファスナー部分が金色のシンプルなアイテムだった。
それを見て女性陣が盛り上がり、またしても俺と大和が口を挟む場面などどこにもなかった。
「カード類も入ると機械警備の解除もパッと出来るし、便利よね」
「だなー」
「通勤にも使えるよ〜」
「ふむふむ。色々便利そうですね。ロキロキさん、ありがとうございます」
「いえいえ! 喜んでくれて嬉しいっす!」
「ボールペンとキーケースで、働き出しても皆さんが近くにいてくれるような気持ちになれますね。本当にありがとうございます」
さらに用途の話で盛り上がった後、改まってゆきむらがお礼を言う。
その言葉はまるでなんかこれが最後のプレゼントだったみたいな感じもして、俺はちょっと「待て待て」と言いかけたのだが——
「では最後がゼロさんですね」
スッと身体の向きを変えて、何だか「待て」をさせられる子犬のような様子でゆきむらが俺に向き直る。
それはここまで一度もなかったゆきむらの催促で——
「おう!」
もちろん俺も当然準備はある。
この日のために準備したのだ。
ここは強気にいかせてもらおう!
その準備を見せるため、俺はスッと立ち上がったのだった。
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