第557話 残業がない世界で生きたいのはみんなの本音

 11月27日、金曜日、17時42分。


「おつかれー。俺そろそろ出れるけど、倫もそろそろ出るか?」

「いや、まだ待つ。だいから連絡こねーんだよな」

「あ、待ち合わせてんのか?」

「うん。一緒行こうって話してたからさ」

「仲良いこって」

「まぁな」

「おーおー」


 定時を超えた星見台高校の社会科準備室で俺が一人待機していると、そこに大和がやってきた。

 で、どうやら大和は今日のオフ会に向けて出発準備OKのようだが、あいにく俺はそうではない。

 いや、準備が出来てないというのは正確には語弊がある。この時期は期末テスト前だから部活もないので、正直俺は17時になってすぐに退勤することも出来たのだ。だが、今大和に言った通り、俺はだいと今日のオフ会に一緒に行く約束をしていたから、こうして学校で待機していたわけである。

 予定ではだいが17時直帰で一回自転車で家に帰って着替えを済ませ、何時の電車に乗るのかを俺に連絡し、東中野駅で合流する手筈となっていた。

 そういうわけで俺は17時過ぎからずっと待ち状態が続いていたわけだが、この時間があれば正直俺も一回家に帰れたよね。まぁたらればなんだけど。


「たぶんあれかな、試験前だから生徒から質問受けたりしてんのかもな」

「おー、さすが月見ヶ丘。うちとはちげーな」

「そりゃ偏差値ちげーからな」


 で、だいから連絡が来ない理由をちょっと考えてみた。

 時期はまもなく2学期期末。進学校の月見ヶ丘なら、テスト勉強で残る生徒や質問に来る生徒も多いだろう。

 でもこの理由に大和は関係ないから。


「一軒目は18時半からの予約だろ? 幹事様は遅刻なしで来そうだし、他のみんなもたぶん間に合うだろ。だからむしろ先に行っててくれ。スタートに人が少なかったら主賓に申し訳ない」

「そりゃたしかに」


 俺は大和に先に向かうようお願いした。

 今日の主役はゆきむらだから、そもそも無事にみんなと合流出来るか怪しいのだ。それならば捕獲の玉数は多いに越したことはない。

 ちなみに今日の集合は18時30分。ぴょんが予約した、新宿南口駅最寄りの居酒屋に現地集合の約束だ。

 参加予定は主賓のゆきむらを筆頭に、幹事のぴょんに、俺とだい、ゆめ、大和の参加率高めメンバープラスロキロキという、東京の教員オールスターにゆめとゆきむらを加えた7人だ。

 ジャックも来たがってたけど、どうやらLA内での予定が外せないようで来れないらしい。最近のジャックはくもんさん率いる15人チームの練兵によく参加しているから、たぶんその関係だろう。

 

「じゃあ俺は先に行って擬似ハーレム満喫してるわ」

「彼女持ちの発言とは思えんなっ」


 そんなメンバーたちの中で、既に新宿に向かう宣言があったのは幹事のぴょんと主賓のゆきむらの二人と、さっき駅出た宣言のあったゆめとロキロキの4人だ。

 つまりだい以外は今日の予定に合わせ、みんな仕事を終えたわけである。……まぁこう言うとだいが可哀想だけどね、俺たちの仕事は生徒次第なとこあるから、常に不確定要素を含んでるわけだし。


「というかロキロキもいんのにハーレムとか言うなよ」

「だから擬似なのだよワトソンくん」

「誰がワトソンくんだこらっ」

「ま、そもそも俺じゃ倫みたいにはできねーっつーか、ならねーけどな!」

「は? どういう意味——」

「——ってことだから、だい次第だと思うけどちゃんと間に合うように来いよっ」

「あ、おいっ」

「お先っ」


 そして何ともよく分からないことを宣った後、大和がひらひらと俺に手を振って先に準備室を出発する。

 その背中にはまだ言いたいこともあったが、この後また会うのだ。それならばその時でいいだろう。……また会う頃には、ちょっともう忘れてそうだけど。


 そんなことを思いつつ、俺はもう窓の外の暗くなった景色とスマホを交互に眺めたりしながら、だいからの連絡を待つのだった。







 ブブッ

 だいか!?


山村愛理>【Teachers】『つちのこ確保!!』18:12


 なんだ……。


 机の上に置いたスマホの振動が伝えたメッセージは、だいからのものではなかった。

 もしその文面が真実ならそれはもう世紀の大発見なわけだが、おそらくぴょんのメッセージはゆきむらと合流したという意味だろう。とはいえ、これで少なくとも予約時間に主賓がいないという状況は避けられたことが確定した。

 そこに俺は一安心。

 とはいえ、俺はまだ動けない。ちなみに俺は17時の段階で「いつでも出れる」という連絡と、17時半の「大丈夫か?」という連絡と、18時の「残業発生か?」の連絡と、合計3つのメッセージを送っているが、いまだにだいがそれを確認した痕跡はない。

 ……なんかトラブルかなと、ちょっと不安になってきた。

 うーむ、大丈夫かな。


 そんな不安が胸を過ぎたが、流石にこれは過保護だろうか?


 そんなことを考えてみたりみなかったり。


 と、その後もみんなの合流報告なんかが続き、俺のそわそわもいよいよ高まってきた、約束の時間10分前。


里見菜月>北条倫『ごめんね、急遽高3の放課後補習の代理頼まれて、遅くなっちゃった』18:20


 ようやく待望の相手からの連絡で、俺のスマホが振動した。

 さらに続けて。


里見菜月>北条倫『これから急いで帰って向かうけど、ゼロやん先に行ってていいからね』18:20


 当然のように俺がだいを待ち続けていたことは分かっている、という内容の連絡もやってきた。

 しかし、ここまで待ったら、な。


北条倫『金曜の新宿は人多いしさ、居酒屋までボディーガードが必要かと思うのですがいかがでしょうか?』18:21


 ちょっと気取ったメッセージを、俺はだいに送信する。

 それにほら、どうせどのみち遅刻なのだ。それならば、今日の仕事を頑張っただいを労った一緒に遅刻するくらいは、きっと許されるはずだろう。

 俺はほら、この前せんだってゆきむらに「おめでとう」は言ってあるし。


 さてだいの反応やいかに、と思ったが、生憎1,2分待てども返事はなし。これはあれか、だいの奴ダッシュで学校出たのかな。


 鳴らなくなったスマホで俺は先に集まってる仲間たちに「ごめん、遅れる」と一言送り、ある場所に電話を一報入れながら、俺も学校を出て、まずは東中野駅へと向かうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る