第552話 知ってるものを探したくなる場所
「夕焼け綺麗ですね」
「焼けってか夕日だけど、たしかに綺麗だな」
「ちなみに大宮はどっちですか?」
「お日様が沈むのはどっち?」
「西です」
「じゃあ今見てるのは?」
「西です」
「だな。で、大宮は新宿の北だけど、そうなると右手と左手どっちかな?」
「えっと……西側から西を見てるので……あ、右手側ですか?」
「その通り」
午後4時38分。
映画を終えると昼過ぎに降っていた雨は止み、俺たちが今いる場所から見える雲間には、もう消え入りそうなオレンジ色が見えていた。
眼下には無数の建物たちが、着実に夜を迎える準備を始めていて、そこそこ小さく見える走り回る車たちは既に皆ライトを付けている。
そしてそんな夕日の見える位置から、今話題に上がった北の方へスカートをひらひらさせながら移動する女の子についていくと——
「むむ。もうほとんど真っ暗になっちゃいましたね」
「日没だな。大宮は、なんか目印になるビルとかあるか?」
「んー……浮かびません」
「なら、なんとなくで感じるしかないな」
「感じる、ですか?」
「うむ、なんとなくな」
「なるほど、なんとなく」
「そう、なんとなく」
「なんとなく、なんとなく……あ、なんとなくゆずちゃんの気配を感じた気がするかもです」
「そりゃすげぇな。さすが姉妹」
「それほどでも」
外が暗くなってしまったことに少し残念がった姿もあったけど、割とすぐに切り替えて、なんとも牧歌的な会話が展開された。
しかし姉妹の絆ってすごいなぁ。
なんて……なんて……いや、なんでやねん!!
「で、なんでここ来たかったんだ?」
「将来的に来ることになる場所ですから」
「いや、都庁第一庁舎とか、俺仕事で来たことねーけど」
「そうなんですか?」
そう。映画を観た後やってきたのは、都庁展望台フロア。
もちろん映画館を出て、ここまで真っ直ぐゆきむらが辿り着くことなど出来るはずもなく、行き先を都庁と聞いてここまでの案内は俺がした。
で、ここで沈みゆく夕日を見終えて、雨も上がった都会の街並みに夜の光景が広がる様を一緒に見ている現在だ。
しかし予想外にゆきむらははしゃいでるご様子で、ちょっとそこは可愛らしい、けれど——
「景色見るなら他のとこのが高くて見やすいと思うけど」
「でも映画館から近かったじゃないですか」
「それはたしかに」
話をしたいと言ってから、ここまで落ち着いて話せるようなとこには行っていない。
まぁ傷心だろうゆきむらが楽しそうだから、もう無理に急かそうとは思わないのだが……。
「だいさんとは夜景見に行ったりしたことあるんですか?」
変わらず北側の景色を眺めながら、ふとゆきむらから質問がやってくる。
「ん? ああ」
「そうなんですか」
「まぁ定番だしな」
それに俺はさらっと答えたのだが、その答えを聞いたゆきむらは淡々とした表情のまま少し間を置いて。
「ここに来たことは?」
と、追質問を寄越してきた。
「だいとどころか、ここに来たの自体初めてだよ」
「そうなんですか」
で、その質問にまた俺がさらっと答えると、今度はすぐに、ちょっとだけ嬉しそうな雰囲気を出してきた、気がした。
いや、もちろん表情は全く変わってないように見えるのだが、雰囲気がね、そんな感じだったのだ。
……まぁ一応あれか、最早懐かしいワードになってきた争奪戦参加者だもんな。
俺と初めてを一緒出来て嬉しいってことか。
……いや、これ自分で考えるとか、ちょっと恥ずかしいな。
でも——
「そういやだいと映画って行ったことねぇな」
「そうなんですか?」
そう言って、俺の言葉にまたゆきむらが少し嬉しそうな感じを見せる。
落ち込んでるのであれば、これくらいはしてあげてもいいだろう。
……なんか偉そうだけど。
そんな感じで、その後も色々な方角から景色を見て周り、あのビルが何とか、この方角の先が何かとか、そんな解説を社会科教員らしくしてやってから、俺たちは展望台を後にするのだった。
☆
午後6時36分。
俺たちは展望台を降りた後、ブラブラと色んな店を見て回ったりしてから、ゆきむらが予約していたという、駅からちょっと歩いたところにある居酒屋にやってきた。
そこはまさかのいつぞやの横浜オフで使ったところの系列店のようで、全席個室席の、壁側がアクアリウムになっている店だった。
あの時はだいとゆめとぴょんの4人での利用だったが、今日はそこにゆきむらと二人きり。
なんかほんと、今日一日デートプランみたいな感じだったけど、ついにようやく、というところだな。
「ゼロさんは何か飲まれますか?」
「あー、ビールにする。ゆきむらは?」
「私はハイボールにします」
「あ、でも飲み過ぎはダメだぞ?」
「あ……はい。いつぞやはご迷惑おかけしました」
「お。覚えてるならいいさ」
そしてとりあえずお互い一杯目の飲み物を頼み、メニューを眺めているところで注文が届いたので。
「とりあえず、乾杯」
「はい、乾杯」
キンッ、と軽やかな音を奏でてグラスを合わせる。
しかしあれだな、よく考えたらだい以外の【Teachers】のメンバーと二人でご飯するのって、初めてだな。
あ。あれだぞ? 職場同じの大和とか、妹の真実は例外だぞ。
しかしこう、改めて向かい側に座ってるゆきむらを見ると……まぁ、可愛いんだよな。
いつもより格好も女の子らしいし、ちょっと変に意識しそうになったりならなかったり——
「どうかしました?」
「あ、いや、何でもないさ」
そんなことを俺が思っていたのに気づいたわけではないだろうが、メニューを眺めていたゆきむらが俺の視線に気づいて小さく首を傾げてきたので、俺は小さく笑って首を振る。
変な意識は持ったりしない。
だってそれは違うから。
可愛いとは思う。
テレビを見て可愛いアイドルとか女優がいたら可愛いと思う、これはきっとそういう感覚と同じなのだ。
「今日は楽しかったか?」
「え?」
そしていよいよこれから今日の本題だろうと判断し、まずは話しやすいように俺は穏やかな口調で問いかける。
だがその問いに、なぜかゆきむらは不思議そうな顔をしてから——
「……それは私が聞こうと思ってたんですけど……」
「ん? なんて?」
「あ、いえ。何でもありません」
「そうか?」
「はい。楽しかったですよ」
聞き取れないレベルの返事が返ってきた。
なので俺はもう一度言ってくれるように聞き返したのだけれど、なぜかゆきむらは首を振ってそれを拒否してから、「楽しかった」と俺の質問への答えを言ってくれた。
「そりゃよかったよ」
「はい。ありがとうございます」
そんなゆきむらにもう一度笑いかけてから、それぞれ適当に食べたいものを注文し、他愛もない会話をしながら食事をし終えた、19時15分過ぎ——
「ゼロさん」
何か意を決したのだろう。
透き通るような美しい瞳から放たれる真っ直ぐな視線が、俺に向けられたのだった。
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