第551話 この◯◯はフィクションです
「あのさ」
「はい」
「なんかもう何からツッコめばいいか分かんないけど、とりあえず何観るの?」
「ハートフルドラマです」
「ほー。あれか? 始まってからもうそこそこ日が経ってるやつか?」
「むむ、観たことありますか?」
「いや、タイトル聞いてねーのに分かるかよ」
「むむ、ならなぜそれがお分かりで?」
「いや、新宿だってのに割とスカスカだからさ」
「ふむふむ。なるほど。さすが名探偵ですね」
「いや、人をぴょんみたいに扱うな」
そう言って俺は薄暗い空間の中、座り心地のいい座席に座ったまま、手に持った紙コップの底で、軽くゆきむらの頭を小突いてやる。
そんな俺の行動に、ゆきむらは不思議そうな顔をしながら頭に手を当てた。
……いや、これどんな場面だよ!
なんてツッコミが来そうなところだが解説しよう!
俺たちは13時10分頃に新宿駅新南口を出発して、ゆきむらのペースに合わせてゆっくり歩き、13時30分過ぎ、目的の歌舞伎町までやってきた。
そしてその後ももうちょい歩き、あの某放射性物質が原因で生まれたとされる黒い怪獣の襲撃を受けてる雰囲気の建物にやってきたのだ。
その段階で、もちろん「え? 映画? ここ話せなくね?」と声はかけたのだが、何やら急ぐ様子のゆきむらはそんな俺の声を無視して、事前予約していたというチケットの発券に向かった。
そしてチケットを確認するや「あと10分しかないから急ぎましょう」と言い出して、俺はわけの分からぬまま勢いに押されゆきむらと俺の二人分の飲み物と、一つの容器に二人分は入っているサイズのポップコーンを購入した。
そしてそして、ゆきむらが二人分のチケットを係員の人に見せて劇場内に入り、ゆきむらに指示された座席に座った。
つまり要約すると、俺たちは映画館で並んで座りポップコーンを一緒に頬張っている。そういう状況だ。
ちなみにゆきむらが取ってた席は最後方ではないが、後方寄りの中央部というけっこう見やすそうな席だったぞ。えらいえらい。
……って、なんでだよっ!?
と、改めて自分の置かれた状況にツッコミたくなるが、場所が場所だけにそれもできず、スクリーンには今後公開される予定の映画の告知が流れ出し始めていて、俺はそのツッコミを飲み込まざるを得なかった。
……あ、あの映画新作やるんだ、見に行こっと。
って、違う違う!!
というか君さ、俺に話したいことあるんじゃなかったのかと、そう言いたげに視線を送っても、ゆきむらに俺の意図は全く伝わらず、
なんというか、もうちょっと情報欲しいんだけど……はぁ。これがあれか、
そうなると、諦めた俺に出来るのは、黙ってポップコーンを頬張るのみ。
いやしかしこれ、日曜の昼過ぎに男女二人で映画とか、はたから見たらデート以外の何ものでもないじゃんな。
違いますよ皆さん、俺たちはそんな関係ではございませんよ。
なんて、誰に言ってんだろな。
何はともあれ、どう転んでもここは映画館。
その事実は変わらない。
スクリーンが仕事をしている間は、我々に話す権利なし。
まぁ、話す整理ついたと思ったけど、いざ実際となったらまだ落ち着かない、そんな感じなのかもか。……ううむ、ゆきむらってそんなに動揺したりしないタイプと思ってたけど、これは予想以上に落ち込んでるのかもしれないぞ。
そうだとすると……。
ちょっとそんな予感もし始めながら俺は色々割り切って、2時間弱という時間を、時折可愛らしい顔で真剣に正面を見ている横顔の様子を窺いながら過ごすのだった。
☆
「いいチョイスだったな」
「そう言っていただけて嬉しいです」
映画を観る前は何だかんだもやもやしてたのに、ハッピーエンドの作品とは人の心を清らかにするものだ。
予想以上に満足度の高かった映画を見終えて、俺は明かりを取り戻した劇場内で席に座ったまま、ゆきむらに素直な感想を告げた。
そんな俺の言葉にゆきむらが少し嬉しそうな顔を見せる。
でもその顔にはまだ、うっすらとした線が残る。
「予約ありがとな。でもゆきむらって、意外と涙もろいんだな」
「わんちゃんの頑張る姿に心打たれました」
「ああ、あの全力で走ってる姿はグッときたな」
ゆきむらの頬に残る線。それはもちろん涙の跡なわけだが、上映の途中のシーンで、鼻を啜る音が聞こえたから、ゆきむらが泣いていたのは知っていた。
今回見た映画は簡単に言えば、飼い主と離れ離れになったペットが、飼い主と再会するために奮闘する話だった。途中途中動物同士の会話シーンにアテレコが入ったりと、ツッコミどころはあったけど、総合的には最後が飼い主と再会するというハッピーエンドで、見終わった後の気分はけっこう清々しい、そんな作品だったのだ。
特にゆきむらが泣いていた、ペットの白いもふもふの大型犬が飼い主の場所を知って駆け出した時は、俺も心の中で応援した。
「でもすごいですよね、わんちゃんってあんなに長い距離を走れるんですね」
「え、あー……は、走れる子は走れるんじゃないか? たぶん。きっと」
そのシーンには俺も割と素直にグッとくるものがあったが、俺が涙を流すに至らなかったのは、今ゆきむらが言った発言が大いに関わっている。
いやだってさ——
「初めて知りました」
「また一つ賢くなったなっ」
そう言って俺が優しく公務員スマイルを浮かべたのは、素直なゆきむらの感動を壊さないために他ならない。
ちなみに映画の中の犬が走った距離は、東京から群馬までと、100キロを超えるロングレンジ。
そんな距離を映画の中ではさも走り続けた感じで流してたんだけど、どうやらゆきむらはそれを連続撮影し続けたものだと思っているらしい。
もちろん映画の中では何回もコマ割りがあって、どんどん背景を変えていっていたから、普通に考えれば連続撮影じゃないのなんか丸わかり。
それ故俺は「いや、長すぎんだろ!」と胸の内でツッコミをいれたせいで、泣くに泣けなかったわけである。
それなのに——
「私も今度大宮から高円寺まで走ってみましょうか?」
「いや、やめとけ。それは車でやれば十分だ」
露骨に影響を受けたゆきむらが少し興奮気味に無茶なことを言い出したので、俺は丁重にそれを断った。
車ならまだしも、走りだと山梨か長野に行きかねんからな、ゆきむらは。
「じゃあ今度車で行きますね」
「話変わってんじゃねぇかっ」
そして走る話はどこへやらな発言をしてきたゆきむらに、俺はビシッとツッコんでから笑ってしまう。
そんなツッコミにゆきむら本人はなぜか「むむ?」なのだから……ほんともう、流石だよ。
こういうとこは変わらずゆきむらだ。
さっきは試験落ちたショックで変になってんのかと思ったけど、今は割と普通……かどうかは置いといて、平常運転のゆきむらだ。
この感じなら、そろそろ本題に入れるかな?
そう思って俺がどこか話せるところに行こうかと提案しようと立ちあがろうと思ったら——
「では、次のプランにいきましょう」
「え?」
俺より先にさっとゆきむらが立ち上がり、そのまますすすっと歩き出し——
「いや、待て! 次はどこ行くんだ!? 道! 道分かるのか!?」
少なくとも、ゆきむら一人で目的地に辿り着けるはずがない。
そんな心配を覚えながら、俺がゆきむらの後を追いかけたのは、言うまでもないんだな!!
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